ストライキをしているアメリカの俳優たちがAIを恐れるワケとは?

前回「アメリカ脚本家組合がストライキを行っているワケとは?」という記事で、アメリカの脚本家たちが待遇の改善などを求めてストライキを行っていることをご説明しました。WGA(アメリカ脚本家組合)によるストライキに合流する形で、今度はアメリカの俳優組合が2023年7月14日からストライキに突入しました。今回はアメリカの俳優組合のストライキについて解説します。

要求内容は俳優組合の要求内容と基本的には同じ

アメリカ俳優組合(Screen Actors Guild – American Federation of Television and Radio Artists (SAG-AFTRA)のAMPTP(Alliance of Motion Pictures and Television Producers, 映画・テレビ制作者同盟)に対する要求内容は、アメリカ脚本家組合(WGA)の要求内容と基本的には同じです。アメリカ俳優組合もアメリカ脚本組合と同様に、契約期間と報酬単価の引き上げ、residual(リジデュアル)の見直し、労働環境の改善などを求めています。アメリカ俳優組合の組合員も、視聴者の視聴パターンが地上波放送からストリーミングプラットフォームへ移行したことにより大きな影響を受け、その対応を求めています。

アメリカ俳優組合がアメリカ脚本家組合よりもAMPTPに対してより強く訴えているのが、AMPTPによるAIの活用に関する問題の整理とそれへの対応です。なぜなら、AIは今日、アメリカの俳優たちの、特にバックグラウンドアクター(Background actors)と呼ばれる「エキストラ俳優たち」の、存在そのものを脅かす存在になりつつあるからです。

俳優の全身をAIがボディスキャン、「レプリカ」を作成

アレクサンドリア・ルバルカバさんは47歳のベテランの女性バックグラウンドアクターです。ディズニーのストリーミングプラットフォーム「ディズニー+(プラス)」の人気シリーズ「ワンダビジョン」などにも出演し、「エキストラ俳優」ながらその存在感を示しています。なお、アレクサンドリアさんは、番組出演ごとに1回あたり187ドル(約2万7115円)を報酬として受け取っています。

ある日番組の撮影が修了すると、アレクサンドリアさんは撮影クルーから、撮影スタジオが設置されているトレーラーへ行くよう指示されました。指示通りトレーラーへ行くと、アレクサンドリアさんはそこに無数のカメラが設置されているのを目にしました。そして、カメラの前に立つよう促されると、「手を伸ばして」「手を縮めて」「怖がっている顔をして」「驚いた顔をして」などと細かく指示され、そのたびに設置されたカメラによって全身が撮影されたのでした。

撮影そのものは15分程度で終了しましたが、撮影の前後または最中のどの場面においても、アレクサンドリアさんが撮影された理由は説明されませんでした。しかし、アレクサンドリアさんはこれまでに、アレクサンドリアさんがAIによって全身をスキャンされ、彼女の「レプリカ」が勝手に作られてしまったことを知ったのでした。

「レプリカ」がバックグラウンドアクターをリプレース

制作サイドがアレクサンドリアさんの「レプリカ」を作った理由は明確です。「レプリカ」にバックグラウンドアクターとしてのアレクサンドリアさんをリプレースさせるためです。「レプリカ」であればどんなシチュエーションにも投じることができ、表情や衣装だって好きなように変えられます。年齢や、必要な際は性別すら変化させられるし、何よりも1日187ドルの報酬を支払う必要がない。

さらにバックグラウンドアクターにメーキャップを施すスタッフやコスチュームを担当する衣装スタッフを用意する必要もなく、彼彼女らにも報酬を支払う必要がない。「レプリカ」にバックグラウンドアクターを演じさせることで、制作サイドはコストを大きく削減することができるのです。

制作サイドに勝手に自分のレプリカを作られ、さらに仕事まで奪われそうな事態を迎えたアレクサンドリアさんは、「AIが私たちバックグラウンドアクターを根絶やしにしてしまうことを恐れています。彼ら(制作サイド)はもう、私たちを使うことはないかも知れません」とコメントしています。

1日分の報酬を支払って「未来永劫」利用

制作サイドとの交渉を担当しているアメリカ俳優組合の責任者によると、制作サイドはレプリカの作成と利用について、「(ボディスキャンされる)バックグラウンドアクターに対して1日分の報酬を支払う見返りに、作成したレプリカを「未来永劫」使うことができる」というオファーを提示しているそうです。そのような条件に従うのであれば、ほとんどのバックグラウンドアクターは生活が立ち行かなくなってしまうでしょう。

しかし、制作サイドによるバックグラウンドアクターのレプリカの利用は、制作現場では着実に広がっているようです。そして、バックグラウンドアクターの多くが、制作サイドによる報復を恐れて、ボディスキャンを受けろという指示に従っているそうです。

AIは、アメリカの俳優たち、特にバックグラウンドアクターという「主要キャストではない出演者」の存在を脅かし始めています。そして、これは自らの存在意義がかかった問題であるだけに、この問題が簡単に解決することはないかも知れません。アメリカ俳優組合によるストライキは、解決までに相応の時間が必要になる可能性が高いでしょう。

執筆者 前田 健二(まえだ・けんじ)

上席執行役員、北米担当コンサルタント

大学卒業と同時に渡米し、ロサンゼルスで外食ビジネスを立ち上げる。帰国後は複数のベンチャー企業のスタートアップ、経営に携わり、2001年に経営コンサルタントとして独立。事業再生、新規事業立上げ、アメリカ市場開拓などを中心に指導を行っている。アメリカ在住通算七年で、現在も現地の最新情報を取得し、各種メディアなどで発信している。米国でベストセラーとなった名著『インバウンドマーケティング』(すばる舎リンケージ)の翻訳者。明治学院大学経済学部経営学科博士課程修了、経営学修士。

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