ドイツの移民・難民事情 その2
トランプ氏の大統領就任とドイツの行方
アメリカでは2025年1月20日にトランプ氏が大統領に就任しました。就任直後にメキシコ国境に軍を派遣し、不法移民対策で非常事態宣言を出しています。また、移民希望者の面会予約用の携帯アプリの画面には「既存の予約はもはや有効ではない」と表示されました。移民受け入れの厳格化を図るトランプ政権の政策が、早速実行されたとみられています。
ドイツの連邦議会では1月29日に、中道右派の最大野党キリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)が、不法移民を中心とした移民政策の厳格化を求める決議案を提出しました。それに対し与党は反対しましたが、極右政党「ドイツのための選択肢」(AfD)が支持に回り、僅差で可決されるというタブーを破る事態になり、ドイツのメディアでも大きく取り上げられることになりました。これまで主要政党がAfDとの協力を否定してきたためです。2日後の31日、ドイツ連邦議会は移民の流入を制限する法改正案を否決しています。極右政党のAfDとの強力にドイツ全国で抗議デモが行われ、CDU・CSUからも造反者が相次ぎました。
ドイツでも当初は2025年秋に予定されていた総選挙がショルツ現首相の信任投票が反対多数で否決されたことにより、2025年2月23日に20年ぶりとなる議会解散に伴う総選挙が実施されることになっています。世界の多くの国で右傾化が進む中、今回は回避されたものの、ドイツでも今後の移民・難民に対する法制度に影響が出たり、移民・難民に対する市民からの風当たりが強くなったりすることが避けられない状況になるかもしれません。
ベルリンのウクライナ難民到着センターについて
前回のその1の冒頭でも少し触れましたが、私は2024年の7月から12月末までベルリンのテーゲル空港跡地を利用したウクライナ難民到着センターで仕事をしていました。今回は現場から見た個人的な印象を中心にご紹介したいと思います。
テーゲル空港は、現在は空港としての機能はありませんがコロナ禍にはコロナのテストセンターやワクチン接種会場としての役割を果たしました。2022年2月24日のロシアによるウクライナ侵攻を受け、同年3月以降はベルリン市の委託で、ベルリンの支援団体がウクライナからの難民のための「テーゲル・ウクライナ到着センター」を運営しています。2022年12月からは他の出身国からの亡命希望者も、テーゲルに収容されることになりました。到着センターでは簡易宿泊施設に加え、基礎医療センターやレクリエーションセンターなど幅広いサポートが提供されています。
2024年3月20日の開設2周年までに、約11万6千人の難民が到着センターにおいて登録されています。到着センターでは約6千500人のためのベッドを提供しており、そのうち約4千400のベッドが使用されています(2024年3月)。

現場に入ってからの印象
初めて面接のためにテーゲル空港へ向かった際に、とても複雑な気持ちになったことを覚えています。最寄り駅から専用のバスが出ているのですが、バスに乗った途端に聞こえてくるのはドイツ語ではなく、ほぼロシア語かウクライナ語になり、今は閉鎖され使われなくなった空港跡地がベルリン市民の生活からは隔離された場所のように感じたためです。
空港に着くと、以前はターミナルとして機能していた建物がわずかに面影を残している程度で、入場するには面接に呼ばれたことを証明するメールを見せる必要がありました。施設の衛生状態はお世辞にもあまり良いとはいえず、少し首を傾げてしまいました。
採用されたのは実は2度目の面接の後でした。最初の面接では人事担当と履歴書に沿って簡単な話をしただけで終わったのですが、2度目の赤十字との面接は先に4時間の実地体験があり、その後に人事担当と仕事内容に関する質問や受けた印象などについて話す、という形が採られました。そこで初めて同僚となる人たちとも顔を合わせることになったわけですが、出身国もベルリン滞在歴も年齢層もバラバラという珍しい職場だということがわかりました。同僚たちはそれぞれの事情でロシア、ウクライナ、シリア、トルコ、エリトリア、ガーナなど様々な国からベルリンに来ていました。もちろんドイツで生まれたトルコ系やベトナム系ドイツ人などもいました。持ち場のカウンターではロシア語やウクライナ語はもちろんのこと、トルコ語、アラビア語に英語が飛び交っており、チームリーダーを除けば、ドイツ語が不自由なく操れる人の方が少なかったくらいです。
しかし、ここでもやはり衛生状態が気になりました。食事が提供されている食堂の床には食べ物やゴミが散乱し、テーブルの上にも簡易食器がそのまま片付けられずに放置されたままになっていました。同僚に尋ねると「自分で片付けようとしない人の方が多いからね、でも今日はこれでもマシな方かな」という返事が返ってきました。公共の場所を清潔に保とう、という意識がない利用者が多いのだとそこで理解しました。
ひとつのホールには食堂やシャワー、トイレなどの設備があり、左右のテント内に合わせて300人ほどが暮らしています。2段ベッドがそれぞれ所狭しと8つずつ配置されている部屋がいくつもあるのですが、もちろんプライベートの確保などほとんどできません。そのため、文化やモラルの異なる難民が同じ部屋になると必ずといっていいほど争い事が持ち上がるのです。そういったクレーム対応も仕事のうち。最初はドイツ人とは異なり、大声で叫びながら感情を爆発させて争う姿に唖然としたものですがそのうち対処法を思いつき、その場を収めることができるように。ロシア語がある程度理解できてよかったと感じる瞬間でもありました。

社会の縮図と多様性
こんなふうに日々、小さな事件が発生するのですが、現場で働いてみて実感したのは難民センターというのはある意味、社会の縮図である、ということかもしれません。「多様性」というものは一言で片付けられるような簡単なものではありません。お互いがお互いを知ろうと歩み寄って初めて、実現可能になるものです。同じ状況に置かれているはずの難民同士でも文化的相違による諍いが絶えないのですから、ベルリンの一般市民と難民がお互いに理解できるようになるには個人レベルの付き合いがないとなかなか厳しいのではないかと感じます。
理解できないものに対して多くの人は不安を抱きがちです。そしてその不安が偏見に繋がっていくのではないでしょうか。日常生活において、もっと交流の場が持てるようになれば相互理解も深まるのかもしれません。世の中はますます分断が進んでいるように見えますが、ベルリンで生活をする上で「自分は移民として何ができるだろうか」そんなことを考えるようになりました。
残念ながら予算削減の波に飲まれ、所属先の赤十字部署が2024年末で難民センターから完全撤退をする決定を出しました。また縁があれば職場に戻りたいところですが、総選挙の結果次第では難民事業に対する予算もますます削られることになるでしょう。ドイツの移民・難民政策の今後の行方に注目したいところです。
出典・参照
ロイター. トランプ氏、メキシコ国境に軍を派遣 不法移民対策で非常事態宣言へ
毎日新聞. 亡命申請の受け付けキャンセル トランプ政権が厳格化か 米報道
NHK. ドイツ 最大野党が”極右”政党と協力 移民政策の決議案可決
テレ朝ニュース. ドイツ 移民の流入を制限する法改正案を否決 最大野党と極右政党が強力に批判相次ぐ
Wir helfen Berlin. Berliner Hilfsorganisationen betreiben Ukraine Ankunftszentrum TXL in Berlin.
希代 真理子(きたい・まりこ)
メディア・コーディネーター
1995年よりドイツ・ベルリン在住。フンボルト大学でロシア語学科を専攻した後、モスクワの医療クリニックでインターン。その後、ベルリンの映像制作会社に就職し、コーディネーターとして主に日本のテレビ番組の制作にかかわる。2014年よりフリーランスとして活動。メディアプロダクションに従事。2020年にAha!Comicsのメンバーとして、ドイツの現地小学校を対象に算数の学習コミックを制作。2023年3月に初の共著書『ベルリンを知るための52章』刊行(明石書店)。