ドイツ発ユニコーン企業・TRIVAGO(トリバゴ)、新キャンパス潜入ルポ

ドイツ発のユニコーン企業・TRIVAGO

ドイツ・デュッセルドルフが誇るITベンチャー・TRIVAGO(https://www.trivago.de)が新型コロナが猛威を奮う少し前に新社屋を建設し、市内ハーフェンと呼ばれる地域に移転した。シリコンバレーのGoogleやAmazonの本社になぞらえてか、この新社屋を「キャンパス」と呼び、社員がクリエイティブでいられるような空間とサービスを提供している。
筆者はこのほど、この「キャンパス」を見学できる幸運に恵まれた。

TRIVAGO

日本では政府が「働き方改革」を声高に叫び続けて久しいが、いまだ抜本的な改革には遠いようである。長い時間働き続けている割に、労働生産性はドイツのおよそ半分という有様だ。「おもてなし」や「サービス精神」など、質という点ではドイツが日本から学ぶべきところも多かろうが、働き方という点では、日本がドイツから学ぶべきことのほうがよほど盛りだくさんであるように思う。
ドイツは欧州でも屈指の休暇大国である。日本の報道を見ていると、労働時間の短縮、DXの推進など、業務効率という議論や制度改革が少しずつなされてきているようだが、本稿では社員の労働インセンティブという切り口でTRIVAGO新キャンパスの実像を垣間見たいと思っている。

TRIVAGOは、もとはと言えばデュッセルドルフの学生がホテルの宿泊料金に特化した比較サイトを立ち上げたところからスタートしたITベンチャーで、当初はドイツ版Facebookと称されるほどの急成長を遂げたユニコーン企業である。

朝食ブッフェなるもの

新キャンパスには、昼食をとるための社員食堂とは別に、ビュッフェスペースが各フロアに設けられている。ビュッフェスペースではミュズリー(コーンフレークを健康的にしたもの)、フルーツ、ドリンクなどが置いてあり、誰がいつどれだけ食べても構わないそうだ。「朝食は家でしっかり食べてくるべし。職場は仕事をする場である」といった杓子定規な感じではなく、食べてからでも、食べながらでも仕事をすることが許されている。自宅とオフィス、プライベートと仕事の境界線があえて曖昧にされていると言ってもよいだろう。

朝食ブッフェ

社員食堂

先にビュッフェスペースについて記したが、新キャンパスの一番の醍醐味といえば、やはり社員食堂である。TRIVAGOでは50以上もの異なる国籍を持つ社員たちが働いていることを反映してか、社員食堂も実にインターナショナルだ。フードコートのような洒落た空間のなかにインドカレー、寿司、炒め物、タイカレーなどといったアジア諸国のメニューはもとより、数えきれず、回りきれないほどバラエティに富んだ多国籍食堂と言っていい。ベジタリアン向けのメニューももちろん豊富で、あらゆる宗教、食の嗜好に対応していることに感銘を受けた。

社員食堂

ゲームコーナー

先に、TRIVAGO新キャンパスではプライベート空間と仕事空間との境界線があえて曖昧にされていると述べたが、そのことを裏づける一例としてゲームコーナーが挙げられる。驚くなかれ、プレイステーションし放題の環境なのだ。さすがに、朝っぱらからゲームをしている社員は見かけなかったが、金曜日の午後ともなると、どこからともなく社員たちが集まり、ゲームをしている光景が見られるという。
先に紹介したビュッフェコーナーにはアルコール類も常備されており、ビールなどを飲みながら夜まで盛り上がることも珍しくないらしい。自宅にあるようなコージーなチェアがいくつも置いてあり、友人の家でゲームをするような感覚で過ごすことができるようになっているのを見て、ふと日本のIT企業・チームラボを率いる猪子さんが「イノベーションを起こすためには、チームでのコミュニケーションが大切」と語っておられたのを思い出した。

また、1階奥のスペースには、フィットネス・ジムが常設されている。そこでは自由に身体を動かすができ、さらには、トレーナーを予約して身体を鍛えることもできる。

ゲームコーナー

イベントを通してチームビルディング

チームごとに与えられた懇親&娯楽の予算を使い、数か月に1度、チームでイベントを行うのがTRIVAGOの恒例となっている。チーム内スタッフの持ち回りで、山登り、川下りといったイベントを企画し、アレンジする。TRIVAGO新キャンパスでは50か国以上のバックグラウンドを持つ社員が働いていることから、毎回、インターナショナルなイベントが企画される。以前、日本人社員が担当したイベントでは、和食の料理教室やカラオケが企画され、大いに盛り上がったと聞いた。イベントという、仕事とはまったく異なる体験を共有することでアイデア創出の活性化が図られているのかもしれない。

企画・提案が通るか否かは数字次第

50以上もの多国籍な社員が働く企業においてはおよそ、「空気を読む」、「忖度する」といったことはまったく意味を成さない。自分がやりたいと思う企画を通すには、兎にも角にも数字で示すことが求められる。
例えば、「温水洗浄便座はとてもいいものなので、会社で採用してほしい」などといくら力説したところで、異文化の人たちを説得することはできないだろう。ここには同じ文化の中で育ち、無意識のうちに共有されてきた価値観などというものが存在しないため、温水洗浄便座がどんなふうに良いのか、どうして必要なのかを説明し、皆の納得を勝ち得るためには、数字を使うほかないのである。入社何年目か、ポジションは何かといったことに関係なく、数字で説得できれば企画は通る、説得できなければ通ることはないと聞かされた。

遊びごころがありながらも集中できる環境

新キャンパスは驚くほどに「静寂」だった。社内であっても、基本的にLINEのようなアプリを使ってコミュニケーションを行うため、電話はどこにもない。実際に会って議論するときは、さまざまなコンセプトのミーティングルームを人数や気分に応じて予約し、参集するというスタイルになっている。

遊びごころがありながらも集中できる環境
遊びごころがありながらも集中できる環境

ソファやアームチェアに腰を下ろし、のんびりくつろいたり、はたまた気分を変えてそこで仕事をしたりもする。多目的で、一見したところ無駄であるかのような遊びごころ溢れる空間があちらこちら散りばめられている。このような遊びごころ、空間づくりは、日本企業も大いに学ぶべきところがあるのではないだろうか。
ロビー奥にもいくつものソファが置かれており、談話のためのスペースがある。どのフロアにもリビングソファがあり、近くにはスナック&ドリンクコーナーが常設されている。一人で考える時間を大切にしながら、それとともに仲間と話し合い、新たなものを創造する素地がここにはあった。

まとめ

このような労働環境の下では、日本の社畜化されたサラリーマンは自由すぎて戸惑いを隠せず、居心地悪ささえ感じてしまう人も少なくないかもしれない。それなのに、どうしてTRIVAGOの社員たちは自らを鼓舞し、成果を出し続けることができるのだろうかと考えた。
あまりに自由な環境の中では、社員ひとりひとりの自己管理能力が鍵となる。TRIVAGOではワーケーションもフレキシブルにできる。成果さえ出していれば良く、誰にも文句は言われない。

TRIVAGO新キャンパスには、仕事の質や生産性を向上させるための仕組みが整備されていた。社員ひとりひとりが徹底的に自己管理し、会社に貢献するという空気感の中にこそ、日本の働き方改革へのヒントが隠されているのかもしれない。

執筆者 吉澤 寿子(よしざわ・ひさこ)

CEO, Researching Plus GmbH
株式会社ジェイシーズ マーケティングコンサルタント(ドイツ)

早稲田大学人間総合研究センター招聘研究員。
2007年渡独。デュッセルドルフ大学現代日本研究所博士課程に在籍し、研究を重ねるかたわらResearching Plus GmbHを設立。日本企業のドイツ進出、市場調査、視察・研修等に携わっている。お茶の水女子大学人間文化研究科修士課程修了。

Researching Plus GmbH: https://researchingplus.com
連絡先:h-yoshizawa@j-seeds.jp

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