ドイツの移民・難民事情 その1

はじめに

現在のドイツで「移民・難民問題」は避けられないテーマのひとつになっています。私はこれまで、ドイツの政治家や公務員の方々に対して取材やインタビューを行ってきました。しかしながら彼らの移民・難民に対する、「人道的理由から受け入れる」「統合には言語習得が何よりも大切だ」といった発言について考える上で疑問を抱くことがあり、現場での知見が必要だと感じました。そこで、私個人として、2024年の7月からベルリンのテーゲル空港跡地に設置されたウクライナ難民到着センターで仕事を始めることにしました。「言うは易く行うは難し」なのではないかと思ったのがそのきっかけです。

人道的理由という大義名分のために現場に皺寄せがいっているのではないか、という疑問はベルリンで生活する中でも多かれ少なかれ感じていたことでした。そこで『ドイツの移民・難民事情』として、その1ではドイツの現状を、その2では実際にベルリンの難民到着センターで仕事をしてみて私自身が感じたことなどを中心にご紹介したいと思います。

ドイツでの「外国人」の定義 ―移民の背景をもつ人びと―

ドイツでは通常、外国人という表現はあいまいなため「移民の背景をもつ人びと」という言葉が一般的に用いられています。2005年以降、連邦統計局はドイツ最大の年次家計調査であるマイクロセンサスにおいて、いわゆる「移民の背景をもつ人びと」に関するデータを収集しています。この用語は、移民の子孫に関するデータを収集するために導入されました。

移民の背景をもつ人々(Mediendienst Integrationより)
移民の背景をもつ人々(Mediendienst Integrationより)

「移民背景をもつ人びと」のなかには、ドイツ国籍をもつ人と外国籍をもつ人(外国人)が含まれています。なお「難民」というのは「難民の地位に基づく条約」によって紛争地域から流入してきた人びとをさします。

2023年末のドイツの総人口は8,467万人ですがそのうち移民の背景をもつドイツ国籍保持者が14.8%、外国人が14.9%となっており、ドイツに住むおよそ3人にひとりが外国に何らかのルーツを持っている、ということになります。日本とは比較にならないほど移民背景をもつ人の割合が高く、移民社会であるといえるでしょう。

ドイツの難民政策の歴史と近年の状況

しかし、ドイツも初めから移民社会であったわけではありません。1950年代~60年代にかけて、第2次世界大戦後の労働力不足を補うためにドイツが二国間協定(外国人労働者募集協定)を締結して、イタリア、スペイン、ギリシャ、トルコなどから多くの短期出稼ぎ労働者(ガストアルバイター)を受け入れてきました。しかし、1973年のオイルショック以降、90年代まではむしろ外国人の受け入れを制限する政策をとり、自らを移民社会とは認めていませんでした。1950年代~60年代にかけて受け入れた多くの外国人もそれぞれの母国語コミュニティを形成するなど、ドイツ国民との溝も深まっていました。

その一方、日本と同様に少子高齢化に直面する中、2000年代に入ると外国人材の受け入れに舵を切り始めます。同時に外国人をドイツ社会の一員として「統合(Integration)」していくための政策が2005年に定められ、ドイツ語教育などにも力を入れ始めました。

メルケル政権が2015年にシリアからの難民を100万人ほど受け入れたことは記憶に新しいかと思いますが2022年4月にロシアによるウクライナ侵攻を受けて現在ではウクライナ出身の難民の数が増えており、続いてルーマニア、トルコ、ポーランドそしてシリアとなっています。

2023年のドイツへの移民数(出身国別)(Statistaより)
2023年のドイツへの移民数(出身国別)(Statistaより)

現在の問題点と今後の課題

コロナ禍に続き、ロシアのウクライナ侵攻やイスラエルのガザ侵攻、最近のシリア情勢など不安定な世界情勢の影響を受け、ドイツでもインフレが進み社会不安が広がっています。そんな市民の不安に伴う右派ポピュリズムの台頭はドイツだけではなく、欧州全体で見られる現象になりつつあります。筆者の住むベルリンも近年は以前とは明らかに違った印象を受けるようになりました。街中を歩いていても、どこかギスギスしていてアグレッシブな雰囲気を感じるのです。人々の生活や気持ちからゆとりがなくなったのもその一因なのかもしれません。

また、過去に大量の難民を受け入れたことによる皺寄せは教育現場などを中心に社会問題になっています。学校によってはドイツ語習得率が低すぎるため授業にならない、といったことが実際に起こっているためです。また、社会的モラルや共通認識の喪失により、多様な社会を実現するにはかなり厳しい現状があるように思います。最低限のコンセンサスや共通認識なしには社会も多様性に耐えることができないのではないでしょうか。

先日も残念ながら、マグデブルクのクリスマスマーケットにおいてサウジアラビア出身の精神科医による無差別テロが起こったばかりです。こういった移民による事件が起こるたびに事件の背景をよく理解しようとせず、右派政党の「ドイツのための選択肢」(AfD)による「私たちは国と国民を取り戻す」といったスローガンと共に扇動ともいえる集会が開かれるのも現在のドイツです。統合政策というものの難しさが手に取るようにわかる動きが近年は目立つようになってきました。

「右翼ポピュリスト政党への対応について」のパンフレット(ドイツ連邦内務省ホームページより)
「右翼ポピュリスト政党への対応について」のパンフレット(ドイツ連邦内務省ホームページより)

移民との統合政策にこれ、といった解決方法がない中、ドイツも今後多くの課題を抱えながら最善策を模索するしかないのでしょうか。まずは2月末に予定されている総選挙の結果が気になるところです。

来月公開のその2では、私が実際にウクライナ難民到着センターで働いた経験談を中心にお送りする予定です。

出典・参照

浜本隆志、髙橋憲. 『現代ドイツを知るための67章』(第46章 ドイツにおける「移民の背景をもつ人びと」―変貌する出身国).

Bundeszentrale für politische Bildung. Wir holen uns unser Land und unser Volk zurück’ – Empfehlungen zum Umgang mit rechtspopulistischen Parteien in Parlamenten und Kommunen | Zusammenhalt durch Teilhabe.

Mediendienst Integration. Bevölkerung | Migration | Zahlen und Fakten | MDI.

日本財団. 【視察報告】ドイツのウクライナ避難民支援:なぜ100万人を超える避難民を受け入れられるのか

Statista GmbH. Immigrant numbers by origin in Germany 2020.

Statistisches Bundesamt (Destatis). Bevölkerung nach Nationalität und Geschlecht (Quartalszahlen).

執筆者

希代 真理子(きたい・まりこ)

メディア・コーディネーター

1995年よりドイツ・ベルリン在住。フンボルト大学でロシア語学科を専攻した後、モスクワの医療クリニックでインターン。その後、ベルリンの映像制作会社に就職し、コーディネーターとして主に日本のテレビ番組の制作にかかわる。2014年よりフリーランスとして活動。メディアプロダクションに従事。2020年にAha!Comicsのメンバーとして、ドイツの現地小学校を対象に算数の学習コミックを制作。2023年3月に初の共著書『ベルリンを知るための52章』刊行(明石書店)。

当社は、海外事業展開をサポートするプロフェッショナルチームです。
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