ドイツ・ベルリンの学校事情(続編)―ギムナジウムかそれ以外か〜ベルリンの進路分岐の現実―
前回の記事では、ベルリンで子どもたちが早ければ10歳前後で進路の分岐点に立たされることを取り上げました。しかし、本当に大きな違いが見えてくるのは、その分岐の「あと」かもしれません。大学進学を見据えたギムナジウムか、それ以外か。その選択の先には、学校文化の違いだけでなく、子どもの可能性をどう捉えるかという教育観の違いも横たわっています。
ベルリンでは以前から、生徒数に対して学校の受け入れ枠が十分ではないことが問題視されてきました。なかでも人気校には希望が集中しやすく、希望通りの進学先に入れなかった場合、評判のよくない学校に回されるのではないかという不安を抱える家庭は少なくありません。
そのため、通常よりも2年早い小学校5年生に上がるタイミングで、受け入れ制度のあるギムナジウムへの編入を希望する家庭も私の周囲には多く見られました。理由を尋ねると、「5年生のうちに入れておいたほうが、将来的に希望する進学先へ進める可能性が高いから」という答えが多かったのが印象的でした。

進学先の決定
日本の中学校のように校区で進学先が自動的に決まるわけではないため、ベルリンでは家庭が進学希望先を選ぶ必要があります。その際、7年生から進級する場合には、5年生後期と6年生前期の成績をもとに、ギムナジウム進学が現実的かどうかを担任と相談します。
また、学校ごとにオープンデーが設けられており、保護者や子どもたちは学校を訪問して、実際の雰囲気を見たり、教員や在校生と直接話したりすることができます。
日本の都市部の私立校を志願するご家庭等と似た面はありますが、ベルリンでも「ギムナジウムに進ませておけば安心だ」という感覚は根強くあります。社会的にも、ギムナジウムは大学進学へつながる“王道”とみなされがちです。むしろドイツのほうが、アカデミックな進路とそれ以外との線引きが、日本以上にはっきりしているようにも感じます。
ただ、親としても判断は簡単ではありません。少しでも選択肢を広げたいと思えばギムナジウムへ行かせたくなりますが、その一方で、まだ10歳前後の子どもに、将来につながる進路選択をさせることへの戸惑いもあります。子どもの成長の速度は一人ひとり違うからです。
また、統合中等学校と呼ばれるISS(Integrierte Sekundärschule)にも学校ごとの差は存在しています。落ち着いた環境で学び、後期中等教育にあたる11年生から13年生(日本の高校に相当)の段階でアビトゥア取得まで目指せる学校もあれば、保護者や教師の連携が難しく、日々の学校運営そのものに課題を抱える学校もあるためです。問題は「ギムナジウムか、それ以外か」という単純な二分法だけではなく、その先にある学校間格差の大きさにもあるように思います。
ただ、この仕組みに実際に向き合う中で、私は次第に疑問を抱くようになりました。
「留年」が普通のドイツ
子どもの成長には個人差があります。早く伸びる子もいれば、時間をかけて力をつける子もいるでしょう。ドイツの教育システムでは、その違いが早い段階で進路として固定されてしまう可能性があるのではないかと思ったからです。
たとえばドイツ(ベルリン)では、小学校でも留年はそれほど珍しいことではありません。それ自体を直ちに否定するつもりはありませんが、学ぶ速度が遅い生徒が、そのぶん早くふるいにかけられていくような印象を受けることがあります。
コロナ禍では、その傾向をいっそう強く感じました。というのも、ドイツには日本のような「補習」の文化がほとんどないためです。学習の遅れに対して学校側が一律に補う、というよりも生徒本人や家庭の側に対応が委ねられている側面が顕著なのです。コロナ禍には各家庭への負担が非常に大きくなり、様々な弊害が生じたように感じました。

また、一度学習につまずいた子どもが学校の中で自分を立て直す機会は、日本ほど多くはないように思われます。日本のアニメなどでよく描かれる「赤点を取ったので休日返上で補習授業」といった場面は、少なくともドイツの学校では想像しにくいものです。
さらに、ベルリンでは昨年まで、ギムナジウムの7年生に「お試し期間」が設けられており、1年間の成績が一定水準に達しなければ転校措置が取られていました。人気校に生徒が集中するなかでいったん転校となれば、その時点で転校先の選択肢は大きく限られてしまいます。転校後の環境が本人に合うかどうかを十分に吟味できるとは限らず、子どもにとって大きな負担になりうる仕組みでした。この制度は不評も多く、最終的には廃止されました。
人気校とそれ以外の学校の温度差
では、人気校とそれ以外の学校の違いはどこにあるのでしょうか。まず、学校の立地や周辺環境、校内の雰囲気に大きな差があります。教師と保護者との関係にも温度差があり、ある学校のクラス委員は「クリスマス会を企画しても、ほとんどの保護者から返事がなく実現しなかった」と話していました。そこからは、学校に対する関心度や、学校行事に関わる余裕そのものが家庭によって大きく異なることがうかがえます。
学校生活は、生徒と教師の関係だけで成り立つものではありません。生徒、教師、保護者間の連携があってこそ支えられる側面があります。とくに「Brennpunkt(ブレンプンクト)」と呼ばれる社会的課題が集中する地区の学校では、そうした連携を築くこと自体が大きな課題になっているように見えます。
「すくい上げ」の仕組みが十分とは言えないドイツの教育文化の中で、取り残される子どもたちが将来どのような道をたどるのか。子ども一人ひとりが持つ可能性を、あまりに早い段階で狭めてしまうことのない制度であってほしいと感じます。
世界情勢も技術的な進歩も目まぐるしい今日、教育システムだけが以前の慣習に乗っ取ったままでいいはずがありません。日本ではよくドイツや他の欧州諸国の教育制度が優れているなどという記事が特集されていると聞きますが、果たしてそうなのかと感じます。日本もドイツも時代に即した柔軟な教育システムを再構築していく必要があるのではないでしょうか。
出典・参照
Senatsverwaltung für Bildung, Jugend und Familie. Berliner Schulsystem.
希代 真理子(きたい・まりこ)
メディア・コーディネーター
1995年よりドイツ・ベルリン在住。フンボルト大学でロシア語学科を専攻した後、モスクワの医療クリニックでインターン。その後、ベルリンの映像制作会社に就職し、コーディネーターとして主に日本のテレビ番組の制作にかかわる。2014年よりフリーランスとして活動。メディアプロダクションに従事。2020年にAha!Comicsのメンバーとして、ドイツの現地小学校を対象に算数の学習コミックを制作。2023年3月に初の共著書『ベルリンを知るための52章』刊行(明石書店)。
