アメリカでAI人材の争奪戦が激化:AI人材の給料が高騰中

AI人材の給与が年30万ドルにも

 ニューヨークタイムズが、アメリカのジャイアントテック企業の間でAI人材の争奪戦が激化し、給与相場が高騰していると報じています。報道によると、AIの博士号を持つ大学院卒業者の給与水準が年収で30万ドル(約3,240万円)から50万ドル(約5,400万円)に高騰しているとのことです。

 特に、AI関連システム開発プロジェクトのマネジメントを経験した人材は引っ張りだこのようです。Googleは、同社の自動運転システム開発プロジェクトを指揮したアンソニー・レヴァンドウスキ氏に総額1憶2千万ドル(約130億円)の給与を支払っていたと公表しています。

 AIスペシャリストの給与相場があまりにも高騰しているため、関係者の間ではNFL(アメリカのプロフットボールリーグ)が採用しているサラリー上限キャップ制度を導入する必要があるという声も出始めています。サラリーが高騰している分野として、特に自動運転システムが挙げられ、大手自動車メーカーに加え、FacebookやGoogleの参入がサラリー高騰に拍車をかけているとしています。

サラリーに加えて巨額のストックオプションも

 また、サラリーに加えて巨額のストックオプションの付与も当たり前になりつつあります。特にスタートアップ企業の場合、4年から5年程度のタームで数百万ドル規模のストックオプションが付与されるケースが少なくないそうです。Googleなどのジャイアントテック企業に対抗するために、AIスペシャリストに付与されるストックオプションの額も相応に高くなっているのです。

 ストックオプションは、手持ちの資金が少ないスタートアップ企業が優秀な人材を獲得するための手段として用いられます。サラリーとストックオプションなどのインセンティブが総額で提示され、いずれも年々どんどん上昇しています。なお、企業とAIスペシャリストとの雇用契約は通常年次ベースで締結され、野球選手やフットボール選手のように、年々更新されるケースが多いそうです。

AI人材は常に不足、即戦力になる人材は少ない

 ところで、AI人材の給与相場が高騰している原因ですが、何といってもAI人材が基本的に不足しているためです。カナダのモントリオールに拠点を置くAI関連リサーチ企業のエレメントAI社によると、本格的な人工知能の研究開発を行える人材は、全世界で1万人も存在しないそうです。

 AI人材の給与相場の高騰について、Google出身でカーネギーメロン大学コンピューターサイエンス学部のアンドリュー・ムーア教授は、「(AI人材の給与相場高騰は)社会全体にとって必ずしも良い事ではありません。しかし、ジャイアントテック企業にとっては高額の給与を支払うことはまったく合理的なことなのです。人工知能の領域における優秀な人材を確保するために、彼らは必要なコストをかけているだけなのです」とコメントしています。

 なお、Googleは2014年にイギリスのAI研究企業ディープマインドを6億5千万ドル(約702億円)で買収しました。買収当時、ディープマインドが抱える従業員数は50名でしたが、2018年までにディープマインドの従業員数は400名に増え、支払った「給与」の総額は1億3,800万ドル(約149億円)だったそうです。単純計算で従業員一人当たりの給与は34万5千ドル(約3,726万円)です。マネジメントレベルやプロダクトマネージャークラスの人材では、給与水準は相当なものになることでしょう。

特にディープニューラルネットワーク技術者の争奪戦が激化

 AI人材の中でも、特に引っ張りだこなのがディープニューラルネットワーク(Deep Neural Networks)と呼ばれる分野の専門家です。ディープニューラルネットワークとは、データを自ら分析して学ぶ数学的アルゴリズムのことです。例えば、何百万という犬の写真のパターンを分析し、犬が犬であると認識する技術です。ディープニューラルネットワークの原理そのものは1950年代に生まれましたが、今から5年ほど前までは日の目を見る事のない、埋もれた技術でした。

 しかし、2015年頃よりGoogleやFacebookなどのジャイアントテック企業がディープニューラルネットワークの技術者を採用し始めました。ディープニューラルネットワークはFacebookの顔認識システムや、Amazonのスマートスピーカー「Amazon Echo」、マイクロソフトの音声翻訳システムなどに次々に採用されるようになったのです。ディープニューラルネットワークはさらに、自動運転システムの開発や医療における画像診断システムなどでも利用され、その活用範囲は今もなお拡大し続けています。

AI人材の新卒採用も拡大へ

 ディープニューラルネットワークの技術者などのAIスペシャリストの採用に加え、ジャイアントテック企業はAI人材の新卒採用も拡大しています。ライドシェアリング大手のUberが新卒のAI人材40名を採用したのを始め、他のジャイアントテック企業も新卒採用を拡大しています。即戦力人材の確保に加え、AI人材の青田刈りも始まったわけですが、AI人材の慢性的な不足は当面解消される事はなさそうです。

 給与相場は労働市場の市場原理で決まるものですが、AI人材の売り手市場は今後も当面続くことでしょう。アメリカではIT人材が慢性的に不足しているのですが、中でもAI人材の不足はとりわけ深刻です。AI人材争奪戦は、今後は国境を超えて世界規模に拡大してゆく事は間違いないでしょう。

執筆者

前田 健二(まえだ・けんじ)

上席執行役員、北米担当コンサルタント

大学卒業と同時に渡米し、ロサンゼルスで外食ビジネスを立ち上げる。帰国後は複数のベンチャー企業のスタートアップ、経営に携わり、2001年に経営コンサルタントとして独立。事業再生、新規事業立上げ、アメリカ市場開拓などを中心に指導を行っている。アメリカ在住通算七年で、現在も現地の最新情報を取得し、各種メディアなどで発信している。米国でベストセラーとなった名著『インバウンドマーケティング』(すばる舎リンケージ)の翻訳者。明治学院大学経済学部経営学科博士課程修了、経営学修士。

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