ドイツ人の食卓事情 -ジャガイモと肉以外からどうやって栄養摂取しているのか-

ドイツ人は概して食文化に対して保守的で、変化を好まない傾向にある。BMEL(Bundes Ministerium für Ernährung und Landschaft:ドイツ連邦食品農業省)が公表しているドイツ人の食行動に関するレポートBMEL-Ernährungsreport 2021では、健康的な食事摂取に対するドイツ人の意識が向上しているとまとめられているが、一般的なドイツの消費者は、健康的な食事の定義として、「食品がどこから来たのか、その起源、製造方法、さらには食品産業との持続可能性の関係」に関心を持っているようである。

翻って日本においても「日本産」であったり、さらには地元産であることが鮮度や価格にも影響することから、商品の起源が重視され、加えて「味」、「利便性」、「季節感」といったものまで重視される傾向にある。ひと口に「健康的な食事」といっても、その意味するところは必ずしも同じではないと言うことができる。

日本の食品関連企業の中には、ドイツの健康ブームの潮流にのって、ドイツへの進出を考える企業が増えてきているようだが、こうした企業こそドイツ人の食文化について知っておく必要があるだろう。経済大国世界3位に躍り出たからといって、とりわけ食品業界においてポテンシャルの高い市場だと一概に見てはならない。日本はエンゲル係数25.7%であるのに対し、ドイツは18.3%であり、そもそも食事にかけるお金が少ないのだ。(https://honkawa2.sakura.ne.jp/0211.html
今回は筆者が自ら体験したドイツの食文化についてレポートしようと思う。

「郷に入っては郷に従え」という言葉があるように、字義どおりドイツという郷に入り、長くなった筆者だが、いまだにどうしても郷に従えないものがある。その一つが食文化だ。

まずは、かつて筆者が出産のため入院した折りの夕食をご覧いただこう。
質素にも程があると思うのは筆者だけだろうか。大きな皿に鎮座する冷え切った硬い浅黒いパンが2枚。脇には薄くスライスされたハムとチーズが1枚ずつ。入院は1週間だったが、毎日が例外なくこのような食事だった。

病院にて筆者撮影。実際のKaltes Essenの一例。

病院にて筆者撮影。実際のKaltes Essenの一例。

このカルチャーショックを経験して以降、観察すればするほど、ドイツ人の食卓は日本のそれとは大きく異なることがわかってきた。ドイツ人には、毎日同じようなもの食べても飽きることのない「耐性」が備わっているのではないかとさえ思う。一方、日本人にはその耐性がなく、バリエーションに富んだものを少しずつ、毎日違うものを調理して食べる傾向(習性)があると考えると合点がいく。

たしかに、ドイツ人には食に対するこだわりが概して少ないようで、日本のように「季節限定」の新しい商品を開発したり、研究と交配を繰り返して、甘くて美味しいフルーツや野菜を作ろうという(GDPを自ら下げるほどの)並々ならぬ努力は、ドイツにおいてはほとんど見ることがない。そのことが主因かどうかはわからないが、ドイツ人には旬の風物詩を毎年、飽きることなく同じように愉しむ力は長けている。

そんなドイツ人のキッチンを覗くと、ドイツ製のおしゃれな器具がずらりと並び、たいへん綺麗な印象だ。綺麗なのは無論、あまり料理をしないからである。唯一、冷凍ピザを温めるためのオーブンだけは使用頻度がきわめて高い。

病院食で体験したような火を用いない冷たい食事のことをドイツでは「冷たい食事(Kaltes Essen:カルテスエッセン)」と呼ぶ。基本的に朝食と夕食はカルテスエッセンである。パンにハムやチーズ、オプションが多い家庭では、きゅうりやトマトをのせて食べる。マヨネーズではなく大量のバターやフレッシュチーズ(Frischkäse)、ペースト状のソーセージ(Leberwurst)をパンに塗り、さらにチーズなどをのせる。バターやフレッシュチーズといった乳製品の種類は豊富で、そこにトマトペーストやハーブなどを混ぜ込むことで、少しの味の違いを愉しんでいるようだ。昼食だけはスープやパスタ、肉と茹でたじゃがいもなど温かい食事(warmes Essen:ヴァーメスエッセン)を摂る人が多い。

このように、冷たい食事を朝夕食べ続けているドイツ人だが、日本人に比べて平均して骨太で、身長も日本人より高い。この要因は何か、どうやって栄養摂取しているのだろうか。遺伝子以外の外的要因を分析したところ、以下の3つが関係しているように思われる。

  • 野菜をナマで食べること
    ドイツ人は鮮度の高いものをそのまま食べることで、ビタミンやミネラルを摂取している。幼稚園で出てくるおやつも生パプリカ、きゅうり、生にんじん、生コーラビ、トマトを手掴みで食べる食育が施されている。
  • フルーツを皮ごと食べること
    りんごの皮を剥かないのは当然のこと、ぶどう、桃、洋梨の皮も剥かない。そのまま食べる。スイカやぶどうの小さな種もそのまま食べてしまう。野菜や果物を皮ごと、種ごと食べることで、日本人以上の栄養を得ていると考えられる。
  • ナッツ類・種子類をよく食べること
    白い小麦粉でできたパンは不自然で不健康というイメージを持っているようで、あまり食べない。むしろ、かぼちゃやひまわりの種、ナッツやくるみ、干しぶどう、干しイチジクといったドライフルーツをパン生地に練り込み、大麦(Roggen)スペルト小麦(Dinkel)、小麦粉はできるかぎり全粒粉(Vollkorn)の混ざった固めのパンを食するのがドイツ流である。これは日本人が玄米を食べるのと感覚的に近いかもしれない。
(ドイツスーパーにて筆者撮影:パンの中身で栄養を摂取しようとするドイツパンの一例)

(ドイツスーパーにて筆者撮影:パンの中身で栄養を摂取しようとするドイツパンの一例)

ドイツ人の多くは、パンがふわふわしていることを奇妙で不自然だと思っている節があり、日本のようなふわふわ、もちもち、しっとり感といったものを求めていない。朝食でパンのかわりにミュズリー(müsli)と呼ばれる栄養価の高いコーンフレーク系のものを食べる家庭でも、ミュズリーの中にドライフルーツやナッツ、種が混ぜ込まれているものを食べている。

歴史的にはホールフード栄養学を唱えたヴェルナー・コラート(Werner Kollath)とマキシミリアン・ビルチャー=ベナー(Maximilian Bircher-Benner)による、加工されておらず、新鮮な野菜や穀物をできるだけ余すところなく丸ごと食して栄養を摂ることが望ましいという栄養医学的な見地(https://de.wikipedia.org/wiki/Vollwerternährung)が食文化に根付いていると言えるのかもしれない。

独断と偏見になるが、ドイツ人はこのような食事によって、ジャガイモと肉に依存する生活の中で、マイクロ栄養素であるビタミンやミネラル、食物繊維といった栄養素を摂取しているようだ。このような食文化の違いは、グルメ情報に溢れる日本の中にいるとつい見過ごしがちである。食という分野でドイツへの進出を考える人々にとって、数値では測り知ることのできない文化の違いにも充分に配慮する必要があるだろう。

以上

執筆者 吉澤 寿子(よしざわ・ひさこ)

CEO, Researching Plus GmbH
株式会社ジェイシーズ マーケティングコンサルタント(ドイツ)

早稲田大学人間総合研究センター招聘研究員。
2007年渡独。デュッセルドルフ大学現代日本研究所博士課程に在籍し、研究を重ねるかたわらResearching Plus GmbHを設立。日本企業のドイツ進出、市場調査、視察・研修等に携わっている。お茶の水女子大学人間文化研究科修士課程修了。

Researching Plus GmbH: https://researchingplus.com
連絡先:h-yoshizawa@j-seeds.jp

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