「黒人アメリカ人」の定義とは?

前々回の記事で、民主党の米大統領候補に選出されたカマラ・ハリス氏の人物像と経歴などについて簡単な解説をさせていただきました。同時に、自らを「黒人アメリカ人女性」としているハリス氏に対して、一部のアメリカ人とりわけ「黒人アメリカ人」が違和感を覚えていることなどもご紹介しました。そこで気になるのが、何をもって「黒人アメリカ人」とするのかについてです。今回は、「黒人アメリカ人」の定義について解説します。

「黒人」の共通の定義は存在しない?

筆者がこれまでに確認したところでは、現在のアメリカにおいては「黒人」の共通の定義、または法的に定められた「黒人」の地位を定める法律などは存在しません。例えば、アメリカ国勢調査局(The US Census Bureau)は1997年に発表した「各人種の定義」に関する質問への回答の中で、「黒人」の定義を次の様に定めています:

「黒人またはアフリカ系アメリカ人」とは、アフリカの黒人民族に自らのルーツを持つ人のこと。

アメリカ国勢調査局による黒人の定義ではアフリカ以外の国や地域の黒人民族は、最初から「黒人」に含まれていません。この定義に従えば、カマラ・ハリス氏は自らを黒人とすることはできないことになります。ただし、アメリカ国勢調査局は、国勢調査への国民の参加を広く促すことを目的に寄せられた質問に回答したに過ぎず、これをもって何らかの法的意味や拘束力などがあるわけではありません。

強く残る「ジム・クロウ法」と「血の一滴ルール」の影響

また、アメリカにおける「黒人の定義」を考える上では、悪名高い「ジム・クロウ法」を避けるわけにはいきません。「ジム・クロウ法」(Jim Crow Laws)とは、1876年に定められた黒人による公共施設の利用の禁止または制限を定めた一連の法律のことです。奴隷制維持を政策に掲げていた南部11州で施行され、長らく「黒人」を差別の対象として法的に定めていた悪法です。

この「ジム・クロウ法」によると、黒人とは、「奴隷としてアメリカへ連れてこられたアフリカ諸国の黒人民族の者およびその子孫」です。純粋なアフリカ諸国の黒人民族を「黒人」とするのみならず、黒人民族の血を一滴でも受け継ぐ者を「黒人」と定めています。例えば、黒人と白人のハーフの子供も「黒人」であり、その子供がクォーターだとしても「黒人」とされるのです。「血の一滴ルール」(One drop rule)と呼ばれるものですが、これが長らく「黒人とは奴隷としてアメリカへ連れてこられたアフリカ諸国の黒人民族の者」および「それらの血を一滴でも受け継ぐそれらの子孫」を「黒人」とする一般的な認識の形成基盤となったのです。

「アフリカ諸国の黒人民族」以外の「黒人」の増加

ジム・クロウ法の影響により、「黒人とは奴隷としてアメリカへ連れてこられたアフリカ諸国の黒人民族の者」および「それらの血を一滴でも受け継ぐそれらの子孫」を「黒人」とするという定義が一般的になったアメリカですが、それに変化をもたらしたのがそれ以外の「黒人」の増加です。

アメリカ国勢調査が実施した1960年度国勢調査では、当時のアメリカにおける「アフリカ諸国の黒人民族」以外の「黒人」の人口は「ゼロ」でした。ところが、1965年頃を境にアメリカへの世界の貧困国からの移民が増加し、特に冷戦などの政治的事情からキューバ、ジャマイカ、ドミニカ共和国などのカリブ海諸国からの移民が急増し、アメリカの人口動態に変化を生じさせ始めたのです。ちなみにカマラ・ハリス氏の父ドナルド・ハリス氏がキューバからアメリカへ渡ってきたのもちょうどその頃です。

ある調査によると、1990年代を通じてカリブ海諸国から90万人以上の移民がアメリカへ移住してきたそうです。カリブ海諸国からアメリカへ移住してきた「黒人」を「黒人」に分類すべきなのか、分類していいのかといった議論がアメリカ社会で始まったのもこの頃からだと言っていいでしょう。アメリカにおける「黒人の定義」を巡る問題は、「ジム・クロウ法」の影響を受けた時代から、新たに次の時代へ進んだのです。

カリブ海諸国からアメリカへ移住してきた黒人は「黒人」か?

ところで、カリブ海諸国からアメリカへ移住してきた人、すなわち「カリブ人」は「黒人」なのでしょうか。一口にカリブ人といっても様々ですが、カリブ海諸国を形成している「カリブ人」のうち、「アフリカ諸国の黒人民族の奴隷をルーツに持つ人」すなわち「アフロ・カリブ人」と呼ばれる人は、カリブ海諸国全体で2339万人もいるそうです。そのほとんどが「アフリカ諸国の黒人民族の奴隷をルーツに持つ人」であるとすれば、カリブ海諸国からアメリカへ移住してきた黒人は「黒人」であるとしても、特に問題はないように思われます。

いずれにせよ、冒頭に記述した通り、現在のアメリカにおいては「黒人」の共通の定義、または法的に定められた「黒人」の地位を定める法律、あるいは国民が共通して持つ「黒人」の一般的な認識は存在していません。特に、カリブ海諸国などからの移民を「黒人」とすべきかについての議論は始まったに過ぎないのです。カマラ・ハリス氏が自らを「黒人」と称していることについては、法律や社会的規範・ルールの問題というよりは、多分に政治的な意向が背景にあるに過ぎないでしょう。

執筆者

前田 健二(まえだ・けんじ)

上席執行役員
シニアマーケティングコンサルタント(北米統括)

大学卒業と同時に渡米し、ロサンゼルスで外食ビジネスを立ち上げる。帰国後は複数のベンチャー企業のスタートアップ、経営に携わり、2001年に経営コンサルタントとして独立。事業再生、新規事業立上げ、アメリカ市場開拓などを中心に指導を行っている。アメリカ在住通算七年で、現在も現地の最新情報を取得し、各種メディアなどで発信している。米国でベストセラーとなった名著『インバウンドマーケティング』(すばる舎リンケージ)の翻訳者。明治学院大学経済学部経営学科博士課程修了、経営学修士。

連絡先:k-maeda@j-seeds.jp

当社は、海外事業展開をサポートするプロフェッショナルチームです。
ご相談は無料です。お気軽にご連絡ください。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!