2025年ドイツ連邦議会選挙について
日本でも大きく報道されたように、欧州における極右政党の伸長が目立つ中、ドイツでも2月23日に連邦議会選挙の投開票が行われました。EU(欧州連合)の主軸ということもあり、その政治体制がヨーロッパ全体に与える影響は計り知れないものがあります。日本と同じ議院内閣制を採用しているドイツですが、第二次世界大戦中のナチスの影響もあり、日本ではあまり馴染みのない制度も採用されています。今回はドイツの連邦議会選挙についてお伝えします。
最大野党の中道右派CDU/CSUが勝利、極右政党AfDが第2党に
欧州における極右政党の伸長が目立つ中、ドイツでも2月23日に連邦議会選挙の投開票が行われました。この連邦議会は、日本の衆議院に相当する議会で議席数は630です。投票率は82.5%と1990年の統一後で最も高い水準になりました。

今回の選挙では最大野党の中道右派である「キリスト教民主・社会同盟」(CDU/CSU)が得票率28.52%で勝利し、極右政党の「ドイツのための選択肢」(AfD)が前回の総選挙と比較すると2倍もの得票率に当たる20.8%を獲得し、第2党という結果になりました。その反面、現与党のショルツ首相が率いる中道左派の「社会民主党」(SPD)が大幅に支持を減らし得票率16.41%で第3党、「緑の党」(Grüne)が第4党(11.61%)、「左派党」(Die Linke)が第5党(8.77%)となっています。
このように全体的に既存政権を形成していた政党が票を減らし、それ以外の党が票を増やすという結果になっています。前政権に失望し、変化を期待する層から票が流れたのでしょうか。
第5党になった左派党は8%という得票率で、ソーシャルメディアを中心とした選挙活動が功を奏したといわれています。中道を避ける傾向が見られる若年層からの支持が特に高かったようです。ソーシャルメディアの活用とその成功は、AfDにも当てはまります。日本でも選挙とソーシャルメディアの関係が話題になっているようですが、ドイツでも若年層の取り込みなどに重要な役割を果たしています。
議席を獲得できなかった政党も
ドイツでは議席を確保するためには、5%を最低限の得票率とする「阻止条項」をクリアするか、地方選挙で少なくとも3人の候補者が当選する必要があります。このルールは議会での小政党の過度な乱立を防ぎ、政治的安定性を保つことを目的としています。ドイツでは第一次世界大戦から第二次大戦の間に、極右および極左政党(特にナチス党や共産党)が台頭したことが政治的安定を損なう原因のひとつとなりました。特に、最初は少数議席のみを獲得したナチス党がその後、世界にどのような影響を及ぼしたかについてはみなさんもご承知のとおりです。
今回の選挙では自由民主党(FDP)は得票率5%のしきい値に及ばず、党首のリントナーは政権から引退する、と表明。2025年度の予算案審議の際に経済および財政政策で対立を深め、ショルツ政権の瓦解にも繋がったため引責する形になりました。SPDのショルツ氏や緑の党のハーベック氏も議席は獲得できたものの、リントナー氏同様に第一線からは退く模様です。左派党から分岐した「ザーラ・ワーゲンクネヒト同盟」(BSW)も、僅差で5%に至らずに終わり、議席獲得となりませんでした。

連立政権のパートナーと対米依存からの脱却
政権入りした政党が5つしかないこと、「AfDとの連立は考えていない」、「連立する相手はできれば1党にとどめたい」というCDU党首のメルツ氏の発言から、過半数を超えるCDU/CSUとSPDの2党による連立政権になる見通しです。また、連立政権協議中は国内政治にばかり目が向いてしまうことから、メルツ氏としては遅くともイースター休日前(今年は4月20日前後)までに政権を樹立させたい考えです。
日本であれば、衆議院議員選挙後に、総理大臣選出から内閣組閣までに要する時間は1週間程度ではないかと思いますが、ドイツでは連邦首相選出・組閣に数週間から数ヶ月かかることも少なくありません。ドイツは歴史的にひとつの政党が単独過半数を獲得することがほとんどないため、第1党も他の政党と連立を組む必要があり、そのための協議に時間を費やすことが多いのです。
開票中のテレビ討論での発言からも伺えるように、メルツ氏はドイツがドイツのためだけでなく、再びヨーロッパに必要とされるドイツとして返り咲くことを早急にめざしているようです。これにはヨーロッパを敵対視するトランプ氏率いる現アメリカ政権の存在があるからでしょう。これまでとは異なり、欧州はアメリカに頼らずウクライナ支援などの外交や国防を行う必要性に迫られています。また、選挙戦中のイーロン・マスク氏の異例の介入については「極端だ」と名指しで批判する場面も見られました。マスク氏は自身が所有するX(旧Twitter)上で極右政党AfDの共同党首ヴァイデル氏と対談したり、同党への支持を促すような投稿を何度も行ったりしてきました。また、ミュンヘンで行われた安全保障会議では、アメリカのヴァンス副大統領が「ヨーロッパの主要政党が極右政党との協力を拒んでいる」と批判したことで、ドイツ国内でも動揺が広がりました。

ドイツ政府の今後の課題
今回の選挙結果を受けて、これまで極右の数が比較的少なく、ヨーロッパでは例外的だったドイツが極右政党のAfDが第2党の国民政党という形になり、他の欧州諸国とほぼ同様になった、といえるでしょう。
ナチス・ドイツの歴史を抱えるドイツでは、戦後からこれまで歴史を直視し、歴史的責任を引き受け長い時間をかけて国の信頼を取り戻してきた、という自負があったはずです。しかし、コロナ禍に加え、2022年の4月24日にロシアがウクライナへの全面侵攻を開始したことでエネルギー価格の高騰や防衛費の増加、ウクライナ難民の受け入れ費用に直面することになりました。
このような状況下で、ドイツは経済成長のないまま、国民の不安や不満を解消することができずにいます。新しい連立政権がこれまでのように、具体的な成果を打ち出すことができなければ4年後の選挙で極右政党であるAfDが第1党になる可能性すらあります。そして、ドイツは日本と異なり、政治的安定性を重視する憲法・各種法制度が存在するので、仮に連邦首相が信任投票で不信任とされても議会解散が容易ではありません。
極右政党の台頭により、ドイツがこれまで以上に困難な課題を突きつけられていることは間違いないでしょう。それでもこれ以上、分断を加速させるのではなく、さらなる連帯が必要とされているように感じます。政治に全ての責任を押し付けるのは簡単なことですが、ドイツに住むひとりひとりがそれぞれにできることを地道に実行に移していくことも、解決策のひとつなのかもしれません。
最後にシュタインマイヤー大統領の第二次世界大戦終戦75周年スピーチからの引用を置いておきます。
新たなナショナリズムの誘惑から、権威主義的な政治の魅力から、各国間の相互不信、分断、敵対から自分たちを解放するのです。憎悪や誹謗・攻撃、外国人敵視や民主主義軽視からの解放を進めるのです。これらはみな、装いを新たにしているだけで、かつてと同じ悪の亡霊です。今日、今年の5月8日、私たちはハーナウの外国人銃撃事件、ハレのシナゴーグ襲撃事件、カッセルの政治家射殺事件の犠牲者を悼みます
出典・参照
BBC News Japan. 独首相が財務相を解任、年明けに信任投票実施へ 早期選挙の可能性も
BBC News Japan. ドイツ総選挙、最大野党の中道右派が勝利 極右AfDは第2党に
Bundesministerium des Innern und für Heimat. Wahl des Deutschen Bundestages
ドイツ連邦共和国大使館総領事館. シュタインマイヤー大統領スピーチ:ナチスからの解放と欧州における第二次世界大戦終戦75周年
希代 真理子(きたい・まりこ)
メディア・コーディネーター
1995年よりドイツ・ベルリン在住。フンボルト大学でロシア語学科を専攻した後、モスクワの医療クリニックでインターン。その後、ベルリンの映像制作会社に就職し、コーディネーターとして主に日本のテレビ番組の制作にかかわる。2014年よりフリーランスとして活動。メディアプロダクションに従事。2020年にAha!Comicsのメンバーとして、ドイツの現地小学校を対象に算数の学習コミックを制作。2023年3月に初の共著書『ベルリンを知るための52章』刊行(明石書店)。