ドイツのスーパーマーケットに見るイノベーション

ほぼ4年ぶりに祖国日本の地を踏んだ。毎回、新しい商品の陳列、特に食品の商品開発には驚かされるばかりだ。色とりどりの包装、差別化を図るためのネーミング、選りすぐりの原材料。それでも、いざ購買ということになると、子供の頃から慣れ親しんだ味を選んでしまうのはどういうことだろう?昔はもっと味を貪欲に追求し、新しいものにも挑戦していただろうか?
今回はスーパーマーケットのイノベーションとして、特に後半では動物性タンパク質の代替品のトレンドについてレポートしてみようと思う。

陳列棚はコンサバに

パンデミックと高インフレ率のダブルパンチにより、ドイツのスーパーマーケットでしばしみられていた新しい商品への「冒険」は、すっかりなりを潜めてしまったらしい。陳列棚の新商品は、1年前と比べて大幅に減ってしまったのだという。

コロナ禍前、大手スーパーマーケットのEDEKAやドラッグストアチェーンのdmのような小売業者は、食品スタートアップのために、独自のインキュベーターを設立し、商品化の全プロセスをサポートしていた。そして彼らの製品は発売から1、2年の間、「パピー・プロテクション」と呼ばれる保護を受け、優先的に陳列棚を占めることができたのだ。

しかし、不確実性に満ちたコロナ禍で、消費者は慣れ親しんだ製品やブランドに回帰した。また、メーカーや小売業者らも、脆弱なサプライチェーンを安定させることに注力した。食品業界では、既存の商品を生産できればそれでよしとする風潮が支配していった。

さらにロシアのウクライナ侵略戦争に端を発したエネルギーと原材料のインフレの波が、イノベーションに次の試練を与えることになった。多くの消費財メーカーがコスト削減を迫られ、そのために新製品への開発コストも削らざるを得なくなった。

高い開発費とマーケティング費に加え、メーカーは通常、販売店に数十万ユーロの出品料を支払わなければならない。新商品に棚を譲るリスクをメーカーが肩代わりしてくれなければ、小売店は商品を置かないのだ。その代わりに、小売業者は低価格のプライベートブランドを棚に並べることが多くなっている。プライベートブランドはブランドの成功商品を模倣することが多いため、売れないリスクを最小限に抑えることができるからだ。

新商品への関心はしばらくなりを潜めている。Franki Chamakiが撮影した写真by Unsplash

新商品への関心はしばらくなりを潜めている。
Franki Chamakiが撮影した写真by Unsplash

ヴィーガンミートの躍進

弊社では最近、サスティナブルな消費行動に関するラウンドテーブルを企画させていただいた。サスティナブルなライフスタイルを実践する6名のドイツ人にお集まりいただいたが、このうち5人までがヴィーガンだったので驚いた。彼らは健康上の理由から動物性タンパク質を口にしないのではない。本当に気候中立、世界的な飢餓の問題に取り組むべく、肉を絶っているのだ。代わりにヴィーガンミート、ヴィーガンチーズも好んで食しているとのことだった。近頃は毎週のように新しい製品が導入され、味もどんどん改良されているのだという。

それもそのはずで、例えば、世界最大の食品会社であるネスレは過去2年間に100以上の植物由来のシュニッツェルを発表したのだという。日本人なら「豆腐を食え」となるところだろうが、彼らの食生活からハム、ソーセージを完全に抜きにしてしまったら、食生活が成り立たないだろう。朝食にも夕食にもパンが欠かせない国民で、それには必ず、ハムやサラミ、チーズがお供となる。代用肉は不況の最中にもイノベーションが進んだ分野である。肉の代わりに、南国で取れるフルーツの「ジャックフルーツ(Jackfruit)」、「セイタン」と呼ばれる穀物などを加工している。

ヴィーガンミートの躍進。LikeMeatが撮影した写真by unsplash

ヴィーガンミートの躍進。
LikeMeatが撮影した写真by unsplash

卵も代用に?

ドイツでは鶏卵を産まないとの理由で雄のヒナが殺処分されていることが大問題となり、2022年からは性別による孵化場での殺処分が全面的に禁止されている。狭いケージで飼育される鶏についても動物愛護への関心から眉をひそめる消費者は多い。最近の鶏卵には、パッケージに飼育グレードを表すカテゴリーや、ヒナの殺処分をしていないことを表すロゴが表示されている。卵の値段も飼育条件へのより高い要求、エネルギー費用、飼料の値上がりなどの影響を受けている。2021年、平飼いによる10個入りの卵の値段はその前年の平均値1,36EURから1,55EURに値上がりした。

こうした問題を丸ごと解決するかもしれないのが、代替卵だ。現在世界では65社以上のメーカーが、日々、卵の代用品の研究に勤しんでいるという。ボストンコンサルティンググループの調査によると、植物由来の卵の代用品は、2035年までに800万トンに達すると予想されている。これは、植物由来のチーズ(300万トン)や牛肉の代替品(600万トン)の予測よりも多い。

先駆者は、米国のブランド「Just Egg」である。このカリフォルニアの会社は、スクランブルエッグの代用品をペットボトルで提供したり、四角いオムレツの冷凍食品として販売している。

卵の代用品となる植物性タンパク質の原材料は緑豆だ。EU委員会は最近、緑豆のタンパク質を「新規食品」として承認した。今年中にはEU圏でも「Just Egg」を店頭で見ることになりそうだ。

ドイツ国内ではベルリンのスタートアップPerfeggt社が、ソラマメを使用した代替卵を市場化しようとしている。同じ豆でもこちらの原料は、EUでの特別な認可を必要としない。同社の目標は揚げ物、焼き物、つなぎなど、鶏卵のあらゆる用途を代替することだという。

卵の風味、質感は非常に独特だ。まず、卵黄と卵白という全く異質のものが共存している。食材としては生なのか、火が入ったものかによっても、全く異なる形質を示す。これらの要素をバラバラにして、生産する技術も進んでいる。

フィンランドのスタートアップOnego Bio社の卵白には味の問題は全くないのだという。なぜなら、この企業の開発した卵白は模倣品ではないからだ。同社は自然界と同じ卵白タンパク質を、菌の培養と発酵により生み出した。卵白のタンパク質であるオバルブミンの遺伝子を菌に挿入し、タンパク質を生成させる。このタンパク質は、糸状菌であるTrichoderma reeseiの助けを借りて、精密な発酵によって生産される。この技術は、工業的規模で、従来の卵生産に負けない価格で卵白を生産できる可能性を持っている。さらに、環境と動物福祉に対するプラスの効果も期待できる。
  
件のラウンドテーブルでは、動物に頼らずに作られた製品に消費者が以前よりも寛容になっていることをまざまざと見せつけられた。寛容というより、非常につよいサスティナブル、環境への意識が、卵や肉のような基本的食材を模倣するという探究に駆り立てるのだ。個人としては、逆に自然の恵みへの冒涜のようにも思えるのだが、それは食料危機に立ち向かう人類として、持ってはならないナイーブな考えなのだろうか。

ラウンドテーブルの1人の参加者は唯一ビーガンではなく、非常に抑制された形で肉食をしている方だった。この方がおっしゃられていた言葉が印象的だったのだが、動物性たんぱくに依存していないだけで、代替食材も量産型の食品産業の延長にあり、それは人間の飽くなき欲を満たそうとする動きに変わりはない。原材料が変わったことにより、ある一定の植物のみを偏って生産しなければならないなど、別の環境への影響が生まれる。また、高度に加工された食品には、その模倣により、より多くの人工的な物質が使用される可能性もある。全ては、食べ物を使った実験なのだと。

日本滞在中は毎日のように卵かけご飯をいただいた。海外では衛生管理の条件が違うため(これはまことしやかに海外の日本人コミュニティーの間で言われていることで、本当かどうか知らないが)、生卵が食べられない。そもそも卵を生で食する文化が欧米にはない。何も考えず、卵がけご飯を食べられるのは最高の贅沢だと思ったものだ。あのように美味しさに没頭できるのは、ごく日常にある食材が、100%安心して食せるものだからだと思う。

冒頭にも書いたが、味覚は懐古主義なようだ。たまには新しい商品、流行りのレストランも良いが、いつも食べたいのは結局、自分の記録に染み込んだ懐かしい味の方だ。それは絶対的な安心感に裏打ちされたものだと思う。果たして代替食品は人間の記憶の中の経験まで代替することができるだろうか。

参考記事
Handelsblatt紙オンライン版 2022年4月15日
https://www.handelsblatt.com/unternehmen/handel-konsumgueter/lebensmittel-nach-fleisch-und-milchersatz-boomen-nun-ei-alternativen-marktforscher-sehen-ein-milliardenpotenzial/28251114.html
Handelsblatt紙オンライン版 2023年2月22日
https://www.handelsblatt.com/unternehmen/handel-konsumgueter/lebensmittel-hersteller-sparen-an-innovationen-im-supermarkt/28983162.html

執筆者 三宅 洋子(みやけ・ようこ)

CEO, Miyake Research & Communication GmbH

留学生として渡独し、学業のかたわらドイツ語通訳者としてのキャリアをスタートする。
2008年頃より日本の官公庁、企業向けに海外調査を開始。主にドイツの政策制度、イノベーションに関わる調査を担当。2015年、Miyake Research & Communication GmbHをベルリンに設立。ハノーヴァー大学哲学部ドイツ語学科博士課程修了(Dr. Phil.)。

Miyake Research & Communication GmbH:https://miyakerc.de
連絡先:y-miyake@j-seeds.jp

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