ジェフリー・エプスティーンとはどういう人物か?①

アメリカ社会がジェフリー・エプスティーンのスキャンダルで大きく揺れています。第二次トランプ政権発足の話題に隠れて立ち消えになったかのように思われた同スキャンダルは、大手経済紙ウォールストリートジャーナルによる「エプスティーン文書」にトランプ大統領の名前などが記載されていたとする報道を受け、米政界を巡る一大騒動を引き起こしています。既に亡くなっているエプスティーンは、死してなお多くの人に災いをもたらしているのですが、ジェフリー・エプスティーンとは一体どういう人物なのでしょうか。

生粋のユダヤ系アメリカ人のエプスティーン

ジェフリー・エドワード・エプスティーン(Jeffrey Edward Epstein)は、1953年1月にニューヨーク・ブルックリンで生まれ、2019年8月に亡くなったアメリカの「資産投資家」です。ユダヤ人の両親のもとに生まれた生粋のユダヤ系アメリカ人でもあります。なお、日本のメディアではEpsteinを「エプスタイン」と称しているケースが多いようですが、本記事ではアメリカのメディアに倣って「エプスティーン」と称します。

ニューヨークのミドルクラスの家庭に生まれ育ったエプスティーンは16歳でブルックリンのラファイエット高校を卒業、地元のクーパーユニオン大学に入学するも中退しています。やがてイーストサイドにある大学進学予備校のダルトンスクールで数学と物理学を教える教師の職を得ますが、二年で「勤務成績不良」を理由に解雇されています。

金融の世界で頭角を現す

ダルトンスクールを解雇されるまでの間にエプスティーンは教え子を通じて金融界の大物とのコネを獲得します。彼の教え子の一人が大手証券会社ベア・スターンズのCEOアラン・グリーンバーグの息子だったのです。数字に強いエプスティーンに感銘を受けたグリーンバーグはエプスティーンにベア・スターンズでアシスタントの職を与え、エプスティーンの金融の世界でのキャリアをスタートさせます。

1976年からベア・スターンズで職を得たエプスティーンは水を得た魚のように活躍を開始し、オプション取引などで大口クライアントを次々に獲得してゆきます。エプスティーンはまさに出世魚のように出世を続け、1980年にはベア・スターンズのリミテッドパートナーに就任しています。

1981年にエプスティーンはベア・スターンズを退社し、投資コンサルティング会社「インターコンチネンタル・アセットグループ」を設立します。投資コンサルティング会社とは言うものの、実際はクライアント企業が蓄積した横領金などの「不正な資金」の「ダークな投資運用方法」をアドバイスする「怪しい会社」であったとされています。

エプスティーンは頻繁に海外へ出張するようになり、資産家や政治家などとのコネを拡げてゆきます。また、この頃からエプスティーンは自らを「秘密情報エージェント」であると称し始めています。実際に当時のエプスティーンはオーストリアのパスポートを所有し、パスポートにはサウジアラビアの住所が居住地として記載されていたとされています。エプスティーンは政府関係者とのコネを持ち、政府との癒着が噂されていますが、エプスティーンと政府との腐れ縁はこの頃から始まったようです。

J. エプスティーン・アンド・カンパニーを設立

エプスティーンは1987年に債権回収コンサルティング会社を設立後、1988年にJ. エプスティーン・アンド・カンパニーを設立、投資アドバイザー事業を開始します。J. エプスティーン・アンド・カンパニーは「保有資産10億ドル以上のビリオネアだけに助言を行う投資アドバイザー」を謳い、クライアントには有名アパレルブランドのザ・リミテッドやヴィクトリアシークレットのオーナーでビリオネアのレスリー・ウェクスナーが含まれていました。

ウェクスナーは投資アドバイザーとしてのエプスティーンを心底信頼し、1991年にはエプスティーンに自らの資産管理に関する「完全委任状」を渡しています。この頃からエプスティーンによる「散財」が目立つようになり、ウェクスナーの資産を財源に複数の「プロジェクト」を立ち上げたり、高級ヨット「リミットレス」を建造したりしています。1995年までにエプスティーンはウェクスナー財団およびウェクスナー記念財団の理事とウェクスナーの資産管理会社の社長を兼任し、ウェクスナーの資産管理人としての頂点を極めています。

ヘッジファンドにも参入

2002年にはエプスティーンはヘッジファンドにも参入しています。同年にエプスティーンはD.B.Zwirmのヘッジファンドに8000万ドルを投資したのを手始めに、2006年までに累計で1億4000万ドルを投資しています。同年にエプスティーンは古巣のベア・スターンズのヘッジファンドにも5700万ドルを投資しましたが、2008年のベア・スターンズの経営破綻によりバリューがゼロとなり、エプスティーンも損失を余儀なくされています。この頃にはエプスティーンに対する未成年の少女への性的虐待などの刑事告発などが始まり、「資産投資家」としてのエプスティーンもキャリアのピークを迎えています。

良くも悪くも金融の世界において一定の評価と実績を残したエプスティーンでしたが、全世界を襲った金融危機(日本で言うリーマンショック)を境に、エプスティーンの人生は転落し始めたのです。

(次回へ続く)

執筆者

前田 健二(まえだ・けんじ)

上席執行役員
シニアマーケティングコンサルタント(北米統括)

大学卒業と同時に渡米し、ロサンゼルスで外食ビジネスを立ち上げる。帰国後は複数のベンチャー企業のスタートアップ、経営に携わり、2001年に経営コンサルタントとして独立。事業再生、新規事業立上げ、アメリカ市場開拓などを中心に指導を行っている。アメリカ在住通算七年で、現在も現地の最新情報を取得し、各種メディアなどで発信している。米国でベストセラーとなった名著『インバウンドマーケティング』(すばる舎リンケージ)の翻訳者。明治学院大学経済学部経営学科博士課程修了、経営学修士。

連絡先:k-maeda@j-seeds.jp

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