フランスワインの楽しみ方
長くパリに住んでおられる日本人マダム・戸塚真弓さんの著書『ロマネ・コンティの里から ぶどう酒の悦しみを求めて』は、ワインを通してフランスのエスプリが分かる一冊である。
今回はこの作品からフランスワインの楽しみ方をご紹介しようと思う。
タイトルに見える「ロマネ・コンティ」はブルゴーニュ最高峰の赤ワインである。
とはいえ、この作品は「ロマネ・コンティ」ばかり取り上げているわけではない。ワインにまつわる彼女の経験談や知恵、そして歴史が盛りだくさんに織り込まれたエッセイである。
五感、香り
長くワインに親しんでおられる戸塚さんだが、そんな彼女も当初、テイスティング会に参加し始めたころは何かと大変だったようで、特に「香り」には苦労されたようである。
「果物の名前もいろいろ出てきた。その中で、もも、なし、いちご、さくらんぼ、木いちご、アプリコ、りんご、レモン、バナナ、グレープフルーツなどは、ふだんよく食べている果物である。それなのに自分が現在手にしているグラスの中のぶどう酒が、たとえば桃の香りがするときいても、あらそうかしらと思うだけで、私はほんとうに情けなかった。
・・・大変難しかったのは、動物の匂いがすると誰かが言う時である。ぶどう酒に動物的な匂いがするとはどういうことかと、初めて耳にしたとき、私は目をむいた。・・・私は困ったけれども、この時以来ぶどう酒に詳しい人たちと一緒に飲む機会があると、かれらどう表現するか耳を傾け、「動物的な香り」という言葉が出ると、何度も何度も匂いを深くかいでみて、香りの記憶を頭のどこかにとどめようと努力した。おかげでこの頃は。私も、おや動物的な匂いがする、などと少しいえるようになった。」
ワインに動物的な香りがすると記されているが、はたしてどのような香りなのか見当もつかない。
戸塚さんは何度も何度も香りを嗅いでは、細かく分析することを繰り返すことで臭覚を養われてきた。また、経験豊かな方の意見を聞き、微かな記憶をたどりながら、やがてご自身の感覚として習得された。
足を運ぶことで見えてくるワインの深み
戸塚さんは以前、ボーヌ美術館で本物のアンフォールをご覧になって以来、すっかりこの酒壺のかたちと神秘性に魅了されてしまったと記されている。
ある日、グラスに残った数滴のワインをご主人が集めている酒壺の破片にたらしてみたところ、ワインがみるみるうちに吸い込まれていくことを発見し、毎日同じことを繰り返すようになったという。
「こうしているうちに、かけらはぶどう酒とかびと樫の木と石の匂いがまじりあった、ブルゴーニュの酒商の匂いがするようになった」のだそうだ。
ギリシャ時代に生まれたワインは、ギリシャからフランスまでの道のりをアンフォールに入れて船で運ばれていた。その後、ローマ時代に入ると、フランスでもワインがつくられるようになった。「ロマネ・コンティ」のロマネとは、ローマ風を意味するという。
「ロマネ・コンティ」。キリストの血とされる神聖な赤ワインの畑は修道院の僧侶たちが丁寧につくり上げたものである。
ワインにまつわる歴史逸話
17世紀の終わり、フランスのルイ14世が大病に冒されたとき、待医のファゴンは、自身の出身地の隣町であるヴォーヌ・ロマネ村のワインを飲むよう国王に勧めた。
ルイ14世はそれまでシャンパーニュを好んで飲んでいたが、以来、ブルゴーニュ・ワインに魅了され、価格も一挙に2倍に跳ね上がった。
やがて、ルイ15世の時代になると、従兄弟であるコンティ王子と愛妾ポンパドゥール夫人との間で「ロマネ・コンティ」の畑の争奪戦が起こり、知的で優雅、美貌の持ち主だったらしいコンティ王子が大金を叩き、畑を手に入れた。畑の名前が「ロマネ・コンティ」と呼ばれるようになったのはこうした経緯からである。
コンティ王子はマレのタンプル宮殿で華麗なサロンを催した。最期まで「ロマネ・コンティ」を好み、愛した王子だった。
エキスパートに聞く
戸塚さんはワインを通してたくさんの著名人と交流を重ね、時にはご自宅にも招待されている。
「ホテル・リッツ」のとあるソムリエもそうした1人なのだが、あるとき彼に年代物の「ロマネ・コンティ」を飲んだときの食事とのマリアージュについて訊ねると、
「料理はと言いますと、そのロマネ・コンティを飲むときには、実は何も出ませんでした。ぶどう酒だけを味わったのです。・・・一口飲むとみんなが素晴らしいと言葉でいうかわりに目でうなずきあっていました。そして誰の目もきらきらし始め、顔のしあわせそうなことといったらありませんでした」
と返ってきた。
上質のワインというものは料理よりはるかに繊細な味がする。彼はまた、極上の赤を飲むときは、料理はつとめてシンプルなものが良いとも答えている。
料理とのマリアージュ
戸塚さんは「フィガロ」紙に長年、レストランやガストロノミィの批評を寄稿しているミッシェル・ビオ氏にも質問されている。
フランスのおふくろの味として知られるブブ・ブルギニョンは、もともとはブルゴーニュのワイン煮込み料理で、ブルゴーニュの赤ワインが用いられていたに違いないが、ブルゴーニュ・ワインは「ブルゴーニュ」と記されているだけでかなりの値段になってしまう。そこで、戸塚さんもビオ氏もブブ・ブルギニョンにはコート・デュ・ローヌを使っているとのことで、戸塚さんの場合、水は一滴も加えず、代わりにワインを5本ほどお使いになるそうだ。
コート・デュ・ローヌはしっかりとしたコシとコクのある味わい、深い赤色が特長のワインで、レストランなどでも牛肉の煮込みに限らず、猪やうさぎの料理やソースなどに広く用いられている。
味の濃い料理に合わせるには、ブルゴーニュ・ワインは繊細過ぎる。
戸塚さんはコート・デュ・ローヌのシャトーヌフ・パープやエルミタージュの赤を選ばれることが多く、ブルゴーニュなら、ポマールかふつうのブルゴーニュを選ばれている。
ビオ氏もまた、ブルゴーニュは選ばず、ロワール地方のキャベルネ・フランというぶどうから作られるシノンを挙げる。ボージョレにも似た風味があるが、飲み心地はボージョレよりもずっと上質で、ジビエ料理やソースにもたびたび利用される。ブルゴーニュ・ワインであればポマール、コルトンが良いとビオ氏は語る。
アペリティフに果実の風味豊かなワイン、きりっとさわやかな辛口の白を。主菜にはボルドーやブルゴーニュの赤、チーズはそれより上とされるものは選ばず、むしろ少し落とす。シャンパーニュやゲブルットラミネール、ヴァン・ジョーンなどもいい。
カマンベールはシードルと相性がよいとされるが、ビオ氏によるとカルバドースとの組み合わせがいいらしい。
モンドールとクワンカイヨットのチーズにヴァン・ジョーンヌ、フランス北部のマロワルというチーズにシャンパーニュのクルッグの斬新な組み合わせをぜひ試してみたいと思う。
まとめ
いまはワインを手軽にカジュアルに楽しむ風潮にあるが、本著作によってフランスワインの文化的背景を知ることができた。五感を存分に動員し、料理とのマリアージュを楽しみたいと思わせてくれた一冊だった。
料理やチーズとのマリアージでさらに新しい味がたのしめるよう意識して取り入れたい。先にワインを選び、ワインに料理を合わせてもいいし、上質なワインなら料理なしにそれだけを楽しむのもありだろう。
筆者も先日、ブブ・ブルギニョンをつくってみた。その際はブルゴーニュのピノノワールを選んだが、次回はロワール地方のシノンにしてみようと思っている。
後日、ブブ・ブルギニョンであれば、スーパーマーケットで売られているワインで十分だと教えてくださった。値段は裏切らず、美味しさの物差しになるから、平日普段用には10ユーロ前後、週末用なら15から20ユーロくらいのものがよいそうである。
内田 アルヴァレズ 絢(うちだ・アルヴァレズ・あや)
マーケティングコンサルタント(フランス)
神戸松陰女子学院大学英文科卒、Aix Marseille IIIにてフランス語を学ぶ。
ドイツ及びフランスで15年にわたりキャリアを積み、現在はパリを拠点に日系企業の欧州展開を多角的にサポートしている。
Researching Plus GmbH社のマーケティングリサーチャー&企業コーディネータも務める。