【全米が注目】リンゼー・クランシー事件とは何か?

2023年1月24日、米マサチューセッツ州ダックスベリーの静かな住宅街で5歳、3歳、生後8か月の三人の子供が母親によって殺害されるという痛ましい事件が起きました。幼い三人の子供が実の母親によって絞殺されるというショッキングな事件は、その事件性とともに、現在も進行中の裁判の異例ぶりが注目され、多くのアメリカ人の耳目を集めています。日本ではあまり報道されていないリンゼー・クランシー事件について解説します。

閑静な住宅街で起きた悲惨な事件

米メディアの報道によると、事件当日リンゼー・クランシー(Lindsay Clancy)は、ダックスベリーの自宅内で5歳長女コラちゃん、3歳長男ドーソン君、生後8か月の次男キャラン君の三人の首を次々と絞めて殺し、自らも手首と首を刃物で切った上で二階の窓から飛び降りて自殺を図りました。飛び降りた際の衝撃で脊髄を損傷して下半身麻痺の障害を負ったリンゼーは、その後警察に逮捕されました。

警察による取り調べにおいてリンゼー容疑者は、子供たちを殺害したことを認めた上で、犯行前に「子供たちを殺せ」という幻聴に取りつかれ、犯行当時は善悪の判断や行動の制御ができなかったと供述しました。元産科看護師であったリンゼー容疑者は産後精神病に苦しんでおり、その結果として自らの意思とは裏腹に子供たちを殺害してしまったというのです。

いずれにせよ、逮捕されたリンゼーは子供たちに対する三件の殺人罪で起訴され、2026年7月20日に裁判が始まりました。

殺害された三人の子供

被告人・弁護側の主張

裁判において被告人・弁護側は、被告人リンゼーが三人の子供たちを殺害したことは認めたものの、産後精神病と躁うつ病の影響による結果であり、心神喪失による無罪を主張しました。実際に犯行前のリンゼーは不眠や自殺願望などの治療で何度も精神科を訪れており、犯行前は特にその頻度が増えていたと主張しました。

産後精神病とは、出産直後、通常は出産後2週間以内、4週間未満に突然発症する精神病の症状を伴う疾患で、実際には存在しないものが見える(幻覚)、あり得ない考え(妄想)、異常に高揚した気分(躁病)、うつ病、不安、混乱などの症状が現れるものです。

アメリカでは出産を経験した女性1000人のうち、1人から2人が産後精神病に苦しんでいるとされ、その数は少なくありません。アメリカにおいても産後精神病に対する社会の関心や理解が不十分で、産後精神病に苦しむ女性の多くがリンゼー擁護の立場に立っていると見られています。

法定で発言する検察官

検察側の主張は

一方検察側は、リンゼーは犯行前に夫に買い物を頼んで外出させるなどしており、犯行が計画的に行われており心神喪失の状態ではなかったと主張しました。さらにリンゼーが犯行前に幻聴で聴いたとされる「子供たちを殺せ」という「命令」についても、過去のリンゼーの通院治療履歴などに同様の症状が全く残されていないことなどを指摘し、リンゼーの心神喪失の主張を否定しました。

また、犯行時間帯にかかってきた夫からの電話にも落ち着いて対応しており、心神喪失の様相が見られない点なども挙げ、犯行の周到な準備と行動こそが被告自身の完全理解と、犯行の意思決定や行動を制御できていた証拠そのものであると主張しました。

検察側は、産後精神病による責任能力の喪失に対し、「精神疾患の存在自体は否定しないが、すべての精神疾患が刑事責任能力の欠如に直結するわけではない」とした上で、リンゼーには善悪を判断する能力があったとしています。

審理無効の宣言を聴くリンゼーと弁護人

陪審員は評決で一致できず、審理無効に

陪審員による七日間の評議のすえ、最後の最後まで評決で一致できず、裁判長が審理無効を宣言する結果となりました。12人で構成された陪審員の個人情報を含む情報は、安全確保を目的に公にはされていませんが、米メディアは、陪審員は女性9名男性3名の12名で、年齢は22歳から70歳であると報じています。

評決では、男性陪審員の一人が最後まで無罪評決に反対し、全員一致に至らなかったとのことです。なお、アメリカの陪審員裁判の多くでは、評決は陪審員の全員一致が求められています。

無罪評決に最後まで反対したのは、メディアに自ら名乗り出た48歳の黒人男性マイケル・デロンヴィルさんです。陪審員の中で唯一の黒人マイノリティであるデロンヴィルさんは、「心神喪失による無罪」でほぼ決まりかけていた評議そのものに対して疑問を呈し、特に検察による「リンゼーが確信的に犯行を行った山のような証拠」から多くの陪審員が目を背けていたと批判しています。

審理無効宣言を受けて、トランプ大統領は「実際に彼女は、これ以上ないほどの恐ろしいことをした。しかし、彼女はその代償を支払うことになるだろう。それは精神病院か刑務所か何かはわからないが、必ず代償を支払うことになる。いずれにせよ、裁判はまた行われるだろう」と批判的なコメントを発しています。どうやらトランプ大統領を含めた保守的アメリカ人の多くは、無罪評決に最後まで反対したデロンヴィルさんを支持しているのは間違いなさそうです。

執筆者

前田 健二(まえだ・けんじ)

上席執行役員
シニアマーケティングコンサルタント(北米統括)

大学卒業と同時に渡米し、ロサンゼルスで外食ビジネスを立ち上げる。帰国後は複数のベンチャー企業のスタートアップ、経営に携わり、2001年に経営コンサルタントとして独立。事業再生、新規事業立上げ、アメリカ市場開拓などを中心に指導を行っている。アメリカ在住通算七年で、現在も現地の最新情報を取得し、各種メディアなどで発信している。米国でベストセラーとなった名著『インバウンドマーケティング』(すばる舎リンケージ)の翻訳者。明治学院大学経済学部経営学科博士課程修了、経営学修士。

連絡先:k-maeda@j-seeds.jp

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