左派連合の台頭がフランス経済にどのような変化をもたらす可能性があるのか。
7月7日、フランス全土で実施された連邦議会選挙の結果、左派連合(LE NOUVEAU FRONT POPULAIRE; NPF)が最大与党となった。これはフランスにとって大きな政治的転換点と言うことができる。この政治変化はエマニュエル・マクロン大統領が着手した経済・イノベーション政策、とりわけ、スタートアップ企業やフレンチ・テック構想に焦点を当てた経済政策の将来にとって看過できない問題を提起していると言えよう。
そこで、本稿では、左派連合(NPF)の台頭がフランス経済にどのような変革をもたらし得るのか、新興企業やイノベーションに対する影響について考えたい。
マクロン政権下の経済・イノベーション政策
マクロン大統領は2017年の政権発足以来、イノベーションと新興企業支援を経済政策の柱とし、推し進めてきた。以下はその主な内容である。
- フレンチ・テック・イニシアティブ
「フレンチ・テック・イニシアティブ」とは、フランスの新興企業を支援するために創設された総合プログラムで、新興企業が誕生、成長し、国際競争力をつけるために必要なさまざまなリソースを提供しようとするものである。このプログラムには資金提供やインストラクション・スキーム、世界的知性の関心を惹くための誘引施策等が含まれている。 - 税制改革
マクロン大統領はまた、ビジネスの展開に有利な税制改革を推し進めた。法人税を引き下げ、また、新興企業やテクノロジー分野への積極的な投資に対して税制優遇措置を提供している。 - 規制緩和
イノベーションを奨励するため、さまざまな規制の緩和・簡素化に取り組み、起業やイノベーションを容易にしてきた。 - 公共投資
新技術や自然科学分野の研究開発を中心に、巨額の公的資金を投入してきた。
左派連合(NPF)の経済ビジョン
他方、ジャン=リュック・メランションなどが率いる左派連合(NPF)は、マクロン大統領の与党連合とは異なる経済ビジョンを掲げている。NPFの政策は、端的に言えば、社会正義、富の再分配、生態系の維持に重点を置いている。
- 富裕層及び大企業に対する税負担の増加
NPFは膨大な支出を賄うため、高所得者層及び大企業に対する増税の必要性を唱えている。 - 労働者の権利強化
最低賃金の引き上げ、週労働時間の短縮、労働組合の強化、労働条件の改善などを提唱している。 - グリーン投資
再生可能エネルギー、グリーン・インフラストラクチャ、二酸化炭素排出量削減を志向する大規模投資など、エコロジーの加速化を目指している。 - 社会的連帯経済
非営利団体の活動や地域のイニシアティブを支え、協力的な連帯にもとづく経済のあり方を模索している。
新興企業やイノベーションへの影響
マクロン大統領率いる与党連合中心の政権運営から、左派連合NPFを中心とする連立政権への移行は、フランスの新興エコシステムとイノベーションに重大な影響を及ぼす可能性があると見られている。
- 税負担の増加、民間投資の減少
富裕層や大企業に対する増税が実行されれば、結果として、個人投資家による新興企業への資金提供が減少、停滞するかもしれない。資金提供を受ける側、すなわち起業家もまた、不測の税制環境となることを想定し、リスクを取ることに消極的になるかもしれない。
フランス銀行(Banque de France)が実施した調査によると、民間投資は税制の変化に敏感で、大幅な増税は起業家にとって利用可能な資本を減少させる可能性があると出ている。(Banque de France, 2023) - 規制と労働者の権利
NPFは労働者の権利強化を謳っているが、このことは企業にとって賃金や手当、労働条件における負担増が起こり得ることを意味している。 - エコロジー重視
グリーン投資への注力は、グリーン・テクノロジー「売り」とする新興企業にとって新たなビジネスチャンスをもたらすという期待がある。再生可能エネルギー、資源管理、グリーン・テクノロジーの分野においてイノベーションを起こそうとする目論む企業にとっては、補助金の獲得や支援の拡大といった恩恵が期待できるかもしれない。 - 公的支援とインフラ
NPFは、公的資金の一部をグリーン・テクノロジーや社会インフラを整備するためのプロジェクトに重点的に振り向けることは、間接的にイノベーションを支援することに繋がるとしている。例えば、デジタルインフラや公共交通機関が改善されれば、新興企業の発展にとってより有利な社会・経済環境が創出されるという。
実際、欧州委員会が行った調査でも、新興企業のエコシステムの発展にとって、強力な公共インフラがきわめて重要であることが示唆されている。(欧州委員会/2022年)
課題と展望
左派連合(NPF)が主導する連立政権への移行は、フランスのイノベーションにとって機会と脅威の両側面をもたらすのではなかろうか。
- 適応性
新興企業は、より厳しい税制や制約に適応しなければならなくなると見られる。しかし、その一方で、より高度な効率性と人的資源の管理が生み出されるだろうとの見方もある。 - 新たなニッチ市場の創出
NPFが言うグリーン政策によって、グリーン・テクノロジーの領域において新たなニッチ市場が生み出されるかもしれない。 - 社会正義とイノベーションの調和
社会正義とイノベーションのバランスをどのように図るか。
NFPが生活水準や労働条件の改善を推進しつつ、同時にスタートアップ企業が活躍できる社会環境を整えることに成功すれば、間違いなくフランスの経済的強靭性は強化されるだろう。
フレンチ・テックのような新興企業やイニシアチブがいくつもの困難に直面する脅威が否定できない一方、グリーン・テクノロジーやサステナブルなテクノロジーにとっては大きなチャンスでもあると言うことができそうだ。
<参考文献>
– Banque de France (2023). Étude sur l’impact de la fiscalité sur les investissements privés.
– Institut Montaigne (2022). Analyse des effets des réglementations sur les coûts opérationnels des entreprises.
– Agence Internationale de l’Énergie (2023). Rapport sur les politiques d’investissement écologique.
– Commission Européenne (2022). Importance des infrastructures publiques pour le développement des start-up.
内田 アルヴァレズ 絢(うちだ・アルヴァレズ・あや)
マーケティングコンサルタント(フランス)
神戸松陰女子学院大学英文科卒、Aix Marseille IIIにてフランス語を学ぶ。
ドイツ及びフランスで15年にわたりキャリアを積み、現在はパリを拠点に日系企業の欧州展開を多角的にサポートしている。
Researching Plus GmbH社のマーケティングリサーチャー&企業コーディネータも務める。