アメリカの医療システムも破壊するトランプ関税

トランプ関税の発動から二カ月が経過、その影響がアメリカ市民の間に広がっています。世界中のすべての国からの輸入品に10%のベース関税が課され、特に中国に対する最大145%の関税の適用は、食料品や日用品などの生活物資の価格を押し上げ、人々の生活を圧迫しています。さらにトランプ関税の発動によりアメリカの医療システムが直撃弾を食らい、大きなダメージを受けつつあります。トランプ関税によるアメリカの医療システムへの影響についてお伝えします。
アメリカ病院協会からトランプ大統領宛ての書簡
ドナルド・トランプ氏が第47代アメリカ合衆国大統領に就任した今年2025年2月、アメリカ病院協会(American Hospital Association, AHA)は、就任直後のトランプ氏へ書簡を送付し、トランプ氏が公約に掲げていた世界各国からの輸入品に対する関税適用から、特にカナダ、メキシコ、中国から輸入される医療機器や医薬品などを「関税適用除外品」とするよう求めました。
書簡は、トランプ氏が推し進める中国によるフェンタニルなどの違法麻薬の密輸対策強化の姿勢に共感の意を示しつつも、アメリカの医療サプライチェーンが中国を筆頭とする諸外国からの輸入に多くを依存し、必要不可分である事実を理解するよう求めるものでした。
書簡は、カナダ、メキシコ、中国から輸入される医療機器・医薬品に関税が適用された場合、特に癌や循環器疾患のための医療サービスや、免疫抑制剤・抗生物質の供給が困難になる可能性が高いとし、最悪の場合、持続的・継続的な医療サービスの提供ができなくなると訴えています。

医薬品原料の30%を中国から輸入
同書簡はさらに、医薬品とりわけ医薬品原料の30%を中国から輸入している現状についても訴えています。中国産の医薬品原料調達はダイレクトにアメリカの製薬会社のサプライチェーンに組み込まれており、仮に高率の関税が課された場合、患者の生命維持に必要とされるクリティカルな薬の製造が出来なくなる可能性があると訴えています。
実際のところ、中国はアメリカに対する重量ベースでの最大の医薬品輸出国です。2021年時点で中国からアメリカへ輸出された重量ベースでの医薬品は約19万925トンで、全体の23.6%を占めています。メキシコ(18.5%)、インド(14.5%)、カナダ(8.8%)と続いており、AHAが主張するように、仮に中国、メキシコ、カナダからの医薬品原料の輸出がストップした場合、アメリカの医療サプライチェーンは崩壊する可能性が高いのです。

医療現場からも悲痛な声が
トランプ関税によるアメリカ医療システムへの深刻な影響については、実際の医療現場からも悲痛な声が上がってきています。ある大型病院に勤務する正看護師の女性は、次のように説明しています。
「(糖尿病の治療に使われる)インスリンはほぼすべて外国製です。人工透析に使われる医薬品や医療機器のほぼすべても外国製です。腹膜透析に使われる医薬品や医療機器のほぼすべても外国製です。心臓病の治療に使われるステントのほぼすべても外国製です。様々な用途で使われている抗生物質のほぼすべても外国製です。循環器系疾患の治療に使われる医療機器もすべて外国製です。心臓発作などの治療で使われる抗凝固剤もすべて外国製です。言いたくはありませんが、こうしたものすべてに高率の関税を適用すると、これまで保ってきていたバランスが一気に崩れ、崩壊するでしょう」
別の病院に勤務する看護師の女性は、トランプ関税発動により医療物資を運ぶ香港からの航空便がすべてストップしたとして、次の様に訴えています。
「私たちの病院では(医療機器などの)医療サプライの50%を、医薬品の90%を中国から輸入しています。それが突然ストップしてしまうとなると、病院のサービスを停止せざるを得なくなります。このまま航空便がストップしたままだと、早ければ来週にも医療サービスの提供ができなくなります」
「トランプ関税」発動によるアメリカ医療システムへの影響は、すでに医療現場において如実に現れ始めているようです。

医療サービス、ひいては医療保険の価格も上昇へ
アメリカが医療機器・医薬品の多くを輸入に頼っている現状では、関税の適用によるコスト増は、直接医療サービスの価格に転嫁するほかありません。アメリカでは、すでに病院窓口での自己負担額が値上がりし始めるなど、市民生活に影響が出始めています。
医療機関による医療サービスの値上げは、そのまま医療保険の価格上昇へと直結します。アメリカの大手医療保険会社は、今のところ保険料を値上げるといった動きを見せていませんが、トランプ関税による医療機器・医療費の調達コストの上昇は、いずれ医療保険の値上がりというかたちで利用者へ負荷されるでしょう。ただでさえ高いとされているアメリカの医療保険のコストが、トランプ関税によってさらに値上がりすることになるのです。
トランプ関税は、生きるために必要なコストである医療コストも上昇させ始めています。アメリカ国民の多くはトランプ大統領の関税政策に否定的な見方を示しており、いつの日か爆発しないという保証はありません。果たしてアメリカ国民の堪忍袋の緒が切れるのか、今後も注目すべきでしょう。

前田 健二(まえだ・けんじ)
上席執行役員
シニアマーケティングコンサルタント(北米統括)
大学卒業と同時に渡米し、ロサンゼルスで外食ビジネスを立ち上げる。帰国後は複数のベンチャー企業のスタートアップ、経営に携わり、2001年に経営コンサルタントとして独立。事業再生、新規事業立上げ、アメリカ市場開拓などを中心に指導を行っている。アメリカ在住通算七年で、現在も現地の最新情報を取得し、各種メディアなどで発信している。米国でベストセラーとなった名著『インバウンドマーケティング』(すばる舎リンケージ)の翻訳者。明治学院大学経済学部経営学科博士課程修了、経営学修士。