休暇大国ドイツ――夏に止まる社会と、休む権利の代償
日本のお客様と一緒にドイツ企業と仕事をしていると、毎年夏が近づく前に「ドイツの休暇は長いです。また、休暇中、ほぼ動きません」としっかりとお伝えする必要が出てきます。7月から8月にかけて、担当者は次々と休暇に入り、メールには不在通知が返ってくることが増えるためです。自動返信メールに代替担当者の名前が書かれていても、その人が事情を把握しているとは限りません。場合によっては、その代替担当者まで休暇中ということすらあります。
日本の感覚からすると、「それで仕事は大丈夫なのか」と疑問に思ってしまいますが、ドイツでは休暇は遠慮しながら取るものではなく、労働者にとって当然の権利です。問題は、休むことそのものではありません。人が休んでいる間に仕事をいかにスムーズに継続するのかという、組織側の仕組みなのだと思います。
夏になると、ほぼ動かないドイツ
「ドイツでは早ければ夏季休暇に入る数週間前から、案件は動かなくなる場合もあります」と日本のお客様にお伝えすると、「2ヶ月も動かなくなるのですか?」と驚かれることがよくあります。もちろん業種や職種によって差はありますが、夏の間は連絡が滞り、確認や決定に通常よりはるかに時間がかかることが珍しくありません。そのため、ドイツ側と仕事をする場合は、かなり前倒しで予定を組んでおく必要があります。
ドイツでは、繁忙期だから休めない、プロジェクトが進行中だから遠慮する、といった感覚は日本ほど強くありません。プロジェクトが動いていても、担当者が予定通り休暇に入ることは普通にあります。仕事よりも家族、健康、余暇を優先することが、ドイツではごく自然に受け入れられているのでしょう。

権利とその弊害
もちろん休暇をきちんと取れること自体は、本来とても大切なことです。仕事のために生活があるのではなく、生活を守るために仕事がある。そうした考え方は日本社会がもっと学んでもよい部分だと思います。
ただし、実際の仕事の現場ではその弊害も少なくありません。急ぎの件で問い合わせを送っても、自動返信だけが返ってくる。代替担当者がいても、また最初から事情を説明しなければならない。決定権のある人が休暇に入ってしまうと、案件がそこで完全に止まってしまう。こうしたことはドイツでは決して珍しくありません。
「その件は担当者が戻り次第、確認します」と言われたところで、その担当者が戻るのが数週間後ということもあります。決定権の分散や引き継ぎの甘さが問われてもよさそうなものですが、なかなか改善されているようには見えません。一体これでどうやって回っているのかと、首を傾げてしまうこともあります。おそらく、見えないところで一部の人にしわ寄せがいっているのかもしれません。
日本との違い
日本は人が休めないという犠牲のもとに仕事を止めない社会です。一方、ドイツは人が休むことで仕事が止まることをある程度受け入れる社会なのだと思います。どちらがよいという単純な話ではなく、どちらにも弊害があります。
「働き方改革」にて随分日本も変わってきたようですが、日本では休暇中でもメールを確認し、急ぎの件には対応し、周囲に迷惑をかけないように細かく引き継ぐことが求められがちです。その結果、仕事は止まりにくいかもしれませんが、個人が本当の意味で休めなくなります。
一方、ドイツでは個人はしっかり休むことができます。しかし、組織としてのバックアップ体制が弱い場合、そのまま仕事が止まります。つまり、休む権利は守られていても、休んでいる人の仕事をどう引き受けるのかという仕組みが十分でなければ、周囲や取引先に負担が生じるのです。

国際案件では夏休みがリスクになる
そのため、ドイツを含めた国際案件では、欧州側の休暇と日本側の通常稼働のズレを念頭に置いて進行計画を立てる必要があります。7月・8月中に必要な確認事項は、できるだけ前倒ししておくことが欠かせません。また、特にお子様がいらっしゃる方は学校の休みに合わせて長期でお休みを取られることが多いです。ドイツの場合は州ごとに学校の夏休み時期が異なるため、担当者の居住地が異なる場合、その休暇時期も分散する傾向があります。誰がいつ不在になるのか、誰が代替で対応できるのかを早めに確認しておく必要があります。
日本ではドイツの働き方についてポジティブに紹介された書籍や記事もよく見かけます。確かに、休暇をきちんと取り、家族や自分の時間を大切にする文化には、学ぶべき点が多くあります。しかし実際にドイツで仕事をしていると、「本当にこれでいいのだろうか」と思う場面も増えてきました。
休む権利を支える仕組み
ドイツ人の休暇文化は守るべきものだと思います。誰もが罪悪感なく休める社会は、決して悪いものではありません。今後、連邦議会で見直しがなされるかもしれませんが、ドイツは病欠についても寛容です。ただし、その権利を本当に機能させるためには、組織としての継続性や情報共有の仕組みも同時に必要です。
本当に成熟した働き方とは、誰かが無理をして仕事を止めないことではなく、誰かが休んでも仕事が回る仕組みを作ることではないでしょうか。休む権利と、仕事を引き継ぐ責任。その両方があって初めて、休暇文化は社会全体にとって持続可能なものになります。
ドイツの夏は仕事が止まる季節です。けれども、その停止が単なる混乱ではなく、働き方を見直すきっかけになるのなら、そこにはまだ学ぶ余地があるのかもしれません。
出典・参照
WDR (2026) Reformpläne: Attest ab erstem Tag, keine telefonische Krankschreibung mehr.
Schulferien.org (ドイツの州ごとの学校休みをまとめたサイト)
希代 真理子(きたい・まりこ)
メディア・コーディネーター
1995年よりドイツ・ベルリン在住。フンボルト大学でロシア語学科を専攻した後、モスクワの医療クリニックでインターン。その後、ベルリンの映像制作会社に就職し、コーディネーターとして主に日本のテレビ番組の制作にかかわる。2014年よりフリーランスとして活動。メディアプロダクションに従事。2020年にAha!Comicsのメンバーとして、ドイツの現地小学校を対象に算数の学習コミックを制作。2023年3月に初の共著書『ベルリンを知るための52章』刊行(明石書店)。
