ドイツのクリスマスマーケットに映る政治・社会・移民の現状
早いもので、2025年も気づけばもうクリスマスが目前に迫っています。日本では師走を迎え、何かと慌ただしい季節ですが、今年は皆さんにとってどんな一年だったでしょうか。
ドイツにはアドベントカレンダーと呼ばれる日めくりカレンダーがあり、クリスマスまでのカウントダウンが始まる時期です。また、暗いドイツの冬に欠かせない「クリスマスマーケット」も始まります。今回は、「クリスマスマーケット」を通して、政治や社会、移民の問題についてのお話をしたいと思います。
安全と祝祭のはざまで
この冬、ドイツ各地のクリスマスマーケットの開催をめぐって、少し不穏なニュースが流れています。これまでにクリスマスマーケットで発生した事件を受け、マーケット周囲にコンクリートのバリケードや警備員、監視カメラなどが例年にも増して設置される一方、安全対策にかかる費用が膨らみすぎたため、一部の都市では開催可否が論じられている、というものです。SNSでは「テロへの恐怖とセキュリティ費用のために、ドイツでは数多くのクリスマスマーケットが中止に追い込まれている」といった内容のフェイクニュースが拡散されました。市民の安全を守るための「壁」が、同時に「自由の制約」を象徴する存在になっているのかもしれません。
なぜ、このような状況になっているのでしょうか。
背景には、2016年にベルリンの動物園駅すぐそばのブライシャイト広場のクリスマスマーケットで起きたトラック突入による無差別テロ事件、そして2024年にマグデブルクで発生したスポーツ用多目的車(SUV)による突入事件があります。前者では過激派組織「イスラム国」(IS)が犯行声明を出し、少なくとも12人が死亡、40人以上が負傷しました。後者では少なくとも5人が死亡、300人以上が負傷しています。こちらの犯行はサウジアラビア出身の医師によるものでした。こうした悲劇を経て、ドイツでは「祝祭をどう守るか」という問いが、改めて突きつけられているのです。

心理的な変化
度重なるテロの脅威のため、個人的にもこれまでのように気軽にクリスマスマーケットに足を運べなくなっているように感じます。近年では、子どもたちにもできるだけ安全対策が整っている場所を選ぶよう注意を促したり、一緒に出かける際も入場料を支払ってでも安心できるマーケットを選ぶようになったりしています。クリスマスマーケットに限らず、人出の多い場所には、以前ほど気軽に足を運ぶことができなくなっています。
それに加えて、止まらない物価高や電気代の上昇も重なり、暗い冬を乗り切るための「光あふれるクリスマスマーケット」が、家族連れや高齢者にとっては逆に心理的な負担になりつつあるのかもしれません。ただでさえ世知辛い社会になりつつある中で、これはとても残念なことです。精神的な緊張感が、灯りのもとで人が集うというドイツの冬の風物詩に、静かな影を落としています。コロナ禍を経てようやく取り戻された人々の集いが、これ以上失われないことを願うばかりです。
現政権の支持率低下
日本でも同様かもしれませんが、ドイツでは社会の分断をあおるような言説が目立ちます。「移民がテロを起こす」「我々の宗教的祝祭を守るべきだ」といった内容の記事を目にするたびに、残念で複雑な気持ちになります。2025年初頭に行われた「ドイツの選択肢(AfD)」の連邦党大会で、党首アリス・ヴァイデルは演説の冒頭で、「アラブ人の犯行者」が「マグデブルクでのこの狂気の行為」を行い、「ドイツに長く滞在すべきではなかった移民の男性だった」と述べています。
日本でも「外国人」に対する風当たりが強くなっているようですが、どちらにも共通していえるのは、自分たちに対する「敵」を作り上げ、一括りにして批判するという態度のように思えてなりません。
実際、極右政党ともいえるAfDは、ドイツでいまも支持率を伸ばし続けています。メルツ首相率いる現政権の特徴のひとつは、「財政改革」「防衛・安全保障の強化」「エネルギー・気候変動対策の加速」といったテーマを掲げつつも、支持率が低迷し、政治に対する信頼が揺らいでいる点です。例えば、最近の世論調査では連立与党の支持率が38%という新たな低水準に落ち込み、対して極右政党のAfDが26%という高い数字を記録しています。
このような政局の中で、「分断をあおる言説」がなぜ一定の影響力を持ってしまうのか、という問いが、祝祭・安全・移民・日常というテーマとも深く結びついているように感じられます。

分断と共存
テロや戦争、気候変動、インフレ、そして分断。
世界的に不安定な状況が続く中で、それでも人々が安心して集える場所を守る意味は、これまで以上に大きくなっているのではないでしょうか。安全保障の重要性ばかりを唱え、その他の予算を大幅に削減するのは本末転倒です。バランスの取れた政策を期待したいところです。
寒空の下で温かい飲み物や食べ物を手に笑い合う人々の姿を見ると、どんな時代でも人は「灯りのある場所」に引き寄せられるのだと感じます。たとえそれがバリケードの内側であっても、そこに集う光と温かさこそが、私たちがこの冬に守りたいものなのかもしれません。
皆さま、どうぞ良いお年をお迎えください。
出典・参照
DW. Faktencheck: Abgesagte Weihnachtsmärkte in Deutschland?
mdr. Weihnachtsmärkte in Sachsen-Anhalt: Halle und andere Städte verschärfen Sicherheitsvorkehrungen
mdr. Mehr Sicherheit: Weihnachtsmarkt Magdeburg soll stattfinden – Details unklar
Wahlrecht.de e. V. Sonntagsfrage Bundestagswahl
希代 真理子(きたい・まりこ)
メディア・コーディネーター
1995年よりドイツ・ベルリン在住。フンボルト大学でロシア語学科を専攻した後、モスクワの医療クリニックでインターン。その後、ベルリンの映像制作会社に就職し、コーディネーターとして主に日本のテレビ番組の制作にかかわる。2014年よりフリーランスとして活動。メディアプロダクションに従事。2020年にAha!Comicsのメンバーとして、ドイツの現地小学校を対象に算数の学習コミックを制作。2023年3月に初の共著書『ベルリンを知るための52章』刊行(明石書店)。
