日本企業はEV化の波にのれるか ~テスラによるパラダイムシフトの企て~

写真の出典: www.popularmechanics.com

はじめに

2024年1月、ドイツ・ニュルンベルグで開催された「EUROGUSS」(自動車生産に関わる金型の見本市:https://www.euroguss.de/)に足を運んだ。
そこで目にしたのは、EVメーカー「テスラ(Tesla, Inc.)」の意向により、業界を取り巻くこれまでの常識がいとも簡単に覆されていくパラダイムシフトの瞬間だった。
そこで今回は、筆者が垣間見たSF的な構造シフトから日本のものづくりのあり方について記したい。

テスラによるSF的企て

テスラは従来にも益して、部品点数をできるかぎり少なくし、コストを抑えたEVの生産に乗り出している。
その一つが鋳物の中でもダイカスティング(Diecasting)と呼ばれる技術分野に見られる。テスラが採用しているのは、大型プレス機を用い、自動車のフレームを一体成形するという製造プロセスで、この技術は数多くの部品を溶接やボルトで接合し、組み上げるといった従来のやり方とはまったく異質のものである。

大型のアルミニウム鋳造プレス機を使用し、一体成型を行う技術のことを一般にギガキャストと呼ぶが、そこでは部品点数が大幅に削減され、組立工程も簡略化される。結果として、製造コストの削減と生産性向上が図られる。テスラが目指すのは、実に370個もの部品からなる組立を2、3個の大型ダイカスト部品に置き換え、電池パックの上部カバーと車両中床をダイキャストで一体化することにより、車両重量10%の軽量化と、航続距離14%の延長を実現するというものである。
https://www.foundry-planet.com/d/china-automotive-integrated-die-casting-industry-research-report-2022/

これは従来型の自動車製造工程を根底から覆す斬新な挑戦であり、究極的にはベルトコンベアすら不要になるという。常識ではなかったはずの挑戦に、良くも悪くも破天荒なイーロン・マスク氏率いるテスラが本格的に乗り出したことから、金型業界もあたふたしながら、どうにか追随を始めた。テスラはサプライヤーと協力し、新たな装置、金型、素材、そして新しいプロセスの具現化を推し進めており、産業構造に激震が走っている。

この一体型ダイカストには6,000トン以上ものダイカスト機械が必要とされるが、これを生産できるのはIDRA、Bühler Group(スイス)、そして、LK Technology、Haitian Die Casting、Guangdong Yizumiといった中国企業に限られている。残念ながら、そこに日本企業の名前は1つもない。

ギガキャスティングのプレス機械
出典: https://materialdesign.jp/article042.php

中国企業の台頭

テスラのモデルYが初めて統合ダイカストプロセスを採用して以来、統合ダイカストの新しい波が世界中に広がっており、いまや上流のダイカスト機械メーカー、材料メーカー、金型メーカー、中流のダイカスト企業、下流の自動車メーカーとの間で産業チェーンレイアウトが形成されつつある。

こうした枠組みの中に巧みに入りこみ、ギガキャストの巨大プレス機械の製造・販売まで担っているのが中国勢だ。対して、とかく耳慣れない先進技術に躊躇しがちな日本企業の性格がここでも露呈し、両者の差は歴然としている。

もっとも、この技術はテスラが打ち出したばかりのもので将来、スタンダード化するかどうかは未知数と言える。
ただ、そのような流動的な状況下にあってさえも、中国企業は巨額の投資を行い、ギガカストのアルミ金型製造機の開発を推し進めている。そして、これらの製造機械を導入し、すでに生産を始めている企業がドイツ、北米に実在するということから目を背けることはできない。

テスラ『モデルY』のギガ・キャストに使われる合金
出典:https://blog.evsmart.net/tesla/die-cast-aluminum-alloys-for-structural-components/

日本が直視すべきこと

先にも述べたが、北米・欧州の各社は一体型成型のアルミ金型製造機を中国企業から導入し、生産を始めているという現実がある。
中国の製品は10年ほど前まで、品質が悪く、アフターサービスもまともにないとして久しく敬遠されてきた。しかし今や、そうした過去の悪評は影を潜め、大多数の欧米企業の信頼を獲得、確立することに成功している。今日、欧米人が中国製品、韓国製品に寄せる信頼は、われわれ日本人の想像を遥かに超えていると認識しなければならない。

中国企業はイタリアや東欧諸国に製造拠点を置いている。つまり、欧州向け製品を欧州で生産しているのである。
例えば、ギガキャストのプレス機械を開発・製造しているHAITIANは、ダイカストマシンの部品をイタリアで組み上げ、イタリアのCO. MA. Press Sistemi per Pressofusioneと協力し、すでに試験運転を開始している。

シームレスな欧州市場への参入

欧州で生活していると、B2Cの製品でも中国や韓国のメーカーが巧妙に人々の日常に溶け込みながら、シームレスに存在感を高めている例に事欠かない。
数十年もかけてコツコツと信頼を築いてきた日本企業がまるで念仏でも唱えるかのように「Made in Japan」を全面に押し出すのとはまったく異なるマーケティング戦略の採用が功を奏していると言えよう。

日本の企業や自治体等が「Made in Japan」を強調することを否定するつもりはない。だが、もはやそれだけでは不充分で、必ずしも人々の購買動機に繋がらないことを知るべきだろう。「Made in Japan」が高品質で、信頼できるということは今や誰もが認識しているのだから、そこばかり強調されてもうんざりという人々は少なくないのである。
それほど期待もせずに購入した中国や韓国の製品が「思っていたよりも質が良い。この価格でこの品質なら満足だ」といった評価を得て、着実にリピーター層を増やしている。

彼らはどのようにして欧州市場にシームレスに参入しているのだろうか。
端的に言えば、「新しいブランドだけれども、欧州のブランドだろうか?」といった雰囲気を匂わせ、「Made in ○○」を強調しない。これが彼らのマーケティング戦略の基本である。
かつて、米国の人々がSONYのことを米国企業だと勘違いしていたのと同じで、SamsungやL&Gを欧州のブランドだと思い込んでいる欧米人は存外多い。

話を元に戻すが、ギガキャスト金型プレス機を製造している中国企業HAITIAN(海天)は、「EUROGUSS 2024」において新たなダイカストマシンを発表した。同社は2025年、セルビアに新工場を建設する計画で、すでにフォルクスワーゲン、ボルボと商談を重ねていることからも、両社がHAITIANの顧客となる公算が高いと見られている。HAITIANは欧州向けにダイカストマシン約25台の生産を目標に掲げ、魅力的な価格と短納期(標準マシン1.5か月、大型2か月)を強みに、潜在顧客の獲得に余念がない。

このような自動車産業のEV化の潮流にあって、日本メーカーとして唯一、ギガキャスティングを検討、動き出しているトヨタ自動車に筆者は大きな期待を寄せている。
無論、大手自動車メーカーの背後にある中小企業は、生き残りをかけた方向転換を余儀なくされることは間違いない。

執筆者 吉澤 寿子(よしざわ・ひさこ)

CEO, Researching Plus GmbH
株式会社ジェイシーズ マーケティングコンサルタント(ドイツ)

早稲田大学人間総合研究センター招聘研究員。
2007年渡独。デュッセルドルフ大学現代日本研究所博士課程に在籍し、研究を重ねるかたわらResearching Plus GmbHを設立。日本企業のドイツ進出、市場調査、視察・研修等に携わっている。お茶の水女子大学人間文化研究科修士課程修了。

Researching Plus GmbH: https://researchingplus.com
連絡先:h-yoshizawa@j-seeds.jp

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