ものづくり大国、日本&ドイツ
日本とドイツは、ともに「ものづくり大国」として知られ、たがいに仲間意識があるものの、技術者(エンジニア)の育成制度という点では大きな違いが見られる。
日本には「高等専門学校(高専)」と呼ばれる技術者育成を専門とする教育機関が存在するものの、大部分の技術者は高専ではなく大学の理工系学部を専攻し、そこで理論を学び、社会に出てから実践を積むのが一般的である。
もちろん、高専に進学し、理論だけでなく実践をふんだんに取り入れ、社会に出るや即戦力として期待されるようなルートもあるにはあるが、高専自体が狭き門という事情も手伝ってか、大多数は大学進学を選択する傾向が強い。
これに対し、ドイツには世界的に高く評価されている卓越した技術者育成制度がある。「デュアルシステム」と呼ばれるものがそれである。デュアルシステムは、文字どおり理論的教育と実践的訓練とを組み合わせた教育システムで、即戦力としてのスキルを身につけた技術者の輩出を効率的に実現している制度として衆目を集めている。
学びながら稼ぐドイツの学生
「デュアルシステム」では、学生は専門学校や技術学校(Hochschule、Berufskollegeなどと呼ばれる。)に籍を置き、数学や物理、専門分野に関わる技術的知識を学びつつ、同時に企業や工場等で働きながら実践的スキルを習得する(Ausbildung)。
つまり、学生は、机上で学んだ知識や理論を現場において即座に応用する機会を得ることで、実践力を養うこともできるというわけだ。
それだけではない。このデュアルシステムで学ぶ学生には給与が支払われるという点も見逃せない。基本的には、企業と学生間の契約となることから、専門分野や地域等によって給与の額にはバラツキがあるが、大まかな指針にしたがって言えば、1年目は800ユーロ(約13万円)、2年目1,000ユーロ(約16万円)、4年目には1,200ユーロ(約20万円)ほどになる。学生の身でありながら、学んでいる分野でキャリアを積み、さらには報酬まで得られるというのだから、学生にとって大きなインセンティブであると言えるだろう。
こうした特徴はまた、学生のみならず、学び直しを志す社会人をも魅了している。
報酬が得られることで最低限の生活が保障されるのだから、社会人にとっても学び直しを目指しやすい。高い学費を払って専門学校に通ったとしても、必ずしも先のキャリアが保障されているとは言えない日本との違いがここに見られる。
日本もドイツも「ものづくり大国」を標榜する以上、高度な技術者を育成する仕組みや制度が重要であることは論を待たない。学ぶ者がモチベーションを維持しつつ技術と知識を身につけることのできるデュアルシステムは、日本がいま大いに参考にすべき制度だと言えるのではないだろうか。
また、デュアルシステムは今日、技術者だけでなく看護士や介護士、助産師などの育成においても広く取り入れられるようになっている。
数年前に教育制度改革が実施され、看護士と介護士の育成制度が一本化された。いまでは看護士になりたい人も介護士になりたい人も公認の看護・介護学校に通い、通常は3年間、座学と医療機関での実践を学ぶこととなっている。1年目から平均して1,200ユーロ(約20万円)の給与が支給され、キャリアを積むごとにその額は増えていく。3年間の教育を終え、国家試験に合格した後は、2,500ユーロから3,200ユーロ(約40万円~52万円)が得られる。
専門職で働く者からすると、学びながら給与がもらえ、就職率が高く、就職後のさらなる学びによってまた昇給が期待できるというデュアルシステムは、結果として離職率の低下、労働市場の活性化をもたらすことに大きく貢献している。
「デュアルシステム」が行き渡るドイツ
「デュアルシステム」はいまや、国家資格を目指す技術者や看護士たちのみならず、大学の学生たちの間にも広まりつつある。
スポーツマネージメント学ぶドイツ人学生にインタビューしたところ、彼は学位を取得するために大学で学んでいるのだが、学生であると同時にサッカーチームのコーチも兼ね、座学と実践を並行して進めているとのことだった。彼が通う大学では、スポーツジムで働いたり、スポーツクラブのコーチを務めることで単位まで取得できるという。
スポーツトレーナーの資格取得に要する費用はスポーツクラブが負担してくれる場合が多く、卒業と同時にコーチとしてのキャリアと資格、座学による知識まで身につけたうえで社会に出ていく。周囲のコーチ仲間や学友のほぼ全員が、当然のようにデュアルシステムを取り入れていると彼は語った。
ドイツでは、学生のインターン制度が充実していることとも相まって、技術者だけでなく、マーケティングや経営学を学ぶ学生たちまでもが学業に近しいアルバイトやインターンに勤しみ、卒業後は即戦力として採用されることが期待されているようである。
「デュアルシステム」が抱える課題
以上のように、ドイツの「デュアルシステム」には学ぶところが多いが、課題もある。
日本やアメリカなどでは、大学を卒業した者が相対的に多いことから、国際的に認知されている高等教育機関である大学・大学院を修了したわけではないドイツの技術者がどう評価すべきされるべきかというのである。
高度な技術、キャリアを有するドイツの技術者が、日米の修士課程修了者と同等、あるいはそれ以上のスキル、実力を有していたとしても、現実にはそのように評価されないケースが見られ、とりわけ、国際化が進む企業において評価が低く見做される傾向にある。
一方、こうした課題を解決するための取り組みも進められている。EQF(European Qualifications Framework)と呼ばれる欧州資格基準の策定はその一例で、ドイツの技術者資格が他の欧州諸国において認知されるための基準となっている。
また、ドイツ政府や商工会議所も国際展開を視野にドイツの技術者資格の認知向上に積極的に動いている。技術者資格の国際的な相互認証を目指す国際技術者連盟(IEA: International Engineering Alliance)は、「ワシントン・アコード」などの協定を通じ、工学系の学位や資格の国際的相互認証を促進している。
デュアルシステムは、紛れもなくドイツの経済力を下支えする人材育成システムの一つとして位置づけることができる。日本の「失われた30年」を直視し、取り戻すためには、今こそ日本の人材育成システムを見直し、再構築することが必要なのではないだろうか。
吉澤 寿子(よしざわ・ひさこ)
CEO, Researching Plus GmbH
株式会社ジェイシーズ マーケティングコンサルタント(ドイツ)
早稲田大学人間総合研究センター招聘研究員。 2007年渡独。デュッセルドルフ大学現代日本研究所博士課程に在籍し、研究を重ねるかたわらResearching Plus GmbHを設立。日本企業のドイツ進出、市場調査、視察・研修等に携わっている。お茶の水女子大学人間文化研究科修士課程修了。
Researching Plus GmbH: https://researchingplus.com
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