ドイツ食文化のゆくえ ~ドイツ人たちは肉を食べなくなったのか?~
ドイツの伝統的な肉料理
ドイツといえばビールにソーセージ、あるいは豚肉料理といったところを思い起こす方が多いのではないだろうか。そんなドイツの食文化について、われわれ日本人が持つ偏見はあながち間違ってはいないが、ドイツにも郷土料理や伝統料理はある。典型的なのはワンプレートで提供され、メインの肉料理に主食のジャガイモ、付け合わせにザウアークラウトや赤キャベツなどが添えられている。
肉料理は牛肉よりも豚肉のほうが目にする機会が多く、レストランのメニューもシュニッツェル(トンカツ)、アイスバイン(豚足)、シュヴァインハクセ(骨付き豚肉のオーブン焼き)、ソーセージ類などが目立つ。
他方、牛肉を使った伝統料理としてはリンダールーラーデン(牛肉の肉巻き)、ザウアーブラーテン(牛肉を酢でマリネして蒸し焼きにした料理)などいくつか挙げられるが、いずれも肉の味そのものを愉しむというよりは、噛みごたえとソースを愉しんでいるといった印象だ。(ドイツ人の味覚に懐疑的な筆者の見解)
食肉消費量の減少
ドイツ人は魚料理より肉料理を好んで食べているというイメージが強いが、そんなドイツでも食肉の消費量は長期的に減少し続けている。ドイツ連邦農業情報センター(BZL)の公表データによると、2023年、食肉の1人当たり年間消費量は、対前年比430グラム減の51.6キログラムとなった。なかでも大幅な減少を記録したのが牛肉で、仔牛肉も含めると対前年度比5%減の8.9キログラムとなっている。2023年にはまた、豚肉の消費量も減少し、対前年比600グラム減の27.5キログラムを記録した。消費量全体の4分の1を占め、もっとも多く消費される鶏肉だけは横ばいだった。
これらの背景には、大きな要因として食習慣の変化があるとされる。食肉の大量消費が個人の健康のみならず気候や地球環境にネガティブ・インパクトを与えているというのである。
大量生産・大量消費の終焉
もっとも、食肉消費量はたしかに減少傾向にあるとはいえ、それほど悲観すべきものでもないと筆者は見ている。これまではひたすら大量消費されることを目的とし、大量生産された食肉が市場に出回っていたが、環境や健康への配慮、アニマルウェルフェアの意識向上等が淘汰とまではいかないまでも減少への圧力となっていると筆者は考えている。
近隣のドイツ人がいうには「家族はベジタリアンではないが、肉を食べるのを週1〜2回程度に減らし、代わりに飼育環境を配慮した割高なオーガニック肉を食べている」そうである。同じような話を30代から60代の複数のドイツ人からも耳にした。インフレにより生活費全体が上昇をつづけるなか、回数を減らし良質な肉を消費する傾向が強まっているものと考えられる。
ところで、昨今の牛肉に関わるトレンドとしてハンバーガー文化が挙げられるだろう。ここ10年ぐらいの間にパテやバンズにこだわったハンバーガーショップが続々と誕生しているのだ。
アメリカ発のバーガーチェーン「Five Guys」 の欧州展開はドイツ企業が担っており、ファストフードでありながらも食材にこだわり、オーダーを受けてから調理するといったスタイルが特徴的で、既存のマクドナルドやバーガーキングとの違いが鮮明に打ち出されている。ファストフードとはいえ、価格はレストラン等で提供されるハンバーガーのそれと変わらない。コンセプトこそアメリカから脱していないが、どことなく日本のモスバーガーを彷彿とさせるものがある。
「Five Guys」は現在、大都市圏を中心に人気が出て、隣国の主要都市にも勢力を拡大している。ドイツ人の食肉消費量が減少するなかにあっても、肉を使った料理や商品のビジネスチャンスが消滅したわけではないことの証左と言えるだろう。肉を食べたい層は明らかに存在し、環境や健康への配慮とともに、マーケティング次第ではまだまだ勝算があると筆者は見ている。
プラントベースの代替肉の台頭
さらに昨今、急成長を続けているのがプラントベースの代替肉である。
地球環境、健康、気候といったものへの配慮からか、サスティナビリティを重視して肉食を制限したり絶ったりし、野菜を中心とする食事スタイルにシフトした消費者が急増している。また、こうした動きとは別に、若い女性たちの間では、ソーシャルメディアの影響からか、ライフスタイルのトレンドとしてベジタリアンを宣言する人も珍しくない。
プラントベースの代替肉はこのような食のトレンドを敏感にとらえ、食肉に代わるものとして存在感を増している。レストランに行けば必ずベジタリアン、ビーガン向けのメニューが用意されている。
代替肉にかぎらず、ヴィーガンやベジタリアン向けの商品の需要は急激に伸び、自ずと生産量も伸びている。ドイツのオーガニック食品市場は、2014年からの5年間で約40%拡大し、2018年には売上規模109億ユーロを超えた ことから見ても、大量生産・大量消費の時代は終焉を迎えたことを窺い知ることができる。
代替肉はドイツの食文化に定着するか?
ここまで述べてきたように、ドイツ人の食肉消費量が減少し、豆腐や代替肉の消費が増えていることは疑いのない事実である。とはいえ、「Five Guys」をはじめとするここ10年のバーガートレンドも看過することはできない。つまるところ、牛肉や鶏肉を用いたハンバーガーが完全にプラントベースバーガーに代替されることはなく、プラントベースバーガーのポジションは肉の代替オプションの一つであり続けるだろう。
2023年、ドイツのマクドナルドでチキンナゲットの代替品として植物性マックナゲットが世界で初めて発売された。
筆者もまた、勇足で最寄りの店舗へ行き、植物性マックナゲットを注文した。クーポンを利用すれば、同じ価格で普通のチキンナゲットか植物性ナゲットか選ぶことができた。植物性マックナゲットの材料はえんどう豆、とうもろこし、小麦、パン粉だと記されていた。両者の違いは見た目にはわからず、パッケージの色が植物性ナゲットでは黄緑色が使われていただけだった。
一口入れたとたん、筆者の脳内はパニックに陥った。ジューシーさがまったく感じられず、チキンナゲット特有のサクッとした食感もなかった。ダンボールを水でふやかしたものを揚げたような、ぱさっとした硬い物体で、普通のチキンナゲットをオーダーすればよかったと深く後悔した。
これは筆者の一つの体験に過ぎないが、食肉の代替品はどこまでも代替品であり、ホンモノに置き換わることはあり得ないだろうと確信した。
そもそも、肉に似せたものをあの手この手を繰り出してわざわざ作り出す必要性がどこにあるのだろうか。食肉消費を減らし、植物性のものの消費を引き上げることで地球環境を守りたいというのなら、半ば強引に味や形を食肉に寄せていかずとも、野菜本来のおいしさをいっそう引き立てるような野菜作りやレシピ開発に意を注ぎ、肉料理と野菜料理を共存させるべきではないかと思う。野菜を肉風に仕立てる必要も、その逆もないと筆者は考えている。
日本では岸田政権以来、外貨を稼ぐべく日本から海外への輸出促進策が進められ、農水省の後押しも奏功し、日本産和牛肉の輸出量が伸びている。品質、価格ともに高いことで知られる和牛だが、量から質へというドイツの消費傾向から見ると、和牛の可能性はますます高まっていくのではないだろうか。
食肉至上主義のフィロソフィーから脱却し、他者の「食」に関する価値観を排除せず、肉は肉の、野菜は野菜そのもののおいしさを追求していく方向性に立ち戻り、それぞれの持ち味を生かした料理を目指すべきだろう。ビーガンやベジタリアンは、食肉にとって代わる肉っぽい物を欲しているのではないのだから。
吉澤 寿子(よしざわ・ひさこ)
CEO, Researching Plus GmbH
株式会社ジェイシーズ マーケティングコンサルタント(ドイツ)
早稲田大学人間総合研究センター招聘研究員。 2007年渡独。デュッセルドルフ大学現代日本研究所博士課程に在籍し、研究を重ねるかたわらResearching Plus GmbHを設立。日本企業のドイツ進出、市場調査、視察・研修等に携わっている。お茶の水女子大学人間文化研究科修士課程修了。
Researching Plus GmbH: https://researchingplus.com
連絡先:h-yoshizawa@j-seeds.jp