多くのアメリカ人が恐れる「驚きの医療請求書」とは?

「驚きの医療請求書」をご存知でしょうか?驚きの医療請求書(Surprise Medical Bills)とは、医療機関から患者へ送られてくる想像以上の高額の医療請求書のことです。近年のアメリカでは、この驚きの医療請求書が大きな社会問題になりつつあります。本記事では、この問題について取り上げます。

心臓発作の治療で108,951ドル31セントの請求書

テキサス州オースティンに住むドリュー・カルバーさんは、ある日自宅のリビングルームで過ごしていた時に、突然鋭い胸の痛みに襲われました。心臓発作を確信したカルバーさんは、苦しみながら隣の住人に助けを求めました。驚いた住人は車を出し、カルバーさんを乗せてオースティン市内の聖デイビッド医療センターへ運び込みました。センターでは緊急医療チームが治療にあたり、カルバーさんは何とか命をとりとめました。

退院して数週間後、カルバーさんは聖デイビッド医療センターから一通の請求書を受け取りました。カルバーさんは民間医療保険に加入していて、医療費は保険会社が支払うものと思っていました。ところが、予想外の請求書を開けてみると、驚くべきことにそこには108,951ドル31セント(約1,198万円)の請求金額が刻まれていたのです。

医療保険のネットワーク外での治療は保険対象にならない

では、カルバーさんは民間医療保険に加入していたにも関わらず、なぜ高額の驚きの医療請求書を受け取ったのでしょうか。その最大の理由は、聖デイビッド医療センターは、カルバーさんが加入していた医療保険のネットワーク外の医療機関だからです。

前に「アメリカの医療制度について 」という記事を書きましたが、その中で、アメリカの民間医療保険は、主にHMO、PPO、EPOに分類されると説明しました。いずれも医療機関をネットワークしていますが、HMO(Health Maintenance Organization)の場合、ネットワーク外の医療機関で受診しても保険金が支払われません。また、EPO(Exclusive Provider Organization)でも、ネットワーク外での受診に対し保険金が支払われません。

アメリカでは、医療保険に加入している人の41.9%がHMOに加入しているとされており、そうした人たちがネットワーク外の医療機関で受診し、「驚きの医療請求書」を受け取るケースが増えているのです。

ネットワーク内の医療機関でも「驚きの医療請求書」が

一方、ネットワーク内の医療機関を受診したにも関わらず、「驚きの医療請求書」を受け取るケースも増加しています。テキサス州に住む別の男性は、自分が加入している医療保険のネットワーク内の医療機関で緊急手術を受けました。ところが、数週間後に手術を担当した執刀医から7,924ドル(約87万1640円)の請求書が送られてきたのです。

驚いた男性が保険会社に問い合わせたところ、手術を担当した執刀医はネットワーク外の医師で、保険の対象にならないと冷たく回答されたそうです。手術を行った医師にしても、手術代を保険会社からもらうことが出来ず、やむなく男性本人に請求せざるを得なかったのです。

ER(救急医療)の現場で生じやすい「驚きの医療請求書」

ミズーリ大学准教授のクリストファー・ガーモン氏によると、「驚きの医療請求書」は、特にER(救急医療)の現場で生じやすいと指摘しています。

ガーモン氏は、「一般的な外来診療などであれば、受診する医療機関が自分の加入している医療保険のネットワーク内かどうか確認することが出来ます。しかし、ERの場合は話が別です。ERの場合、そもそも自分に意識がない場合もあり、担ぎ込まれる医療機関がネットワーク内なのか事前に確認することが困難です。また、特に麻酔専門医などは人手不足が慢性化していて、多くの医療機関が外部から招聘するなどやりくりに苦労している。そんな状態で、麻酔専門医がネットワーク内の人かどうか確認するのは極めて困難です」と説明しています。

議会は「反高額医療請求書法」を可決したものの

「驚きの医療請求書」を何とかして欲しいという多くのアメリカ人の声を受け、アメリカ議会は昨年12月、医療機関や医療関係者に医療費の「適正化」を求める「反高額医療請求書法」を可決しました。2022年に施行が予定されている法律ですが、「驚きの医療請求書」乱発を防止できるかについては、否定的な声が少なくありません。

結局のところ、アメリカの「驚きの医療請求書」問題は、医療行為を完全自由診療で行っているアメリカの医療制度そのものが原因であるように思えます。日本の医療制度のように、医療行為のすべてが公定価格で定められている国においては、なかなか発生しない問題であるようにも見えます。

先日、サンフランシスコに住むアメリカ人の友人とネットでチャットしましたが、日本に何度も来ている親日家の彼も、医療制度については日本の方がはるかに優れているとコメントしていました。九州をドライブ中に事故を起こし、医療機関で治療を受けた際も、「請求金額を見て(いい意味で)驚いた」と、コストの安さに感銘を受けたようです。日本がアメリカに誇れるもののひとつに、間違いなく医療があると思っています。

執筆者 前田 健二(まえだ・けんじ)

上席執行役員、北米担当コンサルタント

大学卒業と同時に渡米し、ロサンゼルスで外食ビジネスを立ち上げる。帰国後は複数のベンチャー企業のスタートアップ、経営に携わり、2001年に経営コンサルタントとして独立。事業再生、新規事業立上げ、アメリカ市場開拓などを中心に指導を行っている。アメリカ在住通算七年で、現在も現地の最新情報を取得し、各種メディアなどで発信している。米国でベストセラーとなった名著『インバウンドマーケティング』(すばる舎リンケージ)の翻訳者。明治学院大学経済学部経営学科博士課程修了、経営学修士。

連絡先:k-maeda@j-seeds.jp

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