多くのアメリカ人は「関税」は輸出国が負担すると認識している?

前に書いた記事「【世界に激震】トランプ政権が振りかざす「関税」とは?」で、関税とは「輸入国が輸入品に対して課す、輸入品の輸入者が支払う税金」のことだと説明しました。米トランプ政権は、世界中のほぼすべての国からの輸入品に対して、国ごと品目ごとに関税を課しているのですが、未だに多くのアメリカ人が「関税」は輸出国が負担するものと認識している節があるのです。トランプ関税を巡るアメリカの状況を含めて実態をお伝えします。
トランプ大統領が繰り返し「関税は輸出国が負担するもの」と主張
「関税は輸出国が負担するもの」と繰り返し主張している立役者は、ドナルド・トランプ大統領ご本人です。トランプ氏は、2024年の米大統領選のキャンペーン中から「アメリカを搾取してきた国々から関税を取り立てる」と主張し、公約の一つに掲げてきました。
選挙演説でトランプ氏は支持者を前に、「(関税の適用により)何十兆ドルものドルがアメリカ政府の公庫へ入って来る。特に(アメリカが巨額の貿易赤字を計上している)中国がそのお金を負担することになる」と、あたかも中国を始めとする輸出国が関税を支払う当事者になるかのような説明を繰り返しました。
大統領に選出された後も、トランプ氏は「関税は輸出国が負担するもの」であると繰り返し主張し、それがトランプ政権における事実上の「関税の定義」となりました。政権においては不文律となり、財務長官を筆頭とする経済閣僚などが揃ってその定義を前提に話をするようになったのです。

「関税は輸出国が負担する」というトランプ政権のレトリック
ところで、「誰が関税を負担するのか」という問いは、厳密な意味においては、実は簡単に答えられない側面がある問いでもあります。一般的には、関税は「輸入品の輸入者」が支払うものであり、多くのケースにおいてそのまま消費者へ転嫁されます。つまり、「関税は輸入者が、最終的には輸入国の消費者が負担する」のですが、ケースによっては、その定義通りにならないケースもあり得るのだと、トランプ政権は主張しているのです。
トランプ政権の金庫番、スコット・ベッセント財務長官はMSNBCのテレビ番組のインタビューの中で、名物アナリストのユージン・ロビンソン氏の「関税は誰が負担するのか?」という質問に対して、次の様に答えています。
ロビンソン氏「例えば、ブラジルからアメリカへモノを輸入した場合、誰かが50%の関税をアメリカ政府に支払わなければならなくなりますが、誰がその小切手を切るのですか?」
ベッセント氏「そのモノを港で受取る人が小切手を切ります。しかし、ブラジルの輸出者がアメリカ市場におけるシェアを維持したいと考える場合、輸出者は(関税分の)値下げをすることができます」
ロビンソン氏「つまり、輸出者が身銭を切って関税分を負担することができるということですね。でも、いずれにせよ小切手を切るのは輸入者なんですよね?」
ベッセント氏「その通りです。輸入者は支払った関税を消費者に転嫁できるし、あるいは転嫁しないかも知れない」
要するに、たとえ関税を支払うのが輸入者だとしても、その分を輸出者が値下げして負担することができるし、または輸入者だけが負担して消費者に影響を及ぼさないようにすることもできるというレトリックです。トランプ政権は、多くの国の輸出者がアメリカ市場でのシェアを維持するために関税分のコスト増を自ら負担するだろうと考えているようです。

トランプ関税は実質的には「アメリカ国民に対する消費税」
トランプ政権は、今も「関税は輸出国が負担する」というレトリックを主張し続け、多くの支持者もそれを信じ続けています。筆者は少し前に、自分のFacebookのタイムラインに「一部のアメリカ人は、関税は輸出国が負担するものと信じているのですか?」という質問を投げかけてみました。筆者のFacebookのアメリカの友人は、多くがカリフォルニア州に住んでいて、ブルーステート(民主党支持者多数の州)ゆえの偏りがあるのですが、ある友人が次のような答えを寄せてくれました。
「多くの共和党支持者が、「我々は外国に搾取されている」と信じ込んでおり、「今こそ彼らに正当な支払いをさせるべきだ」と考えています。モノの値段が上がれば理解し始めると思いますが、関税とはどのようなものかという基本的な経済学を説明しようとしても、彼らの多くは耳をふさいでしまいます。彼らは、まるで狂信的なカルト信者のように見えてしまいます」
共和党支持者の中でも、特に熱狂的なMAGA(Make America Great Again)信者とされる人々が、未だにトランプ政権のレトリックを信じているようです。代表的なブルーステートとされるカリフォルニア州でさえこの状況ですので、他のよりコアなレッドステートにおいては、状況はさらに過激であると思われます。
しかし、MAGA信者がどのように信じようとも、トランプ関税が実質的には「アメリカ国民に対する消費税」であるという事実は変えようがありません。実際、トランプ関税の影響を受けて多くのモノの値段がじわじわと上がり始めています。特に日々の暮らしに必要な食料品やエネルギーなどの価格が目に見えて上がってきています。MAGA信者を含む多くのアメリカ人がトランプ政権のレトリックに疑問を持ち始めるようになるのも、時間の問題だと思います。
前田 健二(まえだ・けんじ)
上席執行役員
シニアマーケティングコンサルタント(北米統括)
大学卒業と同時に渡米し、ロサンゼルスで外食ビジネスを立ち上げる。帰国後は複数のベンチャー企業のスタートアップ、経営に携わり、2001年に経営コンサルタントとして独立。事業再生、新規事業立上げ、アメリカ市場開拓などを中心に指導を行っている。アメリカ在住通算七年で、現在も現地の最新情報を取得し、各種メディアなどで発信している。米国でベストセラーとなった名著『インバウンドマーケティング』(すばる舎リンケージ)の翻訳者。明治学院大学経済学部経営学科博士課程修了、経営学修士。