【アメリカの医療】メディケイドについての基本情報

前回の「メディケアについての基本情報」と言う記事で、主に65歳以上のアメリカ市民を対象にした公的医療保険メディケアについての基本をお伝えしました。アメリカの公的医療保険としてはメディケイドと並び、低所得者用公的医療保険のメディケイドも、アメリカの医療を支える重要な柱となっています。今回は、メディケイドについての基本情報をお伝えします。
メディケイドとは?
メディケイド(Medicaid)は、低所得の個人や家庭を対象にしたアメリカの公的医療保険です。州単位で運営されていて、予算は連邦政府と州政府が共同で負担しています。メディケイドには、2024年時点で7790万人のアメリカ市民と合法居住者が加入しています。65歳以上の高齢者を対象にした公的医療保険のメディケアの加入者数が6730万人ですので、メディケイドの加入者数の方が1000万人ほど多いです。
メディケイドの加入条件は州ごとに定められています。例えばカリフォルニア州の場合、メディケアに加入する人および世帯の年収は以下を下回る必要があります。
・一人世帯 20,783ドル(約301万円、1ドル145円で換算、以下同じ)
・二人世帯 28,208ドル(約409万円)
・三人世帯 35,632ドル(約517万円)
・四人世帯 43,056ドル(約624万円)
・五人世帯 50,481ドル(約732万円)
また、規定の収入を上回っている人でも、「盲目である」「妊娠している」「21歳未満である」「一時的にアメリカに滞在している難民である」といったケースでは、条件によっては加入できる可能性があります。

メディケイドで利用できる医療サービス
では、メディケイドの加入者はどのような医療サービスが利用できるのでしょうか。カリフォルニア州の場合、メディケイド加入者は以下の医療サービスが利用可能です。
・外来診療
・入院診療
・救急医療サービス
・妊娠と出産ケア
・メンタルヘルスおよび虐待治療サービス
・処方薬
・リハビリテーションサービス
・予防医療および生活習慣病管理
・歯科および眼科
一般的な医療が提供しているサービスであれば、ほぼすべてが利用可能です。
なお、メディケイド加入者が利用できる医療機関ですが、メディケアと同様、メディケイド患者の受け入れを表明している医療機関であれば利用可能です。ただし、医療機関の中にはメディケイドから支払われる診療報酬の安さを嫌ってメディケイド患者の受け入れを拒否しているところもあります。ある調査によると、アメリカの主要病院の94%が民間医療保険に加入している患者を受け入れるとした一方、メディケイド患者を受け入れるとしたのは全体の45%に過ぎなかったそうです。
病院とともにクリニックでも、診療報酬の安さを嫌ってメディケイド患者を受け入れないところが少なくないとされています。アメリカ健康研究所(NIH)の調査によると、新規のメディケイド患者を受け入れないクリニックは全体の三分の一にも達しているそうです。

不正行為が横行しているメディケイド
ところで、メディケイドにおいては一般的な民間医療保険と比べて不正請求などの不正行為がより横行しているとされています。不正行為は主にメディケイド患者を受け入れている医療機関が行っており、「架空請求」「二重請求」「不必要な医療サービス」等々が多数行われているとされています。
CNBCはメディケイドおよびメディケアにおける不正の被害額は年間1000億ドル(約14兆5000億円)にも達しており、アメリカの医療財政を圧迫している大きな要因の一つとなっていると報道しています。 メディケイドにおける不正行為横行の原因としては、メディケイドの診療報酬の安さや請求処理の煩雑さ、メディケイド患者の数が過剰であること、メディケイド運営サイドの人的リソースの不足などが指摘されているものの、簡単に解決できないとの認識が一般的です。

トランプ政権の財政予算削減の矛先となるメディケイド
トランプ大統領が提出した2026年度連邦予算案において、メディケアではなくメディケイドが予算削減の主な矛先となっていることを前の記事でご紹介しました。メディケイドの予算を今後10年間で6000億ドル(約87兆円)程度削減することを目指すトランプ大統領の予算案では、メディケイド加入者に求められる月間労働時間を最低80時間まで延長するなどして加入条件を厳格化し、コストを大幅に削減することを目指すとしています。メディケイドは、社会的弱者のためのセーフティネットとして機能してきましたが、セーフティネットの利用条件を厳しくして全体の利用者数を減らそうというスキームです。
一見したところ、あからさまな弱者たたきに見えるトランプ氏のメディケイド予算削減案ですが、予想通り民主党議員を中心に反発の声が広がっています。超党派の議会予算審議会は、トランプ大統領の予算案では860万人のメディケア加入者が加入資格を失い医療難民化すると主張しています。公的医療保険の予算を削減することの困難さは最近の日本も経験済みですが、アメリカにおいてはある種日本以上の難しさがあるかも知れません。「命に直結した予算削減」を目指すトランプ大統領の2026年度予算案の行方に注目です。
前田 健二(まえだ・けんじ)
上席執行役員
シニアマーケティングコンサルタント(北米統括)
大学卒業と同時に渡米し、ロサンゼルスで外食ビジネスを立ち上げる。帰国後は複数のベンチャー企業のスタートアップ、経営に携わり、2001年に経営コンサルタントとして独立。事業再生、新規事業立上げ、アメリカ市場開拓などを中心に指導を行っている。アメリカ在住通算七年で、現在も現地の最新情報を取得し、各種メディアなどで発信している。米国でベストセラーとなった名著『インバウンドマーケティング』(すばる舎リンケージ)の翻訳者。明治学院大学経済学部経営学科博士課程修了、経営学修士。