アメリカを悩ます「肥満」という名の国民病

アメリカを訪れたことがある人の多くは、アメリカには太った人が多いという印象を持っていると思います。実際のところ、米国疾病予防管理センター(CDC)によると、2020年3月時点において、アメリカ人の41.9%が「肥満」であり、9.2%が「深刻な肥満」であるとしています。今やアメリカの国民病となった「肥満」ですが、その原因や背景などを含めて考察してみます。

深刻化しているアメリカの「肥満」

CDCは、アメリカ人の肥満率が近年特に深刻化していると指摘しています。2000年には30.5%だった肥満率が2020年に41.9%へと10ポイント以上悪化しています。また、「深刻な肥満」である人の割合も、4.7%から9.2%へとほぼ倍増しています。

人種別では特に非ヒスパニック系の黒人の成人の肥満率が高く、49.9%つまり二人に一人は肥満の状態です。一方、アジア系の人の肥満率は低く、16.1%となっています。なおCDCは、BMI(ボディマス指数、体重を身長の二乗で割った数値)が30以上の人を「肥満」(Obesity)、25から29.9までの人を「太り過ぎ」(Overweight)と、それぞれ定義しています。「肥満」の人の割合が41.9%で、「太り過ぎ」の人の割合が30.7%ですので、合わせると72.6%、つまりアメリカ人の四人のうち三人が「肥満」か「太り過ぎ」ということになります。

「食べ過ぎ」「運動不足」の背後にある問題

アメリカを悩ます肥満の原因ですが、専門家の多くが「食べ過ぎ」と「運動不足」を指摘しています。特に「ファストフード」「ジャンクフード」「加工食品」の食べ過ぎを問題視する声が少なくありません。では、なぜそうした不健康な食べ物を食べ過ぎてしまうのでしょうか。筆者は、そうした食べ物の販売を拡大しようとする企業側のマーケティング戦略が背後にあると考えています。

アメリカの食品メーカーにはマーケティングが巧みな会社が少なくありません。ここでは実名は出しませんが、某大手コンピューターメーカーの社長にスカウトされた人物は、大手清涼飲料水メーカーのマーケティング担当役員を務めていた人物であったことはマーケティングの世界では有名な話です。また、某大手ソフトウェアメーカーの社長を長らく務めていた人物も、「マーケティングの教科書」とされる某大手食品メーカーの出身であることも有名な話です。アメリカの食品メーカーの中には100年以上のマーケティングの技術蓄積と豊富な経験がある会社がいくつも存在しているのです。

子供たちがマーケティングのターゲットに

そして、そのようなマーケティング経験豊富な食品メーカーがターゲットにしているのが子供たちです。今でもアメリカの子供向け番組の多くに食品メーカーやファストフードチェーンがスポンサーとして付いていて、コマーシャルが子供たちを狙い撃ちにしています。最近は、特に「肥満」になりやすい人種とされる黒人やヒスパニックの子供たちを狙ったコマーシャルなども登場し、「マーケティングセグメンテーション」(ターゲットを人種や年齢などでセグメンテーション(分類)し、それぞれに対して最適なメッセージを発信するマーケティング手法)を地で行っています。

子供を狙ったマーケティングが恐ろしいのは、子供たちは一度顧客になってしまうと長年にわたって顧客になり続ける可能性が高いことです。特に味覚が成長過程にある子供たちが、味が濃いジャンクフードやファストフードの味を覚えてしまうと、それから脱却することは簡単ではなくなります。某大手ハンバーガーチェーンが黎明期の頃からマーケティングのプライムターゲットを子供に絞っていたことは有名な話ですが、子供は味に馴染んでくれれば、ほぼ生涯に渡って売上をもたらしてくれる「優良顧客」になる可能性が高いのです。

日本式「食育」の不足も

筆者はまた、アメリカの肥満の別の原因として、日本式「食育」の不足も指摘します。学校給食を基盤とする日本の食育システムは、子供たちに健康的な食事の概念と習慣を教える素晴らしい仕組みです。子供たちは自分で配膳をし、学校によっては食材を自分たちで生育したりして、食の重要性を理解します。一方、アメリカにおいては、私が知る限り、日本のような食育のシステムが存在しません。

ミシェル・オバマ元大統領夫人が、子供たちの肥満対策として学校給食を改善するプロジェクトに長年関わってきたことは知る人ぞ知る話ですが、残念ながら、アメリカでミシェル・オバマ夫人のように子供たちに対する食育プログラムを導入しようとしている人は少数派のようです。

YouTubeで、アメリカと日本の小学校給食を比較紹介する動画を見たことがありますが、アメリカの小学生が人参やブロッコリーを見てもそれらが何であるかわからないと答えていたのが印象的でした。人参やブロッコリーが何であるかがわからないまま大人になってしまったとしたら、正しい食習慣を身につけることは簡単ではなくなってしまうでしょう。アメリカの肥満問題を解決するには、子供たちに対して正しい食育を行う必要があると筆者は真剣に考えています。

執筆者 前田 健二(まえだ・けんじ)

上席執行役員、北米担当コンサルタント

大学卒業と同時に渡米し、ロサンゼルスで外食ビジネスを立ち上げる。帰国後は複数のベンチャー企業のスタートアップ、経営に携わり、2001年に経営コンサルタントとして独立。事業再生、新規事業立上げ、アメリカ市場開拓などを中心に指導を行っている。アメリカ在住通算七年で、現在も現地の最新情報を取得し、各種メディアなどで発信している。米国でベストセラーとなった名著『インバウンドマーケティング』(すばる舎リンケージ)の翻訳者。明治学院大学経済学部経営学科博士課程修了、経営学修士。

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