アメリカのAt will employmentについての基本情報

日米間においてビジネス慣習の違いは多々ありますが、アメリカのAt will employmentという雇用契約は日本には馴染みがないものです。しかし、At will employmentはアメリカのほぼすべての州において標準的な雇用契約となっており、アメリカで事業を展開する日本企業が避けて通れないものです。本記事では、そんなAt will employmentについての基本的な情報をお伝えします。
At will employmentとは?
At will employmentとは、日本語で「随意雇用契約」と訳されている、アメリカで一般的な雇用契約です。At will employmentの最大の特徴は、雇用主および労働者の双方が、特段の理由なしに、どちらからでもいつでも契約を終了できることです。
日本では雇用主が労働者を解雇する際は通常、「客観的に合理的な理由および社会的相当性」が求められ、最低30日前に予告するか、30日分以上の手当てを支払って解雇します。特に会社の業績悪化や労働者の就業規則違反などの明確な理由がない場合の解雇は多くの場合不当解雇とされ、解雇そのものが認められません。しかし、アメリカのAt will employmentの場合はそうした正当性や理由なしに、手当なども支払うことなくいつでも解雇できるのです。
極端な場合、働きぶりの悪さに腹を立てた雇用主が突発的に「あなたはクビだ!」と宣告して労働者を直ちに解雇できるのです。映画「スパイダーマン」では、アルバイトでピザの配達員をしていた主人公ピーター・パーカーが、ただ一度配達時間に遅れただけで雇用主にクビにされています。アメリカの多くの労働者は、立場的にはピーター・パーカーと同じだと言っていいでしょう。

At will employmentがアメリカで定着した理由
At will employmentがアメリカで定着した理由ですが、アメリカ建国以来伝統的に使われてきたイギリスのコモンロー的雇用契約への反発があったからとされています。19世紀後半までのアメリカでは、イギリスのコモンローをもとにした雇用契約が広く使われていました。当時の雇用契約は雇用主にとって有利な内容になっていて、労働者にとってはほとんど奴隷契約と言っていいものでした。契約期間も相応に長く、労働者は原則契約を破棄できないといった代物でした。
それに対し、1877年に法学者ホレイス・ウッドが書籍「随意雇用の原則」を出版、労働者は随意に雇用契約を終了させられると主張し、多くの州で広く採用されるようになったのです。その結果、特に労働者の権利として雇用契約を「いつでも、随意に終了」出来るという解釈が一般に拡がり、今日に続くEmployment at willの原型となったのです。

例外もあるEmployment at will
Employment at willですが、例外とされるケースもあります。まず、雇用主と労働者の間でEmployment at will以外の個別の雇用契約が結ばれていて、解雇についての規定が明記されている場合です。その場合、当然ながら締結された雇用契約が適用されるのは言うまでもありません。
また、ほとんどの州で公益通報を理由とした解雇や、法律に違反する行為の強要などにともなう解雇も禁止されています。具体的には、会社の違法行為を内部から告発する公益通報(ホイッスルブローワー)に対する報復措置としての解雇や、賄賂などの不法行為の強要に従わなかったことなどを理由にした解雇なども無効とされます。
さらに、人種、肌の色、宗教、性別、出生国、年齢、障害の有無などを理由にした解雇も禁止されています。
例えば、労働者が70歳の視覚障害を持っている中国からの合法移民で、会社の不正行為を通報したホイッスルブローワーであることなどを理由にEmployment at willを盾に解雇することはできないということになります。

州によって取り扱いに違いがあるEmployment at will
なお、Employment at willの取り扱いについては、州によって違いがあります。例えばモンタナ州は、アメリカで唯一Employment at willを認めていません。モンタナ州は法律で雇用主に「解雇の正当事由」があることを求めており、自由な解雇を認めていません。また、解雇前には6カ月間の猶予期間の設定を求めており、簡単に解雇できない仕組みになっています。
上述した例外の適用基準についても州によって違いがあります。例えば、フロリダ州、ジョージア州、ルイジアナ州では上述した例外の基準をほとんど認めていません。また、テキサス州、ミズーリ州、インディアナ州なども比較的例外基準に対して寛容的な州とされています。
一方、カリフォルニア州、ネバダ州、アイダホ州などは上述した例外の基準のほぼすべてを認めており、Employment at willの適用が他州よりも厳しいとされています。
とどのつまり、Employment at willの適用については州ごとに違っており、雇用主はそれぞれの州の法律に従う必要があります。たとえ従業員一人を解雇するについても、カリフォルニア州とテキサス州では事情が多いに異なります。当然ながらそれぞれの州の法律をチェックし、コンプライアンスを満たす必要があります。
特にこれからアメリカで事業の拠点を設ける企業で、現地スタッフの採用を予定しているといった場合は、どの州を選ぶかの判断基準にEmployment at willに関する適用基準なども加えておく必要があるでしょう。
前田 健二(まえだ・けんじ)
上席執行役員
シニアマーケティングコンサルタント(北米統括)
大学卒業と同時に渡米し、ロサンゼルスで外食ビジネスを立ち上げる。帰国後は複数のベンチャー企業のスタートアップ、経営に携わり、2001年に経営コンサルタントとして独立。事業再生、新規事業立上げ、アメリカ市場開拓などを中心に指導を行っている。アメリカ在住通算七年で、現在も現地の最新情報を取得し、各種メディアなどで発信している。米国でベストセラーとなった名著『インバウンドマーケティング』(すばる舎リンケージ)の翻訳者。明治学院大学経済学部経営学科博士課程修了、経営学修士。
