ビッグマックセットが1,260円!ドイツインフレの現状

ここのところなんでも高くなっていてびっくりする。先日は出張の移動中にパクついたファーストフードの値段に驚いた。ハンバーガー単品で頼んだだけなのに6.59ユーロもした。いや、確かにちょっとデラックスな種類(Big Tasty Baconというらしい)を選んでしまったことは認める。しかし、それにしたってハンバーガー一つに900円とは何事だ。各国の物価指標によく使われるビッグマックはセット価格で9.29ユーロ(1,260円)もする。これはもう日々のランチに利用できないレベルではないか。

2022年7月インフレ率: 前年同月比 +7.5 %、前月比 +0.9 %

連邦統計局の発表によると、ドイツのインフレ率(消費者物価指数(CPI)の前年比として測定)は、2022年7月に+7.5%となった。2022年6月のインフレ率は+7.6%、5月は+7.9%とわずかな減少が見られるものの依然として7%を大きく上回る高水準で推移している。2022年6月に対しての物価上昇率は0.9%であった。

高インフレの主因はエネルギー製品の価格上昇だ。2022年7月のエネルギー製品価格は、2022年6月の+38.0%に続き、前年同月比+35.5%と高止まりしたままである。その中でも天然ガスのインフレ率は2021年7月から2022年7月までの間に75.1%上昇し、灯油も+102.6%と2倍以上に上がっている。残念ながら、エネルギーは今のところ、ぶっちぎりでドイツのインフレを牽引している。

もちろん政府も単に手をこまねいていたわけではない。2022年6月から8月まで、エネルギー価格上昇に対する国民救済策として「9ユーロチケット」とエネルギー税の減税が導入されている。さらに2022年7月には「EEG賦課金」も廃止されている。これらの措置がインフレをやや抑制する効果をもたらした(エネルギー分野: 38.0%→35.5%、全体: 7.6%→7.5%)。

「9ユーロチケット」とはドイツ政府が2022年6月から8月までの3ヶ月間限定で導入した公共交通機関の利用に関する施策で、車移動を制限する目的と、家計負担を軽減する目的がある。特急以外のドイツ鉄道、全国の公共交通(近郊列車、地下鉄、バス、路面電車)が1ヶ月9ユーロ(約1,220円)で乗り放題となる。例えば、ベルリン市内のみで利用できる1ヶ月定期券は44.50ユーロ(約6,000円)である。これを見ても、どのくらい大盤振る舞いかが分かるだろう。インフレ率で見てみると、鉄道の乗車券(43.9%減)、鉄道とバスを合わせた乗車券(63.0%減)となっている。特急列車以外で、通常のチケットを購入する人がほぼいないわけだから、当然の結果だろう。

エネルギー税の減税もこの8月末まで行われた。具体的には各種燃料がリッターあたりで以下のように減額されている。

ガソリン: 29.55セント/リッター
ディーゼル: 14.04セント/リッター
天然ガス(CNG/LNG): 6.16セント減/キログラム
液化石油ガス(LPG): 12.66セント減/リッター

ちなみに7月31日の給油所でのガソリン代は1.806ユーロ/リッターであり、ディーゼルが1.942ユーロ/リッターである。もちろん税優遇が入っての値段である。136円換算(7月31日付レート)ならガソリンが約244円/リッターとなる。資源エネルギー庁の調べによると、日本の給油所における8月8日付のレギュラーガソリン価格が170.1円/リッターとのことなので、ドイツのガソリン価格がどのくらい高いかがお分かりいただけると思う。

「EEG賦課金」とは、再生可能エネルギー法に基づいて電気料金から徴収されているもので、風力や太陽光発電の導入を推進するために全消費者が2000年から負担してきたものである。2022年はキロワットアワー当たり3.72セントと定められており、これは一般的な電気料金の約10%に相当する。ちなみにドイツの電気料金はこのEEG賦課金をはじめとする税金が電気料金の4割を占めているという構成で、欧州のどの国よりも電気代が高い。当初の計画では、2023年に撤廃される予定であったが、ウクライナ危機に端を発するエネルギー価格の高騰により前倒しして実施された。

これだけの施策を持ってしても、全体のインフレ率を目に見えて下げる効果にはつながっていない。秋からは暖房の時期に入るため、再び物価上昇は確実と見られている。

食料品価格がこの1年で14.8%上昇

そして、エネルギー製品価格の影響を最も強く受けているのが、農作物、つまり食料品である。

2022年7月の食料品価格は前年同月比で14.8%の上昇であった。これで5ヶ月連続の価格上昇を記録した。すべての食品群で値上げが確認されているが、特に大幅に値上がりしたものとして、食用油脂(前年比44.2%増)、乳製品・卵(24.2%増)などがある。その他の食品群も、肉・肉製品(+18.3%)など、2桁の価格上昇を記録している。そして今後もこの傾向はしばらく続きそうだ。多くの農場では、ディーゼル燃料、電気、ガス、飼料、肥料などのコストが高騰しており、エネルギー危機の影響をもろに受けているためだ。

ドイツの主食はご存知の通りパン。小麦粉を中心にさまざまな穀物が欠かせない。直近でウクライナから穀物を輸出するオデッサ港がロシア軍によって封鎖され、穀物輸送がしばらく途絶えていた。さぞかしドイツもその影響を受けたことだろうと思われるかもしれない。実際にパンやパスタの値段も上がったので、筆者自身もきっとこの封鎖が直接の原因なのだろうと思っていた。

しかし、輸出港の封鎖→輸出作業の停止→穀物がドイツに入ってこない→供給不足で価格上昇という構図ではないらしい。確かにウクライナやロシアは重要な小麦生産国だが、ドイツはフランスに次ぐEU第2の穀物生産国であり、パン用穀物は全て国産、つまり完全な自給自足ができているのだ。 価格上昇は別の要因による。つまり、ドイツの穀物価格が世界市場の状況を反映しているためである。

これまでウクライナやロシアから小麦を大量に輸入していた国々は、別ルートで需要を満たす必要がある。さらに中国は現在、世界の小麦の在庫の約半分を国内にため込んでいる。そして、世界最大の小麦生産国の一つであるインドは5月にこの穀物の輸出を停止した。これは自国のニーズを優先した結果で、インドは数週間にわたり大規模な熱波に見舞われ、収穫量が低下している。これら全てが穀物市場の価格上昇につながっているのだ。

オデッサなどウクライナの黒海港の一部でロシアによる穀物輸出の封鎖が解除されたため、小麦価格は一旦下落した。しかし今年の夏は欧州だけでなく、米国やカナダも熱波に見舞われており、今後、これらの気象状況が穀物の生産量を左右し、この傾向を維持できない可能性もある。

小麦粉とは反対に、ドイツは食用油を海外からの輸入に頼っている。他のEU諸国、東欧、カナダ、米国などからの供給も多い。既に昨年からカナダや南米での旱魃が、世界の食用油市場に影響を及ぼしていたが、さらにウクライナ危機がこれに追い討ちをかけることになった。特にひまわり油についてはロシアとウクライナが世界消費量の4分の3を生産しており、ボトルネックが顕著である。

エネルギーと食料品の価格が全体のインフレ率にどの程度影響を与えているかは、エネルギーと食料を除いたインフレ率で見ることができる。この二つの分野を除いたインフレ率は3.2%であり、全体のインフレ率7.5%の半分にも満たない。

終わりに

冒頭に述べたファーストフードの値上がりは至極真っ当なものであることが分かった。バンズの小麦粉は需要供給バランスが崩れているし、パテの牛肉やチーズには膨大な飼料が必要だ。ポテトは大量の植物油脂がなければ揚がらない。そしてこれらの提供には高い電気代、ガス代がかかっている。

この秋以降、ドイツへの出張をお考えの日本人ビジネスマンにはこうした現地の状況も踏まえ渡航を検討された方が良さそうだ。折しも円安の影響でインフレ上昇以上の価格上昇感を覚悟しなければならない。会社には出張旅費増額の直談判も必要かもしれない。交渉材料に「ドイツではビッグマックのセットが1,260円です」と言ってみてほしい。そしてご帰国後は日本のワンコインランチのありがたみもひとしお、ということになるだろう。

執筆者 三宅 洋子(みやけ・ようこ)

CEO, Miyake Research & Communication GmbH

留学生として渡独し、学業のかたわらドイツ語通訳者としてのキャリアをスタートする。
2008年頃より日本の官公庁、企業向けに海外調査を開始。主にドイツの政策制度、イノベーションに関わる調査を担当。2015年、Miyake Research & Communication GmbHをベルリンに設立。ハノーヴァー大学哲学部ドイツ語学科博士課程修了(Dr. Phil.)。

Miyake Research & Communication GmbH:https://miyakerc.de
連絡先:y-miyake@j-seeds.jp

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