なぜドイツの山奥ではネットワークが切れるのか?

はじめに

タイトルの通り「なぜドイツの山奥ではネットワークが切れるのか?」。
筆者は仕事柄、国内出張が多いのだが、長距離移動には大抵列車を使う。ドイツの特急「インターシティエクスプレス(通称ICE)」だ。車中ではPCに向かって作業している人、携帯通話が可能な車両では仕事の電話や、ウェブ会議に参加している人が多くいる。私を含めこうした出張者を恐怖させるのが、「ヴァイセ・フレッケ」と呼ばれるデジタルの空白地帯だ。列車が駅を出ると早速、ドイツの広々とした丘陵地帯が待ち受けているのだが、そこに差し掛かった瞬間、車内から「あー」という声が漏れる。ネットワークの接続が悪くなってしまったのだ。

鉄道の通信インフラ

しかし、先日反対の現象に遭遇した。ベルリン・ミュンヘン間の新しい路線(2017年開通)ではトンネル内を含めて、ずっとオンラインだったのだ。おそらく、トンネル内にも通信インフラが敷設されているのだろう。こうした新設路線の場合、建設計画の段階で通信網のインストールも入っているのだが、他の既存路線では後から通信インフラを拡張しなければならない。ハンデルスブラット紙の記事にあったのだが、通信インフラの拡張工事について通信事業者は鉄道資産の所有者であるドイツ鉄道から工事への「同意」を得なければならず、それがなかなか得られないために工事が遅々として進まないそうだ。

つまり、このような通信ケーブルの敷設工事は原則として、トンネル内で何か他の鉄道設備に関する工事があるときに抱き合わせで行われる。ドイツ鉄道としては、工事の度にトンネルを封鎖しなければならないので、なるべく多くの工事を一度にまとめて行いたいのだ。だがその機会を待っていると、いつ通信ケーブルの工事が入るのやら全く見通しが立たない。

もうひとつのアプローチは列車車両を改造するというものである。携帯電話の受信状態を良くするために、電波透過性の高いガラス窓を設置したり、あるいは列車内に新しい中継器を設置して、電波が利用者によく届くようにする。しかしこれも全ての車両について実施する必要があり、実際には行われていない。ちなみにフランスなどでは列車内での携帯電話接続はドイツよりもずっと良いらしい。

ドイツの光ファイバー普及状況

欧州の技術大国のように言われるドイツだが、デジタル化では大きく出遅れている。欧州デジタル経済社会指数(DESI、2022年報告書)において、ドイツはEU加盟27カ国中13位にとどまっている。デジタルインフラ、つまりネットワークへの「接続性」ではこれでも第4位で、EU加盟国の平均を上回るものの、技能労働者に関する「人的資本」については16位、企業のデジタル浸透度を測る「データ技術のインテグレーション」では16位、さらにデジタル公共サービスについては18位とEU平均を下回っている。

ドイツ政府は2022年8月31日にドイツデジタル戦略(Digitalstrategie Deutschland)を発表した。中でも政府がトップ目標として挙げているのが、光ファイバー接続の普及である。日本人ならば、何をいまさら?と思うかもしれない。それもそのはずで、日本の光ファイバー接続の普及率はすでに8割を上回っている一方、ドイツの普及率は現在でも20%未満である。同じ欧州でもラトビア、リトアニア、スペイン、スウェーデンでは70%を超えている。なぜ、ドイツで光ファイバーは普及していないのか?これにはドイツの基本インフラの特徴が関係している。

ドイツの街ではほとんど電信柱を見ることがないが、これは地下にケーブルを埋設しているためだ。光ファイバーケーブルはこの地下埋設の電線と一緒に入れなければならないので、掘削工事など考えると工事が非常に高くなる。そのインフラ拡張を請け負う通信事業者はほとんどのケースで負債を抱えており、光ファイバー事業のための新たな融資を受けることができない。そこで通信事業者らは、これまで光ファイバーという高額な投資を避け、ほとんど償却済みの銅製インフラを引き続き利用してきたのだ。 今後、光ファイバー工事が本格化するかもしれないが、それも通信事業者単独ではやりきれず、外部投資家を募って実施する予定だ。

ようやくベルリンにも光ファイバーがやってくるらしい…。

ようやくベルリンにも光ファイバーがやってくるらしい…。

政府のギガビット戦略

ドイツ政府はギガビット戦略に定められたとおり、政府は2025年までに50%の世帯と企業に光ファイバー接続を導入することを目標にしている。移動体通信では2026年までに全国で途切れることのない音声・データ通信を実現したいとしている。ドイツはこのデジタル戦略の施策により、DESIでトップ10入りを目指したいとしている。

しかし、野党も産業界もこの程度の低い目標に呆れ果てている。キリスト教民主同盟/キリスト教社会同盟(CDU/CSU)を代表してナディーネ・シェーン議員は、2025年までにドイツの50%の家庭を光ファイバーでつなぐという目標について「すぐにでも達成できる野心的でない目標」としている。全般にわたり戦略にはビジョンが欠けているとし「デジタル政策はギガビット拡大以上のものであるはずだ」と述べた。

事業者団体も同様の意見である。情報通信・ニューメディア産業連合会(Bitkom)のアヒム・ベルク理事長は、プレスリリース(8月30日)を通して、今回のデジタル戦略はあまりにも多くの領域で野心に欠けているとしている。 例えば、EUのデジタル指標で10位に入るという目標も、わずか3位の追い上げで可能なものであり、それが達成されても中盤のポジションを得たに過ぎない。

製造業におけるプライベート通信インフラ

困ったことに時代はすでに5Gに突入している。日本ではすでに6G実用化も目前だ。スマートファクトリーではさまざまなセンサー、機械、機器、ITシステムがコネクトされる中で、やりとりされる情報の量も飛躍的に多くなり、各設備、装置間のリアルタイムでのコミュニケーションが通常の状態となっている。5Gはワイヤレスコミュニケーションを前提としたもので、これによりリモート端末のリアルタイム制御の可能性が広がる。

AR/VRを使ったリモート操作、メンテナンスやトレーニングも本格化するだろう。AGV、ロボットシステム、モバイルの操作パネルなどもリアルタイムで制御が可能となる。配線作業が必要ないため、機械の立ち上げも早くなる。自動車、さらにはドローンなど未来の乗り物でも同様である。インテリジェントな交通情報やルーティングは常時オンラインが前提で、その接続が信頼できなければ、損失が出るのみならず、事故すらも起こしかねない。

製造業の5G導入への関心は非常に高い。ドイツの大手化学会社BASF、自動車メーカーのBMW、フォルクスワーゲン、メルセデスベンツらは自社にプライベート5Gネットワークを構築することを計画している。彼らはWIFIなどのパブリックネットワークは接続の安定性などの面で十分な信頼性に欠けると考えており、規制当局(連邦ネットワーク庁)への高いライセンス料やインフラ整備コストを支払ってでも、専用のネットワークを敷き、5Gのもたらすメリットを享受しようとしている。

終わりに

さて今回はなぜドイツの山奥ではネットワークが切れるのかについて考察してみた。結果からすると2025年、2026年あたりまでは電波の届かない地帯が埋まることはないようだ。出張中、強制的なオフラインで作業の手が止まったら、車窓からの風景を楽しむしかない。これもなかなかに良い体験だ。ICEの車窓から広がる風景は四季を通じて色彩豊かで、本当に素晴らしいものだ。

電車の車窓(筆者撮影)

電車の車窓(筆者撮影)

執筆者 三宅 洋子(みやけ・ようこ)

CEO, Miyake Research & Communication GmbH

留学生として渡独し、学業のかたわらドイツ語通訳者としてのキャリアをスタートする。
2008年頃より日本の官公庁、企業向けに海外調査を開始。主にドイツの政策制度、イノベーションに関わる調査を担当。2015年、Miyake Research & Communication GmbHをベルリンに設立。ハノーヴァー大学哲学部ドイツ語学科博士課程修了(Dr. Phil.)。

Miyake Research & Communication GmbH:https://miyakerc.de
連絡先:y-miyake@j-seeds.jp

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