トランプ氏もハリス氏もこぞってUSスチール売却に反対するワケ

アメリカ大統領選挙がいよいよ佳境に入ってきました。本記事が公開される頃にはカマラ・ハリス現副大統領とドナルド・トランプ前大統領による公開テレビ討論会も終了し、それぞれの政策の違いなどがより明確に浮き彫りになっていることでしょう。ところで、移民対策や経済政策などの重要課題で対立が目立つ両者ですが、USスチールの日本製鉄への売却に関しては、こぞって反対を表明しています。両者が反対を表明せざるを得ない理由などについて説明します。

長い歴史と伝統を持つUSスチール

USスチール(United States Steel Corporation)は、1901年2月にカーネギースチール、フェデラルスチール、ナショナルスチールの大手製鉄会社三社が合併してできた製鉄会社です。最盛期には世界最大の製鉄会社であり、世界最大の時価総額を有した会社であり、世界で初めて時価総額10億ドルを突破した会社です。その生産能力は凄まじく、最盛期にはアメリカで生産される鉄の67%を製造していた、文字通りアメリカを代表する製鉄会社です。

同社が拠点を置くペンシルバニア州ピッツバーグはUSスチールの城下町として栄え、長らく「製鉄の街」としてその名を世に知らしめてきました。なお、ピッツバーグのアメリカンフットボールのプロフェッショナルチームは、鉄の街の俗称から「ピッツバーグ・スチーラーズ」と名付けられています。

そんな長い歴史と伝統を持つ由緒あるUSスチールを、「ニッポンスチール」という日本の製鉄会社が買収しようというのですから、大きなニュースになったのも無理はありません。

トランプ氏もハリス氏もこぞって反対のUSスチール売却

ところで、USスチールの日本製鉄への売却については、カマラ・ハリス現副大統領もドナルド・トランプ前大統領もこぞって反対を表明しています。ハリス副大統領はピッツバーグ市内での演説の中で、「アメリカ資本の強力な製鉄会社を持続させることは、国家のために極めて重要です。USスチールは歴史あるアメリカ企業であり、アメリカ人によって所有され、アメリカ人によって運営されるべきです」と発言し、USスチールの日本製鉄による買収に強く反対しています。

対抗馬のトランプ前大統領もロイターのインタビューの中で、「(米大統領に当選すれば)私は日本にUSスチールの買収をやめさせる。彼らにUSスチールの買収を許すべきではない」と、明確に買収に反対しています。経済や外交などの重要なイシューにおいては対立が目立つ両者ですが、USスチールの日本製鉄による買収には反対と言う点で一致しているのです。両者はなぜ、頭から反対の意を表明しているのでしょうか。

労働組合の組織票とスイングステートの特殊事情

その最大の理由は、米大統領選挙における労働組合の組織票です。USスチールの労働者が加盟しているのが、北米最大の工業労働者系の労働者組合とされるアメリカ鉄鋼労働者組合(United Steelworkers Union)です。1935年に製紙業界のための小さな労働組合として発足したアメリカ鉄鋼労働者組合には、USスチールの労働者以外にもアルコア、アルセロールミタル、ティムケンなどのアメリカを代表する大メーカーの労働者が加入し、民主党を支える組織票を提供しているのです。そして、USスチールの売却により直接影響を受けない「他の組合員」の多くが、「USスチールが外国資本に買収される」というネガティブなイメージを抱きながら反対を表明しているのです。そして、ペンシルバニア州という重要なスイングステートでの票の行方が、他の多くの州での投票トレンドに大きな影響を与えるとされているのです。

筆者は、1990年代のアメリカで、経営難に陥ったコロンビア・ピクチャーズをソニーが、ユニバーサルを松下電器産業がそれぞれ買収した「事件」を目撃しましたが、当時のアメリカのマスコミを含めた世論の雰囲気は、「アメリカの魂が日本に買収された」といった、まさにネガティブイメージに包まれたものでした。いずれも日本企業による資本投入がないと会社が消滅する事態でしたが、それでもアメリカの論調は極めて否定的でした。現在のアメリカで進行中のUSスチール売却劇も、まったく同じ雰囲気で包まれていると感じざるを得ません。

地元ピッツバーグでは買収に賛成の声も

どこの国の国民も、自国のアイコニックな企業の外国資本による買収については、何らかの否定的なイメージを持つものです。現に日本の大手スーパーマーケット・コンビニチェーンに対し、カナダの企業が買収を提案していますが、完全に前向きに受け取っている日本人は多くはないかも知れません。

アメリカ人も同様です。米大統領選挙の投票日まで6週間を残す中、日本製鉄によるUSスチールの買収を「歓迎する」または「容認する」などと言うことは、両候補者ともに絶対に出来ないのです。「外国資本によるアイコニック企業の買収」イコール「悪」のイメージが出来上がっている世論の中では、完全に自殺行為になってしまうのです。

なお、買収の直接的な影響を受ける当事者であるUSスチールの労働者の大半は、日本製鉄による買収に前向きであるとピッツバーグの地元テレビ局が報じています。USスチールのデイビッド・ブリットCEOは、「(日本製鉄による買収が失敗に終われば)USスチールは雇用を維持することが不可能になり、溶鉱炉を最新バージョンにアップグレードする資金も調達できなくなる。また、(長らく拠点を置いてきた)ピッツバーグから本社を移転せざるを得なくなる」と警鐘を鳴らしています。

執筆者

前田 健二(まえだ・けんじ)

上席執行役員、北米担当コンサルタント

大学卒業と同時に渡米し、ロサンゼルスで外食ビジネスを立ち上げる。帰国後は複数のベンチャー企業のスタートアップ、経営に携わり、2001年に経営コンサルタントとして独立。事業再生、新規事業立上げ、アメリカ市場開拓などを中心に指導を行っている。アメリカ在住通算七年で、現在も現地の最新情報を取得し、各種メディアなどで発信している。米国でベストセラーとなった名著『インバウンドマーケティング』(すばる舎リンケージ)の翻訳者。明治学院大学経済学部経営学科博士課程修了、経営学修士。

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