日本人がベルリンでヘアドネーション

今回は少々個人的な話になる。

2020年の最初のロックダウンを迎えた時、ドイツでは一時、理容院・美容院も営業停止になった。まだコロナウイルスに対する知識も情報も今ほどにはなく、ワクチンも開発されていなかった頃の話だ。とにかく、人的な接触を極限にまで減らし家に篭ること、これ以外に対策らしい対策はなかった。

当時の私の髪型はショートボブというもので、耳の下のラインでぎりぎり揃うぐらいの長さだった。後ろは若干刈り上げ気味だったかもしれない。短いヘアスタイルをかれこれ10年以上も続けていて、3ヶ月に一度はベルリンの日本人が経営する美容院で施術を受けていた。それが、しばらくできなくなってしまった。その後、ロックダウンも終わり美容院も再び開業したが、マスクと消毒、換気などの徹底もしながらの施術と聞いて、なんとなく訪問する機会を逸していた。

仕事は3月頭から何も入っていない。日本からドイツへの渡航者が途絶え、通訳やアテンド業務は当然ながらゼロになった。いつこのような状態から脱却できるのか、全く目処も立たない。ドイツ政府が緊急対策としてすぐに補助金を導入してくれたのは心強かった。仕事がなくなったのは誰のせいでもないし、同じ境遇にあるのは私だけじゃない。そう思ってはみても、自分でメンタルをコントロールしていかなければ、不安に飲まれそうになる瞬間もある。そこで毎日、1万歩を歩くことを自分に課し、普段できないことをやってみようと考えた。どうせなら良いことを。

その中でふと、ヘアドネーションをやってみようと思い立ったのだ。この髪の毛を寄付できる頃にはきっとこの災禍も過ぎているだろうと願をかける意味もあった。ずっとショートヘアだった私にとって、長い髪にするということは一種、人生の記念に残ることでもある。そして考えてみればこの歳だ。髪質も年々細く、コシもなくなってきている。近い将来、白髪染めも必要になるだろう。そう考えると、もうこれが寄付できる最後のチャンスとすら思えてきた。

調べてみると、ベルリン市内には1ヶ所だけ、ヘアドネーションができる美容院があった。私もお世話になった「Friseur Jens Link」さんだ。あとはブランデンブルク州にも数カ所。最低でも結んだ長さで25cm必要なんだそうだ。Jens Linkさんのホームページには40cm以上とある。そこまでいけるかどうか分からないが、とにかく髪を「切り損ねた」のではなく、意志を持って「伸ばす」ことにしたのだ。

髪の毛はがんの化学療法で髪の毛を失った子供のかつらを作るために使われる。美容院のホームページに載っている頭にバンダナを巻いた女の子の写真をみていたら、もう俄然やる気が出てきた。そして髪の毛の扱いも変わってきた。なにせこの髪は私のものであって、すでに私のものではない。いつの日にか、どなたかに差し上げるためのものなのだ。お恥ずかしながら、それまではトリートメント剤はおろかリンスすら使わず、生乾きのままで寝てしまうようなひどい扱いだったが、寄付することを決めてからは、シャンプー前に丁寧にブラッシングしたり、髪がトロトロになるリンスを使ってみたり、育毛剤を導入してみたりした。髪の毛は1ヶ月に大体1cm伸びるらしい。だけど寿命もあるので数年すると抜けてしまう。なるべく髪の寿命を延ばし、切れ毛なく髪の毛を育て上げてなければならないのだ。

そして丸2年。とうとうその日はやってきた。結んだ状態で30cmある。もう少し頑張りたかったが、季節の変わり目なのか、どうにも抜け毛が増えていた。これが自分の毛髪力の限界か。2022年2月18日にカットの予約をした。

カットは一瞬だった。その後、髪の毛は数週間ぐらいでかつらに仕立てられ、誰かの手元に届くのだという。1人のかつらを仕立てるのには数十人分の髪が必要なのだという。髪の毛はやはり長ければ長いほどいいらしい。かつらを必要とするのは女の子が多く(男の子はかつらをつけないのか?)、女の子はやはり長い髪のかつらを所望するらしい。私の髪の毛はここドイツではちょっと異色だろうから、どんな方のお役に立てるのだろう。
Jens Linkさんは二ヶ所のヘアドネーションの協会とタイアップしている。一つはドイツ国内にあり25cm程度の長さでも引き取ってくれる。もう一つはオーストリアにある協会でここは40cm以上の長い髪の毛を取り扱っている。
最後に美容師さんが、同じ週にヘアドネーションで持ち込まれたという髪を見せてくれた。

ヘアドネーション

私のは左から3番目で濃い茶色をしている。日本人は漆黒の髪色と言われるけれど、本当にそうだろうか。実は若干茶色がかっている人も多いのではないだろうか。こうしてみると、人間という種の多様性を思わざるを得ない。繊細な金髪に、艶のあるブルネット、編み込まれたな堂々たる赤毛まで多種多様だ。私もお仲間に加えてもらえて嬉しい。それぞれの人たちが同じ思いを持って、少なくとも2年は髪を伸ばしたのだ。店主はヘアドネーションということで、お代を半額にしてくれた。髪の毛を協会に中継するという貴重な役割を担ってくれているのに、さらにサービスしてくれるとは全く頭が下がる。

コロナ禍が終わることを祈って髪を伸ばし始めたが、やはり2年経っても終息はしなかった。それどころか、そのわずか数日後にロシアのウクライナへの侵攻が始まった。いろいろな髪色、誰かを思って伸ばされた髪の毛のことを思い出したら、悲しくなった。
その後、私の中では体を使ったドネーションが一種のブームになっている。献血もいいなとか、臓器提供はどうだろうとか…。私の場合は他人のためというより、どうも自分の「やってみたい」という気持ちが先立つようなのだが、動機はどうであれ、最終的には誰かの役に立つので良いと思っている。

ヘアドネーションできるお店(ベルリン)
Friseur Jens Link
Jens Link
Giesebrechtstr. 2
10629 Berlin
Telefon: +49 30 31801665
E-Mail: hairfashion@jens-link.com
https://www.jens-link.com
情報掲載についてはお店の許可を得ています。

執筆者 三宅 洋子(みやけ・ようこ)

CEO, Miyake Research & Communication GmbH

留学生として渡独し、学業のかたわらドイツ語通訳者としてのキャリアをスタートする。
2008年頃より日本の官公庁、企業向けに海外調査を開始。主にドイツの政策制度、イノベーションに関わる調査を担当。2015年、Miyake Research & Communication GmbHをベルリンに設立。ハノーヴァー大学哲学部ドイツ語学科博士課程修了(Dr. Phil.)。

Miyake Research & Communication GmbH:https://miyakerc.de
連絡先:y-miyake@j-seeds.jp

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