ヨーロッパへの出張に潜むリスクについて〜ホルムズ海峡封鎖と航空燃料危機を考える〜
ドイツの航空利用者にとって、近年、欠航や遅延はそれほど珍しい出来事ではなくなっています。ドイツのフラッグキャリアであるルフトハンザや、空港管理会社の頻繁なストライキが主な原因です。日本に比べて天候不良に対する対応についても極めて脆弱に感じます。こうした既存の不安定要因に、米国・イラン戦争とホルムズ海峡閉鎖による航空燃料不安が加わったことで、ドイツ発の国際移動はより複合的なリスクにさらされることになりました。近年繰り返されてきたストや運航不規則により、ドイツの航空利用者は欠航や遅延への警戒感を強めてきました。いま問題は、単なる「一時的な運航障害」にとどまらず、「航空ネットワーク全体の耐久性」へと広がっています。
頻発するストライキ
以前もこちらの記事でご紹介しましたが、ドイツはストライキ大国です。ルフトハンザでは、2024年第1四半期だけでスト関連の影響額が約3億5000万ユーロに達しました。2025年には前年ほどの大規模なスト影響は後退し、同社はストや運航不規則によるコストが前年より低下したと説明しています。しかし、これは労使関係のリスクが解消したことを意味するものではありません。2025年末時点でも、パイロットの企業年金や客室乗務員の労働条件をめぐる交渉課題は残り、ルフトハンザ自身もストリスクを経営上のリスクとして挙げています。
空港管理会社でも、ドイツでは労働組合によるストライキがたびたび発生しています。特に地上業務や保安検査、空港運営スタッフを対象とした賃上げ交渉では、主要空港の運営に大きな影響が及ぶことがあります。2024年には、フランクフルトやミュンヘンなど複数の空港でストが実施され、多数の欠航や利用客への混乱が生じました。2025年には前年ほどの大規模な同時ストは減少したものの、人件費上昇や人手不足を背景に、空港管理会社にとって労使交渉は依然として重要な経営課題となっています。

容易ではなくなった日本とヨーロッパ間の移動
筆者自身、今年は夏から秋にかけての繁忙期に、日本で開催される国際イベントへの出張を控えています。通常であれば、検討すべきことは利用する航空会社、航空券の価格、乗り継ぎ時間などに限られていました。しかし、今年は状況がかなり複雑です。米国・イラン戦争とホルムズ海峡の閉鎖により、航空燃料の確保そのものが難しい局面を迎えているためです。
ルフトハンザは今年4月、短距離便2万便を削減すると発表しました。同社によれば、この削減は約4万トンのジェット燃料節約に相当し、イラン紛争開始以降、ジェット燃料価格が倍増したことを背景にしています。ルフトハンザは同時に、今後数週間分の燃料供給は確保しているとも説明しており、すぐに全面的な供給危機に陥っているわけではありません。それでも、航空会社が燃料を限られた経営資源として再配分し始めていることは明らかです。
これは、筆者のようにドイツ発で日本への長距離出張を予定する者にとっても無関係ではありません。長距離便そのものが維持されたとしても、フランクフルトやミュンヘンへの接続便、地方空港からの前泊移動、欠航時の代替便の選択肢が減れば、最終的な移動リスクは高まります。現状では、仮にフライトを予約できたとしても、実際に予定通り飛ぶのかどうかという不安は拭えません。日本からドイツやドイツを経由してヨーロッパに出張される方も、同じ状況に直面されるでしょう。もちろん、燃料価格や供給制約の影響はルフトハンザに限られません。航空会社によって対応には差があるものの、燃料をめぐる不確実性は欧州発着の国際線全体に影を落としています。
ホルムズ海峡封鎖と航空燃料の問題
ホルムズ海峡は、世界のエネルギー輸送における最重要ルートのひとつです。米エネルギー情報局(EIA)によれば、2024年から2025年第1四半期にかけて、世界の海上石油貿易の4分の1超、LNG貿易の約5分の1が同海峡を通過しています。このため、ホルムズ海峡の通航制限は、原油価格だけでなく、精製品であるジェット燃料の供給にも波及します。実際に、ホルムズ海峡閉鎖の影響を受けた湾岸諸国の生産は、開戦前水準を大きく下回っており、石油化学と航空部門への影響が大きいと分析されています。
航空会社にとって問題なのは、燃料価格の上昇だけではありません。必要な空港で、必要な量のジェット燃料を安定的に確保できるかどうかが、運航計画そのものを左右します。欧州委員会は2026年5月時点でEU域内に燃料不足はないとしつつも、ジェット燃料供給の状況を監視し、加盟国と協調対応を準備していると発表しています。
欧州の航空会社や空港、旅行会社が夏の繁忙期を前に燃料不足への懸念を抑えようとしているものの、イラン戦争前に比べてジェット燃料価格が倍増しています。これは、業界としては旅行需要を冷やしたくない一方で、燃料価格と供給制約がすでに経営判断に影響を与えていることを示しています。また、北東アジアから欧州へジェット燃料が輸送されたという報道もあり、燃料調達ルートや需給バランスの変更が航空会社の運航計画に影響を及ぼし始めています。

燃料危機の背後にある人々の生活
一方で、燃料価格やフライトへの影響だけを見ていると、この危機のもう一つの側面を見落としてしまうようにも感じます。ドイツで暮らしているイランに家族や友人などがいる人々は、現地では通信環境が不安定になり、家族と連絡を取ることさえ難しい状況があるといいます。報道機関によって伝え方にもばらつきがあり、現地の実情を把握することは簡単ではないようです。また、イラン出身者の中には、自身の公の場での発言が、自分自身や親族の身元特定に悪用されるのではないかと恐れている人もいます。
ドイツや日本の報道では、当然ながら燃料価格や航空便への影響など、欧州社会に直接関わる問題が大きく扱われがちです。
しかし、イラン出身の方の話を聞くと、統計や市場ニュースだけでは捉えきれない現実があることに気づかされます。ドイツに住むイラン人はひとくくりにすることができず、非常に多様な背景を持ってドイツに移住しています。しかし、多くの人たちは本国の家族や友人を案じながら暮らしています。今回の危機も、航空燃料やフライトの問題である前に、まず人々の生活、安全、家族とのつながりに関わる問題でもあるのだと思います。
米国とイランの戦闘終結に向けた協議が進展しているとの見方から、原油価格が下落したとの報道もありました。しかし、市場が先に反応したとしても、現地で不安のなかにいる人々の生活がすぐに元に戻るわけではありません。航空燃料や企業出張への影響を冷静に見ることと同時に、戦争の早期終結を願い、その背後にある人々の暮らしに目を向けることも忘れてはなりません。
出典・参照
Lufthansa Group. Lufthansa Group optimiert Flugangebot im Sommer über alle sechs Drehkreuze
Eia. Amid regional conflict, the Strait of Hormuz remains critical oil chokepointIEA. Oil Market Report – May 2026
Reuters. European airlines downplay fears of summer jet fuel shortage
希代 真理子(きたい・まりこ)
メディア・コーディネーター
1995年よりドイツ・ベルリン在住。フンボルト大学でロシア語学科を専攻した後、モスクワの医療クリニックでインターン。その後、ベルリンの映像制作会社に就職し、コーディネーターとして主に日本のテレビ番組の制作にかかわる。2014年よりフリーランスとして活動。メディアプロダクションに従事。2020年にAha!Comicsのメンバーとして、ドイツの現地小学校を対象に算数の学習コミックを制作。2023年3月に初の共著書『ベルリンを知るための52章』刊行(明石書店)。
