エストニアで会社を設立する

以前『ヨーロッパでの現地拠点設立に関する注意点』をいうコラムを執筆しましたが、私も昨年ヨーロッパのエストニアに会社を設立しました。エストニアは会社設立の容易さなどで知られています。日本語で書かれたホームページなども見受けられますが、情報が古くて正確ではない点や容易ではないと感じた点もありました。今回は私の経験に基づいてエストニアで会社を設立する方法と留意点をご紹介します。

記載情報は2021年1月26日時点の情報となります。なお、これはあくまで個人が会社を設立する場合であって、法人が会社を設立する場合は異なりますのでご注意ください。

エストニアの概要

エストニアは人口約132万人の小さな国です。エストニアは過去にデンマーク、ドイツ、スウェーデンなどに占領された歴史を有します。みなさんにとってなじみ深いところではエストニアは1940年に旧ソビエト連邦に併合され、その後1991年に再独立を果たすまで旧ソ連の構成国でした。2004年にはリトアニア、ラトビア、ポーランドといった他の旧東側諸国とともに欧州連合(EU)に加盟します。通貨はユーロです。美しい首都タリンは世界遺産にも登録されており、日本人旅行者もたくさん訪れています。

またエストニアは隣国のリトアニア、ラトビア、そして先月ご紹介したアイルランドのように天然資源が豊富でもなく、大きな国でもありません。こういった国の特徴としては、外国企業からの投資や誘致に積極的になる傾向があります。エストニアで会社を設立するために必要な最低資本金は2,500ユーロですが、分割支払いも可能です。またエストニアは売上ではなく、株主配当にのみ課税されるというめずらしい制度をとっています。このような利点は、エストニアがEU加盟国であるということに加えてエストニアで会社を設立する魅力でもあります。

エストニアの首都タリン歴史地区

エストニアの首都タリン歴史地区

エストニアの電子居住権(e-Residency)

この外資呼び込み策として、エストニアは2014年12月から電子居住権(e-Residency)を導入しました。これにより、e-Residency取得者は、世界中どこからでもエストニアの電子政府のシステムにアクセスすることができ、会社の設立や納税といったことをインターネット上で行うことができます。

ただ、言い換えればこのe-Residencyがないと会社の設立を行うことができません。エストニアに会社を設立するには、まずe-Residencyを取得しなければいけません。これらはEstonian Police and Border Guard(エストニアの警察・入国管理局)から申請を行います。これらはすべて英語です。記載する際にご自身の英文履歴書や申請する動機も英語で記載しなくてはいけません。またこのe-Residencyの申請完了後にEstonian Police and Border Guardが審査を行います。申請から審査完了まで私の場合は6週間ほどかかりました。審査完了後にe-Residency KitというカードやUSBリーダーを指定のピックアップ場所に取りに行く必要があります。日本の場合は東京のみです。郵送対応はできません。

なおこのe-Residencyはあくまで電子上の居住権であり、実際にエストニアに移住するためのビザ・滞在許可ではありませんのでご注意ください。

e-Residencyのホームページ

e-Residencyのホームページ

エストニアに会社を設立する

e-Residency Kitを入手できたら、これでようやく会社を設立する準備が整いました。しかしe-Residency Kitはいわばパスポートのようなもので、これだけで十分ではありません。手続きを進める前に、まず現地のコンタクトパーソンと契約する必要があります。このコンタクトパーソンは経営権を有していませんが、エストニアに居住してコンタクトパーソンとしてのライセンスを有する人です。このコンタクトパーソンには年間200-400ユーロの手数料を支払う必要があります。あとは会社設立に必要な住所を有する必要がありますが、大抵の場合コンタクトパーソンとセットで契約することが多いです。

その後申請手続きを行いますが、このe-Residency KitはOSやブラウザとの相性を選ぶため、うまくつながらないことがしばしばあります。無事に完了したのちはエストニア政府側の作業になるのですが、私の場合、申請はうまくいったものの、担当者が私の申請を見落としており1週間ほど放置されていたようです。その後問い合わせ窓口に確認メールを送ったところ、「ごめんなさい、忘れていました」という拍子抜けするメールが返信され、無事受理されました。結局、会社設立申請を行ってから、認可されるまで2週間かかりました。先進的な電子政府もその実態は意外とアナログのようです。冒頭にも書きましたが、エストニアではたった数分で会社を設立できる、そこまでいかなくとも48時間に以内にすべての登記が完了する広告は誇大広告といっても過言ではないでしょう。

エストニアに銀行口座を開くのは難しい

会社が設立できたら次に必要になるのは銀行口座の開設です。しかし、エストニアという国は会社設立には積極的ですが、エストニアでの銀行口座の開設はほぼ無理だと考えてください。e-Residency事務局でさえ、EU内の他国の金融サービスを利用してくださいと呼びかけています。これはどうもマネーロンダリングなどが相次いだため、近年厳しくなったようです。回避策として、隣国のリトアニアの銀行・Payseraなどはe-Residencyを連携させるシステムを有しており、比較的簡単に口座を開くことができます。ただし、この銀行自体の所在地はリトアニアでありエストニアではありません。ヨーロッパ域内からの送金であれば問題なくこの口座に送金可能ですが、日本などの一部の国からは企業と銀行の所在国が一致しない場合、送金ができません。その場合はトランスファーワイズなどのサービスを利用するなど、別の方法を取らなければなりません。また「エストニアでの銀行口座開設をサポートします」というホームページを見かけますが、どこも「開設が保証できるわけではありません」と書いてあります。また開設には現地を訪問する必要があります。

今日はエストニアの会社設立について取り上げました。エストニアの会社設立は簡単だとお考えの方がいらっしゃるようでしたので、私の経験を元に記載しました。e-Residencyの取得を含めると最低でも2か月はかかっています。また、これはあくまで個人で設立した場合の経験談であり、法人では弁護士を立てる必要があるようです。また代表者が現地エストニアに訪問するとよりスムーズであるとのことです。上記の通りエストニアの会社設立は簡単なことではありません。それでもビジネス戦略上エストニアで法人を設立されたいという方がいらっしゃれば、お問い合わせください。

ジェイシーズではヨーロッパの現地担当者とともに皆さまのヨーロッパビジネスをお手伝いします。エストニアやヨーロッパでビジネスにご興味がありましたら、お気軽にお問い合わせください。

執筆者 浜田真梨子(はまだ・まりこ)

執行役員 シニアマーケティングコンサルタント(欧州)

大手電機メーカーにて約10年に渡り、IT営業およびグローバルビジネスをテーマとする教育企画に従事した。その後コンサルタントとして独立し、日系・外資問わず民間企業や公的機関へのコンサルティングを行っている。中でもハンズオンベースでの調査から受注までの一連のプロセスをカバーする営業・マーケティング支援や、欧州拠点の設立などのサポートを得意とする。2016年には欧州で経営学修士号(MBA)を取得し、現在はドイツを拠点に活動している。

出典
Estonian Police and Border Guard Board (n.d.). Application for e-Residency. [online] Available at: https://apply.gov.ee/.
Republic of Estonia (n.d.) [online] What is e-Residency | How to Start an EU Company Online. [online] Available at: https://e-resident.gov.ee/
外務省 (2019). エストニア基礎データ. [online] Available at: https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/estonia/data.html.

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