アメリカの不法移民は「招かざる客」か「必要不可欠な人材」か?

トランプ政権が不法移民の摘発を強化しています。CBSの報道によると、トランプ大統領の指示を受けたICE(U.S. Immigration and Customs Enforcement, アメリカ合衆国移民・関税執行局)は、これまでに米国内の不法移民を累計で10万人以上逮捕し、一部を強制送還するなどの厳しい措置を講じています。

トランプ政権は不法移民を「招かざる客」とし、アメリカ社会での存在が許されない者として扱っているようです。アメリカの不法移民はトランプ政権が暗示するように、本当に単なる「招かざる客」なのでしょうか。現地のメディアの報道などを交えて解説します。

アメリカ人口の3.42%を占める不法移民

アメリカ移民研究センターによると、2023年7月時点でアメリカには1170万人の不法移民(Illegal immigrants)が存在しています。直近のアメリカの人口は3億4194万人なので、アメリカ人口の3.42%は不法移民ということになります。また不法移民のうち830万人は労働者で、アメリカの労働者人口の4.8%を占めています。さらにアメリカ以外で生まれたアメリカ居住者の23%が不法移民であるとされています。

不法移民の母国ではメキシコが最大で、2022年だけで405万人の不法移民がメキシコからやってきています。その他の国では、エルサルバドル(75万人)、インド(72万5千人)、グアテマラ(67万5千人)、ホンジュラス(52万5千人)と続いています。陸続きの隣国メキシコを筆頭に、アメリカ大陸諸国から多くの不法移民がアメリカへ渡っています。

陸路での不法移民のアメリカへの侵入を防ごうと、トランプ大統領は第一次政権開始前からメキシコとの国境に「壁」を作ろうと訴え、実際に一部の地域で作りましたが、数字を見る限りでは、トランプ大統領の「壁」は当初の計画通りには出来ておらず、不法移民の流入防止にはあまり役立っていないようです。

アメリカ人が就労を忌避する業界・業種で働く不法移民

不法移民は、建設業、農業、ホスピタリティ産業といった、普通のアメリカ人が就労を忌避する業界・業種で多く働いています。特に建設業においては不法移民の割合が高く、建設業の全労働者の13.7%が不法移民であるとされています。農業労働者も不法移民の割合が高く、全労働者の12.7%が不法移民であるとされています。さらに、飲食店やホテルなどのホスピタリティ産業も不法移民が多く占め、全労働者の7.1%が不法移民であるとされています。

ホスピタリティ産業では、ホテルの清掃・ベッドメーキングや、飲食店のディッシュウォッシャーやバスボーイ(皿の片づけスタッフ)といった典型的な「低賃金」で「不人気」な仕事を不法移民が引き受けています。建設業や農業などでも同様に、アメリカ人がやりたがらない仕事を不法移民が率先して引き受け、低賃金や長時間労働などの劣悪条件のもとで働いています。不法移民は、多くのアメリカ人がやらない・やりたがらない仕事の引き受け手という、業界にとっての「必要不可欠な人材」として機能している側面があるのです。

不法移民の摘発により影響が出始めたケースも

実際に、不法移民の摘発により影響が出始めたケースも報道されています。CBSは、カリフォルニア州サクラメントの大規模住宅建設現場で、ICEによる摘発を恐れた不法移民の労働者が一斉に出勤を拒否し、建設作業が全面的にストップしてしまったケースを報じています。インタビューに答えた労働者の一人は、「現場で作業中にICEが突然やってきて逮捕される可能性があります。怖くて仕事どころではありません」と、不安定極まりない自らの状況を訴えています。

また、カリフォルニア州オックスナードの大規模農場では、ある日の早朝にICEの職員が突然現れ、ほうれん草の摘み取り作業をしていた労働者を一斉に逮捕するという事件が発生しました。事件を受け、摘発を恐れた労働者が全員出勤を拒否し、出荷作業が出来なくなってしまいました。ある調査によると、カリフォルニア州で働く農業労働者の約半数が不法移民であるとされており、ICEによる摘発が農場運営に深刻な影響を与え始めています。

「汚れ仕事」を引き受ける不法移民

アメリカでは、特に建設業、農業、ホスピタリティ産業などにおける各種の「汚れ仕事」を不法移民が引き受け、サプライチェーンを構築しているという実態があります。繰り返しますが、アメリカにおいて不法移民の多くは単なる「招かざる客」などではなく、普通のアメリカ人がやらない仕事を率先して引き受ける「必要不可欠な人材」であるとも言えるでしょう。

ICEによる摘発によりアメリカの各地で混乱が生じ始めたのを見かねたトランプ大統領は、農場、ホテル、レストランなどで働く労働者に対する摘発を「一時的に中断」するよう求めるガイドラインを発表しました。不法移民憎しで始めたICEによる摘発活動が、これほどまでにアメリカ社会を混乱させることになるとは想定外だったかも知れません。

アメリカの不法移民は、いつの時代にも必要とされる「汚れ仕事」の引き受け手であり、アメリカという国に汚れ仕事の担い手が必要とされる以上、今後も存在し続けるでしょう。トランプ政権による不法移民政策は、最終的には現実に合わせる形で内容が大きく修正されることになると予想しておきます。

執筆者

前田 健二(まえだ・けんじ)

上席執行役員
シニアマーケティングコンサルタント(北米統括)

大学卒業と同時に渡米し、ロサンゼルスで外食ビジネスを立ち上げる。帰国後は複数のベンチャー企業のスタートアップ、経営に携わり、2001年に経営コンサルタントとして独立。事業再生、新規事業立上げ、アメリカ市場開拓などを中心に指導を行っている。アメリカ在住通算七年で、現在も現地の最新情報を取得し、各種メディアなどで発信している。米国でベストセラーとなった名著『インバウンドマーケティング』(すばる舎リンケージ)の翻訳者。明治学院大学経済学部経営学科博士課程修了、経営学修士。

連絡先:k-maeda@j-seeds.jp

当社は、海外事業展開をサポートするプロフェッショナルチームです。
お気軽にお問い合わせください。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!