ロサンゼルス火災被災者を苦しめる「住宅保険の三つのD」

カリフォルニア州森林火災防止局のまとめによると、本記事執筆時点(日本時間2025年3月5日)で確認されたロサンゼルス火災の被害は、総焼失面積4万602エーカー、消失建物1万4362棟、死者27人で、ロサンゼルス郡内で発生した火事としては史上最悪となったそうです。甚大な被害を鑑みるに気になるのが住宅保険ですが、多くの市民が未加入であったと報道される中、住宅保険にまつわるトラブルが多く生じているようです。ロサンゼルス火災で明らかになった、アメリカの住宅保険「三つのD」についてお伝えします。
最大2750億ドル(約42兆6250億円)の被害額
今回ロサンゼルス郡内数か所で発生した火災の被害総額は2500億ドル(約38兆7500億円)から2750億ドル(約42兆6250億円)程度と見込まれており、焼け出された住民を含むロサンゼルス市民に大きな負担となることは間違いありません。今回の火災では、富裕層が多く住む高級住宅地のパシフィック・パリセーズなどが大きな被害を受けており、被害総額の拡大につながっています。
そうした中、漏れ伝わってくるのが住宅保険を巡る問題です。今回の火災では、被災した少なからぬ数の人が住宅保険に未加入であったとされています。多くは高額な保険料負担を嫌って自ら未加入だったようですが、中には、住宅保険に加入したくても保険会社がDeny(拒否)し、加入できなかったという人も少なくないようです。住宅保険に加入したくても加入できなかったとは、一体どういうことなのでしょうか。

2023年から新規の住宅保険加入を停止したステートファーム
1922年設立の大手老舗保険会社ステートファーム(State Farm)は、2023年からカリフォルニア州住民の新規住宅保険加入を停止すると発表、実際に受付を停止しました。カリフォルニア州では近年、山火事などの大規模火災が多発しており、通常通りに新規住宅保険加入を認めると、被害発生時の保険金支払いができなくなると判断したためです。これにより、ロサンゼルス郡を含むカリフォルニア州内の住宅7万2000棟が住宅保険未加入の状態に陥ったとされています。
さらに、仮にカリフォルニア州内の住宅7万2000棟が住宅保険に加入できていたとした場合でも、火災の被害が発生した場合に支払う保険金額が最低でも300億ドル(約4兆6500億円)程度不足するとされており、住宅保険の支出バランスは「どの道確保できない」と見込まれていたそうです。

頻発する自然災害と膨張する保険金支払額
新規で住宅保険加入をDeny(拒否)されるケースとともに、すでに住宅保険に加入している人が契約途中で契約を破棄されるというケースも多数報告されています。今回の火災の被害に遭ったパシフィック・パリセーズのある住民は、火災発生の約四か月前に加入していた住宅保険会社から突然契約を破棄したいとの申し入れを受け、止む無くサインしたと話しています。
すでに住宅保険に加入している人に対しても、当該対象地区の火災発生リスクが相応に高まってきており、被害が生じた際にカバーできないという判断が保険会社にあったであろうことは想像に難くありません。契約破棄にあった住民は、「この問題は、保険会社が保険金を支払えるかどうかというフェーズをすでに超えています。問題は、仮に保険金が支払われるにしても、どの程度遅れて(Delay)支払われるかです。実際にいつどれだけの金額が支払われるのか、誰も予想できないのです」と話しています。
また、保険会社による保険金支払いの遅延のみならず、保険金そのものを巡って保険加入者と争われるケースも増えています。カリフォルニア州を拠点とする非営利団体のユナイテッド・ポリシーホルダーズは、「今回被害に遭った住宅オーナーの多くが、すでに保険会社と保険の支払いを巡って裁判で争い始めています。すべてのケースが解決するには相当の時間がかかるでしょう」とコメントしています。当然ながら、保険会社は弁護士などを雇い、自らをDefend(防御)するのに暇がないことでしょう。

被災者を苦しめる「住宅保険三つのD」
前に書いた別の記事で、アメリカの医療保険会社の三つのD、すなわちDeny(拒否)、Delay(遅延)、Defend(防御)について説明しましたが、三つのDは医療保険と同様に住宅保険でも顕著になりつつあります。そして、今回発生したロサンゼルス火災において、その三つのDが被災者を苦しめ初めています。
アメリカの大手金融機関JPモルガンチェースの試算によると、今回発生した被害額のうち、保険会社が負担できる金額は200億ドル(約3兆1000億円)程度とされており、残りを誰が負担することになるのか現時点ではまったく決まっていないそうです。ロサンゼルス市は、すでにカリフォルニア州およびアメリカ連邦政府に対して経済援助の要請を行っていますが、現時点では白紙の状態です。アメリカでは、第二次トランプ政権がすでに発足しましたが、援助要請の矛先は早くもトランプ政権に向けられています。カリフォルニア州はアメリカを代表するブルーステート(民主党支持州)ですが、敵対する共和党を支持母体とするトランプ政権がどのように動くのか、カリフォルニア州のみならずアメリカ全土が見守っています。

前田 健二(まえだ・けんじ)
上席執行役員
シニアマーケティングコンサルタント(北米統括)
大学卒業と同時に渡米し、ロサンゼルスで外食ビジネスを立ち上げる。帰国後は複数のベンチャー企業のスタートアップ、経営に携わり、2001年に経営コンサルタントとして独立。事業再生、新規事業立上げ、アメリカ市場開拓などを中心に指導を行っている。アメリカ在住通算七年で、現在も現地の最新情報を取得し、各種メディアなどで発信している。米国でベストセラーとなった名著『インバウンドマーケティング』(すばる舎リンケージ)の翻訳者。明治学院大学経済学部経営学科博士課程修了、経営学修士。