暑さに弱い都市構造をもつ欧州の避暑対策
日本もすっかり暑い夏が定番となりましたが、いかがお過ごしでしょうか。
日本でも報道されていたようですが、6月下旬にはベルリンでも日中の気温が35度近くまで上がる日が続き、40度近くまで上がった週末もありました。湿気の少ないドイツの夏とはいえ、ここまでの猛暑日が続くと、室内の気温も下がらず、うだるような暑さで何も手が付かなくなってしまいます。
英国でもすでに5月下旬、ロンドンのキューガーデンで34.8度、翌日には35.1度が観測され、英国の5月最高気温記録が2日連続で更新されたという報道がありました。近年の暑さを考えると、もはや「過ごしやすい欧州の夏」というイメージは過去のものになりつつあります。
猛暑は特に高齢者、ホームレス、慢性疾患を持つ人、乳幼児などの脆弱な人々にとって深刻な健康リスクになります。今回は、欧州の都市構造と猛暑、避暑対策について考えてみたいと思います。
定着しつつある欧州の猛暑
6月下旬に到来した熱波については、サハラ方面から流れ込んだ熱気が強い高気圧によって欧州上空に閉じ込められる「ヒートドーム」の影響が指摘されています。単に熱気が来ているだけでなく、熱が上空からふたをされたように滞留し、都市の温度をじわじわと押し上げているのです。
ロベルト・コッホ研究所(RKI)によると、ベルリンでは2026年上半期に約120人が熱中症で亡くなっており、2023年、2024年、2025年の3年間の熱中症による死亡者数を合わせた数よりも多いとされています。
ドイツのここ10年間の夏は、1961~1990年の基準と比べて約2℃前後平均気温が高い年が続いているだけではなく、猛暑日(最高気温30℃以上)が著しく増えており、ドイツ全体では1950年代には年間平均約3日だった猛暑日が、現在では約3倍の9日ほど増えています。
このように猛暑が当たり前になってくると、その対策は個人が意識して水分補給をする、直射日光を避ける、外出を控えるといったレベルにとどまる問題ではありません。日本のようにエアコンが常設されている住宅は少なく、設置も厳しい法律や条例があるため容易ではありません。冷房設備を設置しにくい住宅構造、熱をため込みやすい石畳やアスファルト、日陰の少ない広場、暑さ対策が十分に考慮されていない公共交通システム。欧州の都市構造そのものが、猛暑への適応を迫られているのが現状なのです。

ベルリン — フォルクスビューネ前に現れる“フォルクス浴場”
避暑対策として、ベルリンでは歴史ある芸術劇場のフォルクスビューネ前に期間限定のプール「Volksbad(フォルクス浴場)」を設置する計画が注目されています。このプールは単なる夏の話題作りではありません。鉄道、学校、大学、そして公共プール。市民生活を支えるはずのインフラが十分に機能しないなかで、劇場前に無料で使える25メートルプールを置くという発想は、いかにもベルリンらしい文化的な実験にも見えます。当劇場の芸術監督に就任したマティアス・リリエンタールは、この企画を、ベルリンの公共インフラの劣化に対する抗議でもあるとコメントしています。
さらにベルリンには中心部を流れるシュプレー川があります。Flussbad Berlin(ベルリン川浴場)という団体は、その一部である美術館島周辺のSpreekanal(シュプレー運河)を市民が泳げる場所として再生することを長年求めてきました。後述するパリがセーヌ川を開こうとしているのなら、ベルリンではシュプレー川をどうするのか。
ただし、話はそう簡単ではありません。シュプレー運河はドイツの連邦水路であり、船舶交通の安全や橋の周辺での遊泳禁止といった連邦法上の制約があります。ベルリン州だけの判断で「ここを泳げる場所にする」と決められるわけではないのです。さらに、大雨のあとには下水の越流水によって水質が急に悪化する問題もあり、安全面と衛生面の両方が課題になっています。それでも、Flussbad Berlinは水質予測システムやモニタリングを通じて、少なくとも一定期間は泳げる水質を確保できると主張しています。この団体による「泳ぐデモ」は今年も5月から9月まで毎月20日に行われています。

パリ — セーヌ川を解放する
ここで記憶に新しいのが夏の熱波対策であり、同時にパリ五輪の遺産とも位置付けられたセーヌ川の水質浄化計画と一般市民への解放です。
パリの中心部を流れるセーヌ川は、1923年に水質悪化により遊泳が禁止されたという歴史があります。その後、2018年から浄化計画が本格的に進められ、2024年のパリ五輪に向けて2400億円(約13億ユーロ)規模の予算をかけた国家プロジェクトとして推進されました。大会中にはトライアスロンの選手が体調不良を訴えるなど、水質をめぐって安全性が問題になる場面もありましたが、翌2025年の7月5日、セーヌ川は102年ぶりに一般市民に解放されました。
水質検査が行われるとはいえ、パリ市民の中にはこれまでのセーヌ川へのイメージが捨てきれず、「あの川で泳ぐなんてとんでもない」と感じる人も少なくないようです。景観としてただ眺めるだけではなく、避暑のために実際に入ることのできる川として、セーヌ川での遊泳が今後どのように市民に定着していくのか。これは暑さに直面する都市が水辺をどう使い直していくのか、という点でも注目に値します。
フランスもドイツ同様に建築や景観に関する規制が厳しいと聞いています。河川の開放は苦肉の策と言えるかもしれません。
都市とその水辺の持つ意味
今回は大都市を流れる河川について主に取り上げましたが、もちろん川を解放するだけで欧州の猛暑対策が十分になるわけではありません。冷房設備、日陰、緑地、公共交通の暑さ対策など、都市全体で取り組むべき課題は山積みです。
それでも、ベルリンのフォルクスビューネ前の「フォルクス浴場」、そしてシュプレー運河を泳げる場所として再生しようとする動き、そしてパリのセーヌ川解放は、都市の水辺が持つ意味を変えつつあります。これまで観光資源や景観として眺められてきた川が、今後は市民が涼を取り、集まり、身体を休めるための公共空間として再び見直されていくのかもしれません。
「過ごしやすい欧州の夏」が過去のものになりつつある今、都市に求められているのは、暑さを個人の我慢に任せることではありません。ベルリンでは暑さ対策への意識や計画は進んできたものの、実際には情報提供や小規模な支援が中心で、都市構造や建物を変えるような本格的対策には資金も実行力も不足しているのが現状です。エアコンや扇風機を好まない欧州人も少なくありません。
建築規制や気候変動政策等との兼ね合いもあり、小手先の対策となるかもしれませんが、水辺や広場をどう開き、誰もが使える涼しい場所をどう確保していくのか。猛暑を前提とした都市づくりが、いま欧州で問われています。
出典・参照
朝日新聞(2025) パリのセーヌ川、水質改善で100年ぶり遊泳解禁 五輪のレガシー.Deutscher Wetterdienst (2025) Sommer 2025.
Deutscher Wetterdienst (n.d.) Klimawandel – Überblick.
Met Office (2026). UK May and spring temperature record provisionally broken for second day in a row.
日本経済新聞 (2026). 欧州熱波、連日の最高更新 ドイツは41.7度・チェコも40度超
Paris (n.d.). Bathing in the Seine will be possible in 2025.
rbb24 (2026) Verein ruft zu Schwimm-Demos im Berliner Spreekanal auf.Der Tagesspiegel (2026) Folgen der hohen Temperaturen: Mehr Hitzetote in Berlin und Brandenburg als in den Vorjahren.
taz (2025) Was tun, wenn die Sonne knallt?
Visit Berlin (n.d.) Public Bath in Front of the Volksbühne.
希代 真理子(きたい・まりこ)
メディア・コーディネーター
1995年よりドイツ・ベルリン在住。フンボルト大学でロシア語学科を専攻した後、モスクワの医療クリニックでインターン。その後、ベルリンの映像制作会社に就職し、コーディネーターとして主に日本のテレビ番組の制作にかかわる。2014年よりフリーランスとして活動。メディアプロダクションに従事。2020年にAha!Comicsのメンバーとして、ドイツの現地小学校を対象に算数の学習コミックを制作。2023年3月に初の共著書『ベルリンを知るための52章』刊行(明石書店)。
