ドイツのロシアガス危機まとめ
このコラムの内容は2022年8月7日時点の主にドイツ大手紙による情報に基づくものです。
ロシアからのガス供給が著しく制限されている。ロシアからの天然ガスをドイツに輸送する「ノルドストリーム1」のガス供給量は容量の20%にとどまっている。ロシア国営のガス事業者ガスプロムはこの原因を修理中のタービンが1台欠けているためと説明した。独シーメンス製のガスタービンはカナダの同社工場で修理された後、ドイツに持ち込まれたが、ガスプロムはこれを事前の了承なく行われた行為で「経済制裁」の一環と主張している。この経済制裁のために西側にガス供給ができないのだと言う。
対するドイツ政府はこれを供給制限のための口実と考え、政治的な理由と見ている。首相オラフ・ショルツは「タービンは準備できており、いつでも返却可能だ」と述べている。ネットワーク庁のクラウス・ミュラー氏は、ガスは今やロシアの戦争戦略の一部になっていると、ラジオ局ドイチュラント・フンクの取材に対して述べた。また、今後数週間のうちに供給量が40%程度にまで回復する見込みはないと付け加えた。
様々なエネルギーの活用
ロシアのウクライナ侵攻時にドイツの天然ガス使用量の半分以上を占めたロシア産ガスの割合は、現在35%程度に下がっている。しかしながら、ドイツが完全にロシアガスから脱却できるのは2024年頃と見られている。ドイツの約60%の世帯はガス暖房だ。本格的なガス消費の時期である冬を前に、政府はあらゆるエネルギー確保の可能性を検討している。
まず政府が着手したのはLNG(液化天然ガス)の活用である。これまで天然ガスは道管を通ってくるものと信じて疑わなかったドイツには、今のところタンカーからLNGを陸揚げできるターミナルがない。そこで、まずは大規模な建設のいらない浮体式のLNGターミナル(Floating Storage and Regasification Units: FSRU)を確保し、現在、受け入れを可能とする港湾部の開発を急ピッチで進めている。すでに建設認可を国内最大のガス事業者ユニパー(Uniper)に出しており、早ければ2023年から、約200億立方メートルのLNGを輸入することが可能になる。LNG供給には米国が全面協力を申し出ている。通常、認可だけでも数年を要する建設がここまで早く進められるのは、ドイツでも異例中の異例だ。
ウクライナ侵攻直後には、原子力発電所の稼働延長も議論に上ったが、この可能性は早々に排除された。計画ではドイツの原子力発電所は今年末までに完全に系統から外れることになっている。福島原子力発電所の事故からわずか3ヶ月で原子力撤退の決定を下された事業者側の反応があまりにも冷たかったこともあるが、ベルリン工科大が行ったコスト試算でも、新たな認可、人員確保、安全インフラの再構築が数年程度の稼働ではペイしないと分かったためだ。
では石炭・褐炭発電はどうか。こちらは遅くとも2038年までのフェーズアウトが決まっている。現政権はこの完了を8年前倒しして、2030年とする見直し案に合意している。事業者はここ数年、石炭火力にさっさと見切りをつけ、償却を終わっていない発電所ですら閉鎖する事態が相次いでいた。原子力とは対照的に、これらの電源は大いに再活用する可能性がある。「安全リザーブ」と呼ばれ、本来なら2023年には解体に入る予定の褐炭発電所もスタンバイを続ける可能性が出てきた。気候中立の政策には逆行しているが、まずはエネルギーの安定供給が先決だ。
微妙な立場にあるのが、フラッキングによるガスの採掘だ。現在、ドイツは自然保護の観点からフラッキングを認めていない。しかし、独大手エネルギー会社のE.ONはガスを自国で生産すること、つまりフラッキングの許可を政府に訴えている。 今のエネルギー危機の状況に鑑み、状況を改善するためのあらゆる解決策をタブーなく検討する必要があると同社のビルンバウム社長は主張する。論争の的になっているのは採掘の方法で、E.ONなど推進派は、ドイツで開発するガス田は一般的に深いところにあり、アメリカのフラッキングと同義ではないと主張する。
政府与党内でも、リベラル派のFDP党はフラッキングによる天然ガス採掘禁止を撤廃するよう求めている。アメリカからフラッキングガス(ドイツがアメリカから輸入しようとしているLNGはフラッキングされたもの)を輸入しようとしているドイツが、国内のフラッキングに反対する資格はないというのが彼らの論だ。反対に緑の党のハーベック連邦経済相はこの提案を退け、再エネの拡大などに集中すべきだと主張している。
Uniper社とガス賦課金
話は変わるが、日本のエネルギー料金は月極で、実際の使用量に基づいて精算されている。ドイツでは精算は年に一度しか行わない。消費者は前年の使用量をベースに決められた月割の料金を払い込んでいき、年末に実際の使用量との差額を清算してプラスマイナスゼロとする。
なぜこのような説明をしたかというと、この清算システムがドイツのガス事業者を窮地に陥れているからである。ドイツガス最大手のユニパーは2022年7月、ドイツ政府に救済策を求める申請をおこなった。冒頭で述べたように、ガスプロムからのガス供給が著しく制限されているため、ガスプロムとの長期契約によるガス調達ができていない。このため、ガス市場でのスポット買いに奔走しなければならず、追加コストが急激に膨らんでいる。
欧州エネルギー取引所(EEX)のスポット市場のガス価格は、この1年で419.2%も上昇している。この追加コストをすぐに消費者から徴収できないため、現金がショートしてしまったのだ。仮にロシアのガス供給が完全に途絶えた場合、今後数カ月でユニパーの損失は100億ユーロにまで膨らむ可能性がある。 先述のLNG事業でもキーとなる企業に、ここで倒れられてはドイツ政府も困る。
そこで政府は7月22日、救済策として、政府が同社株の30%を取得し、77億ユーロを出資することを決定した。同時にドイツ復興金融公庫(KfW)はユニパーに対する与信枠を20億ユーロから90億ユーロに拡大した。 さらに政府はガス事業者のコスト増を全消費者に負担させるべく賦課金の導入も決定した。10月1日から、ガス輸入業者は調達コスト上昇分の90%までを賦課金として消費者に転嫁できる。これは1キロワット時あたり1.5から5セントになり、4人家族世帯で年間数百ユーロのガス代上昇になるとみられている。
9ユーロチケットと夏休みと…
ドイツでは2022年6月から8月までの3ヶ月間、国内のすべての自治体が運営する公共交通と特急以外のドイツ鉄道が月額9ユーロで利用できる「9ユーロチケット」が発行されている。
これは車での移動をなるべく避け、省エネを推進する意味で導入された施策だ。9ユーロは現在のレートで約1,230円。例えば、ミュンヘン空港からミュンヘン中央駅に電車を使って移動した場合13.70ユーロかかる。この一区間よりも安く1ヶ月間、全国どこにでも行けてしまうのだから大盤振る舞いだ。ちょうど夏休み期間とも重なったため、9ユーロチケットでバケーション先に乗り込もうとする家族などで列車はごったがえすことになった。今年のガス代が最終的にいくらになるのか?そもそもガスは足りるのか?戦々恐々としつつも、考えても始まらない。今はまだ夏だ。不安をかき消すがごとくドイツは短い夏に興じている。
三宅 洋子(みやけ・ようこ)
CEO, Miyake Research & Communication GmbH
留学生として渡独し、学業のかたわらドイツ語通訳者としてのキャリアをスタートする。
2008年頃より日本の官公庁、企業向けに海外調査を開始。主にドイツの政策制度、イノベーションに関わる調査を担当。2015年、Miyake Research & Communication GmbHをベルリンに設立。ハノーヴァー大学哲学部ドイツ語学科博士課程修了(Dr. Phil.)。
Miyake Research & Communication GmbH:https://miyakerc.de
連絡先:y-miyake@j-seeds.jp