ドイツの連邦情報局(BND)元長官逮捕から考える、ドイツと日本のインテリジェンス

つい先日、ドイツで、アウグスト・ハニング元連邦情報局(BND)長官が国家反逆未遂の疑いで逮捕されました。対外情報機関元トップが逮捕さ​れるのは極めて異例であり、同局発足以来の最大のスキャンダルになると考えられています。BNDとはあまり耳にしたことがない組織ですが、日本でも今年7月末に「国家情報会議」と「国家情報局」が設置されるなど、国家インテリジェンス機能の抜本的強化が進められています。

本コラムは2026年10月14日に執筆されたため、本コラムに記載の情報は同日時点の情報であることをご了承ください。

ドイツの連邦情報局(BND)とはどういう組織なのか

ドイツの連邦情報局(Bundesnachrichtendienst:BND)は、ドイツので、ドイツの安全保障に関わる国外の情報を集め、分析する対外情報機関です。1956年に設立され、連邦首相府(Bundeskanzleramt)の所管に置かれています。

BNDが取り扱う情報は、ドイツの安全保障や外交政策に影響を及ぼすもので、外国の政治・軍事・経済情勢、テロやサイバー攻撃などの幅広い分野にわたります。BNDは収集した情報を分析し、政府に提供することで、外交や安全保障政策の意思決定を支えています。ドイツにとって将来どの国・組織がどのような能力を持ち、どのような行動を取る可能性があるのかを把握し、政府の外交・安全保障政策の判断材料を提供することが、その大きな役割です。ちなみに国内の治安やテロ対策、犯罪捜査は連邦憲法擁護庁(BfV)や、連邦刑事庁(BKA)が対応しています。

BNDは単独で活動するのではなく、米国・英国・フランスをはじめとするNATO・EU諸国の情報機関とも情報を交換しています。特に米英仏はドイツの安全保障における重要なパートナーですが、その3カ国にとどまりません。例えば2025年には、BNDが米NSA、英NCSC、フランスANSSI、オランダMIVD、ポーランドなどと共同で、ロシア軍参謀本部情報総局(GRU)によるサイバー攻撃について共同声明を発表しています。

ドイツの連邦情報局 (BND)(S.J. Mueller氏撮影)(BNDホームページより)
ドイツの連邦情報局 (BND)(S.J. Mueller氏撮影)(BNDホームページより)

アウグスト・ハニング元BND長官の逮捕事件

冒頭で触れたアウグスト・ハニング(August Hanning)氏は1998年から2005年までBND長官を務め、その後は連邦内務省の次官を務めた人物です。今回、ドイツ連邦検察庁(Generalbundesanwalt)は、国家機密の入手、国家反逆にあたる行為の未遂、外国情報機関への協力などの容疑で捜査しています。

事件の中心にいるのは、ハニング氏と、元BND職員のマンフレッド ・D氏です。検察当局によると、両者は2010年頃から、マンフレッド ・D氏がBND内部の機密情報をハニング氏に提供し、その対価として金銭を受け取っていた疑いがあります。同氏は2026年3月までBNDでの機密情報にアクセスできる立場にありました。同氏が2010年代から2022年頃までにハニング氏へ提供した文書は約2,000点に及ぶとされており、その中には、BND内部向けの機密資料だけでなく、ドイツ政府高官向けの情報、イランの核開発計画やロシア軍に関する情報、さらに外国の友好国の情報機関から提供された資料も含まれていると報じられています。

さらに重大なのは、ハニング氏がこれらの情報を個人的に保有していたのではなく、退職後に立ち上げた民間のコンサルタント会社の事業として、外国の情報機関関係者向けの分析資料作成に利用した疑いが持たれている点です。ドイツ連邦検察庁は、外国情報機関の関係者、特にアゼルバイジャンの関係者に政治情報を長期間提供していた疑いも指摘しています(アゼルバイジャン当局は10月7日時点で関与を否定)。

BNDや他の西側陣営が注視している国と分野、その理由

ドイツの連邦情報局(BND)をはじめとする欧米の情報機関が注視している国として、特に重要なのがロシアと中国です。ただし、両国に対する警戒の理由は同じではありません。

ドイツのみならず、陸続きのヨーロッパにとっての最大の脅威がロシアです。2022のウクライナへの侵攻以降、ドイツにとってもロシアの軍事動向は最重要の情報収集対象の一つとなっています。BNDが注視するのは、ロシア軍の戦力や部隊の動きだけではありません。サイバー攻撃、重要インフラへの破壊工作、偽情報や世論工作、政治・経済への影響工作など、軍事行動と組み合わせた「ハイブリッド戦」も重要なテーマです。BNDはロシアを現在のドイツにとって最大の安全保障上の課題の一つとして位置づけています。

その一方で、中国に対する関心は複合的です。ドイツと中国は、貿易・投資の両面で非常に深い経済関係を築いています。2025年の両国の貿易総額は約2,518億ユーロに達し、中国はドイツ最大の貿易相手国です。しかし、産業スパイ、先端技術や研究情報の取得、サイバー活動の拡大などについては警戒されています。特にドイツは自動車、機械、化学、半導体関連など高度な技術を持つ産業が多く、企業や研究機関が持つ技術情報そのものが安全保障上の価値を持ちます。そのため、情報機関の活動は外交・軍事だけでなく、経済安全保障の領域にも広がっています。

そのため、ドイツにとっては、中国は経済関係を維持しながら、安全保障上のリスクにも対応するという難しい関係にあります。ドイツ政府は中国への経済的依存度を下げる動きを行っていますが、一部の産業界への理解を得づらいという難しい側面も見られます。ドイツ各地で開催される見本市(メッセ)においても、中国からの出展者は大きなプレゼンスを発揮しており、企業関係者に話を聞くとサプライチェーン上において中国なしのビジネスは成り立たないことが伺えます。

また、ロシアと中国以外にも、イラン、北朝鮮、イスラム過激派組織等も情報機関の重要な関心対象です。さらに近年は、特定の国だけを見るのではなく、サイバー空間、人工知能、衛星・宇宙技術、重要インフラ、エネルギー安全保障など、国境を越えたテーマの重要性も増しているようです。

在独ロシア大使館の前にはポリスボックス(左下)が常設されている(筆者撮影)
在独ロシア大使館の前にはポリスボックス(左下)が常設されている(筆者撮影)

アウグスト・ハニング氏の逮捕が意味するもの

現時点でドイツ連邦検察庁は、ハニング氏が情報を提供しようとした外国情報機関の国名を明らかにしていませんが、その漏洩先がロシアであった場合は、非常に大きな意味を持つことになります。そのため、今回の情報漏洩先がアゼルバイジャンの疑いがあると耳にした時、この事件は世界的なスキャンダルになるのではないかと感じました。アゼルバイジャンはウクライナ侵攻後ロシアとは距離を取っているとはいえ、ロシアとは近しい関係にあります。また、同氏と中国人民解放軍の元少将が親しい関係であったと報じるメディアもあり、今後の捜査の進展が期待されます。

ロシアの情報機関は、FSB(連邦保安庁)、SVR(対外情報庁)、GRU(軍参謀本部情報総局)などを通じ、ドイツや他の西側諸国で長年にわたって情報収集を行っています。ドイツ連邦憲法擁護庁(BfV)によれば、ロシアの情報活動は政治・行政、軍事、経済、科学・技術など幅広い分野を対象としており、特にウクライナ侵攻以降はドイツの外交・安全保障政策やエネルギー政策などへの関心が高まっています。

なお諜報活動において、重要なのは情報収集にとどまらず、「国家の重要人脈への働きかけ」です。外国の情報機関にとって、国家機密そのものだけが価値を持つわけではありません。政治家、官僚、企業経営者、研究者など、政策や意思決定に影響を持つ人物との関係を長期的に築くことも重要な活動です。ロシアによる影響工作にとして、政治家や意思決定者に対して秘密裏に、あるいは身分を偽って働きかけ、自国の利益のために利用しようとする活動は世界各地で確認されています。

ドイツにおいて最も有名な例としては、ゲアハルト・シュレーダー(Gerhard Schroeder)元ドイツ連邦首相です。シュレーダー氏は首相退任後、ロシア国営石油会社・ロスネフチの取締役会会長に就き、ロシアとドイツを結ぶ天然ガスパイプライン「ノルドストリーム」の関連企業の役職などを歴任しました。2022年の侵攻後もプーチン大統領との関係を維持し、ロシアとの関係を完全には断ち切らなかったことから、ドイツ国内で強い批判を受けました。政治にあまり関心のないドイツ人の友人も、このことについて非常に強く憤っていたことを覚えています。

シュレーダー氏とロシアとの関係は2026年現在も続いており、つい先日もロシアの小売企業の監査役会入りが報じられました。今月に入り、ロシアのプーチン大統領の誕生日祝いの席に出席したことが確認され、シュレーダー氏の所属するドイツ社会民主党(Sozialdemokratische Partei Deutschlands:SPD)内でも、除名を求める声が再燃しています。

ここから見えてくるのは、現代の諜報活動では「秘密を盗むこと」だけではなく、「人を通じて影響力を持つこと」が非常に重要な意味を持つということです。有力者が持つ人脈、知識、政策へのアクセスそのものが、外国にとって価値を持つ場合があります。だからこそ、ハニング氏のような元情報機関トップが機密情報を入手し、外国情報機関向けの分析に利用した疑いは、BND内部の情報管理だけでなく、ドイツの政策決定を支える安全保障という問題も突きつけています。

諜報活動は日常生活の中にも潜む(Unsplashより)
諜報活動は日常生活の中にも潜む(Unsplashより)

ドイツの情報機関の事例から学ぶことはないのか

他国の諜報活動に関しては、日本在住の一般日本人も決して他人事ではないと考えます。ロシアに関わらず対外情報工作は、「在日大使館に出向している外国の情報機関職員が、当地の政府要人等と接触する」という古典的なものだけではありません。ドイツでは、近年、ソーシャル・メディア等を通じて一般の人物を「エージェント」として勧誘し、宣伝活動や情報収集、さらには破壊工作を行わせるケースも確認されています。本人が外国の情報機関の直接の構成員ではなく、自分が誰の指示を受けているのか十分に認識していない場合もあるようです。

日本でも「国家情報会議」と「国家情報局」が発足しましたが、日本の情報機能には長年の課題も指摘されています。ドイツのBNDのように、対外情報の収集・分析を専門的に担う一元的な機関がこれまで存在しなかったため、外交、防衛、警察など各省庁がそれぞれ情報を扱ってきました。そのため、各国が日本と対外情報を交換する場合でも複合的な分析がなされていないだけではなく、受け皿がないという事情があったようです。

また、外国による諜報活動をどのように取り締まるかと法的課題もあります。日本には「スパイ防止法」のような、外国情報機関が日本国内で行う諜報活動そのものを包括的に犯罪化する法律は存在しません。外国勢力による秘密の取得・漏洩につながる行為を処罰する法律は、特定秘密保護法、重要経済安保情報保護活用法、不正競争防止法など複数の法律が乱立しています。そのため、外国情報機関にとって活動上の制約が少ないと指摘されています。

日本のインテリジェンス政策は、国家情報会議と国家情報局が発足したばかりであり、今後どのような体制へと発展していくのか、まずはその動きを見守る段階にあるといえるでしょう。ただし、日本の政界・経済界においても、特定の外国との関係が極めて深く、その影響を受けているのではないかと感じられる政治家や有力者が存在することも事実です。

一方で、外国の情報機関は、政府高官にとどまらず、さまざまな立場の人との接点を利用して情報を集めています。その意図を十分に認識しないまま、結果的に情報活動の一部に巻き込まれてしまう可能性もあります。日本でも中国が研究者や留学生を通じて巧妙かつ多様な手段で防衛・技術情報収集を行なっていることが確認されていますし、ロシア関連では日本国内で複数の逮捕者が出ています。

インテリジェンスを「スパイ映画の世界」として捉えるのではなく、国家の安全保障だけでなく、企業活動や私たちの日常にも関わる問題として考える必要があるのではないでしょうか。

出典・参照

Associated Press (2026) What to know about the espionage allegations against Germany’s former intelligence chief.

Bundesamt für Verfassungsschutz (BfV) (2025a) Spionage, Cyberangriffe & Co.

Bundesamt für Verfassungsschutz (BfV) (2025b) Verfassungsschutzbericht 2024.

Bundesnachrichtendienst (BND) (2025) Der Auslandsnachrichtendienst – The German Foreign Intelligence Service.

Bundesregierung (2026a) Nachrichtendienstrecht wird reformiert.

Bundesregierung (2026b) Verfassungsschutzbericht 2025.

Reuters (2026a) Former German spy chief arrested for attempted treason, obtaining state secrets.

Reuters (2026b) Former German top spy placed under formal arrest.

Reuters (2026c) Azerbaijan denies report of link to German spy scandal.

Statistisches Bundesamt (Destatis) (2026) China im Jahr 2025 wieder wichtigster Handelspartner Deutschlands.

Tagesschau (2026) Ermittler nehmen Ex-BND-Chef Hanning fest.

Tagesspiegel (2026) Ermittler prüfen auch Spur nach China: BND soll Nebentätigkeit von Hannings Ex-Büroleiter genehmigt haben

Die Welt (2026) Brantner fordert Schröders Rauswurf aus der SPD – „Ein neues Verfahren gehört auf den Tisch“

Zeit (2026) Gerhard Schröder trifft Mitarbeiter von Supermarktkette in Moskau.

警察庁 (2024) 『令和6年警察白書』.

警察庁 (2025) 『令和7年警察白書』.

内閣官房 (2026) 「国家情報会議・国家情報局」.

保坂三四郎(2023) 『諜報国家ロシア - ソ連KGBからプーチンのFSB体制まで 』(中公新書)

執筆者

浜田真梨子(はまだ・まりこ)

執行役員
シニアマーケティングコンサルタント(欧州統括)

大手電機メーカーにて約10年に渡り、IT営業およびグローバルビジネスをテーマとする教育企画に従事した。その後コンサルタントとして独立し、日系・外資問わず民間企業や公的機関へのコンサルティングを行っている。中でもハンズオンベースでの調査から受注までの一連のプロセスをカバーする営業・マーケティング支援や、欧州拠点の設立などのサポートを得意とする。2016年には欧州で経営学修士号(MBA)を取得し、現在はドイツを拠点に活動している。

当社は、海外事業展開をサポートするプロフェッショナルチームです。
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