3年ぶりに開催されるハノーバーメッセ。注目はSDGs

世界でも最も重要な産業見本市と称されるドイツ・ハノーバーメッセが、2019年以来3年ぶりに開催される。2020年はコロナパンデミックにより延期の後、中止となり、翌2021年はフルバーチャルでの開催となっていた。

今年は5月30日から6月2日まで、会期を1日短縮して開催される。従来は4月末に開催されてきたが、今年はやや後ろ倒しとなった。まさに満を持しての開催といえるが、その背景には出展者側の強い要望があったらしい。バーチャル開催も悪くはないが、やはり、リアル開催に勝るものはないという声が圧倒的だったという。デジタル化を象徴する展示会で、物理的形態が待望されたというのも面白いが、コロナ禍を通じて五感で体験することの大切さを人類は改めて学んだのかもしれない。

さて、ここ欧州では、リアルな展示会が復活してきたとはいえ、日本から欧州への出張はまだまだハードルが高いようである。例年なら、学会に、視察にと海外に繰り出してきそうなビジネスパーソンも、まだまだ用心深い印象がある。そこで今回は、今はまだ現地へ飛べない皆様に代わり、一足早くハノーバーメッセの注目テーマをダイジェストでご紹介したいと思う。

展示会風景

展示会風景

今回のハノーバーメッセをひと言で表現するなら「SDGs」ということになる。気候中立、循環型経済、持続可能なエネルギーがキーワードとして取り上げられている。昨年、ドイツ政府は当初2050年としていた気候中立目標を5年前倒しし、2045年とした。また現在、法律で2038年と定められている石炭火力発電からの脱却を2030年に前倒しする計画も上がっている。直近では、ロシアのウクライナ侵攻にともない、一刻も早い露ガスからの脱却を迫られており、これまで以上に再エネの導入が加速することは確実と見られている。

水素・燃料電池技術

ドイツ鉄道のメッセ専用駅から通用する長い回廊を経て、南側の入場口から入場するとすぐにエネルギー分野の展示が見える。このフロアは欧州最大の蓄電・燃料電池関連のプラットフォームを形成し、毎年200を超えるエネルギー関連企業が出展している。なかでも、今回の注目はグリーン水素技術である。ドイツ政府は2020年6月、「国家水素技術戦略」を発表し、水素技術をポストコロナの経済復興の柱に据えている。

水素はCO2排出ゼロの燃料として製鉄業、燃料電池車への利用が期待されているが、同時に再エネの余剰電力を活用する技術でもある。例えば、水素発生施設のエンジニアリング企業GP JOULE(Halle 13, D30)が紹介する「efarm」プロジェクトでは、風力発電所の近くに5台のPEM電解槽(各225kW)を設置し、電力系統にインテグレートされたかたちで水素を発生させる。

そこからトラックで水素ステーションへ輸送し、燃料電池車に充填する。スペインのIberdrola(Hall 13, B50)とスウェーデンのスタートアップH2 Green Steel(H2GS)はイベリア半島に1GWの電解槽を建設し、2025年稼働予定の直接還元設備に投入する。H2GSによれば、将来的には「CO2排出量を95%削減した」鉄鋼の生産が可能になるという。

風力発電

風力発電

また、水素の利用は自動車や製鉄の分野にとどまらない。APUSグループ(Halle 13, Stand B23)は、PowerCell(燃料電池)(Halle 13, C60/1)、フラウンホーファー研究所(高電圧アプリケーション)、COTESA(水素貯蔵技術)、HEGGEMANN(水素供給と安全技術)とともに、ゼロエミッションの航空エンジンを開発している。

ドイツのスタートアップHome Power Solutions(Halle 13, C28)は一般家庭向けエネルギー供給システム「Picea」を開発。太陽光発電による電力を蓄電し、充電量を超える電力は家庭用水素発生器で水素に変換後、特殊なガスボンベに貯留しつつ、必要に応じて再び電力化して利用する。化学反応により生じる排熱も温水として台所や暖房システムと接続して利用し、完全に自立した自家エネルギー供給を実現している。

ハノーバーメッセでは今年から「H2Eco Award」を創設し、優れたイノベーションに対して表彰することとした。ドイツはグリーン水素の応用技術で世界をリードしたいとしている。

カーボン・ニュートラル

EU委員会は2023年以降、売上高4,000万ユーロ以上、従業員250人以上の企業に対し、サステナビリティ情報をデジタル形式で公開することを義務づける方針だ。これは欧州の企業区分基準で「大企業」とされる全ての企業が対象となることを意味している。欧州のグローバルプレーヤーたちは、投資家や市場の要求もあってすでに取り組みを始めており、気候中立を達成している事例も見られる。

ダイムラーは今年から生産現場を気候中立化し、ボッシュに至ってはすでに2020年までにCO2排出量完全ゼロを達成した。日本企業も例外ではなく、欧州市場に対応してCO2排出量の開示を迫られる事案が見られる。旭化成は、今年5月から自動車や家電向け樹脂の原料調達から生産までに排出されるCO2量を自動車大手などの顧客に開示することとした。

CO2

CO2

企業によるカーボン・ニュートラルへの第一歩はまず、現在のCO2排出量を正しく把握することから始まる。そして、企業内のいずれの部署、いずれの工程から多く排出されているのか、サプライヤーの排出状況はどうかなどがわからなければ対処のしようもない。しかし、数多くの企業がこの初期のフェーズで躓いているようだ。ボストンコンサルティンググループの調査によれば、国際企業のうち僅か9%しかCO2排出量を正しく、包括的に定量化できていないという。

ハノーバーメッセ出展企業の一つであるシーメンス(Halle 9, D49)は、サプライチェーンにおけるCO2排出量データを取得し、自社の操業プロセスにおける排出量データと組み合わせて、製品の実際のカーボンフットプリントを導出するソフトウェアを発表する。また、2020年に創業したスタートアップPlanetlyは、CO2排出量を測定するプラットフォームを開発し、すでにBMWなどいくつかの有名企業を顧客としており、ドイツの次なるユニコーンとして期待されている。ハノーバーメッセでは、Planetly社の創業者で、カーボンフットプリントを今世紀史上最も重要な企業KPIであると語るアネ・アレックス氏が登壇する。

循環型経済

カーボンフットプリントもそうだが、ある製品やサービスが生まれた軌跡をたどるというのはこれからのリサイクリングにも言えそうだ。これまでは、リサイクリングというと廃棄物の山を目の前に事後対処的な解決を考えるのが主流であり、ものづくりとは完全に切り離されていた。しかし、昨今の循環型経済にあっては、すでに設計段階から循環を考える必要が生じている。

たとえば、BMWはより持続可能な自動車設計のプロトタイプである「BMW i Vision Circular」を発表している。このコンセプトでは、廃車のリサイクルを困難あるいは不可能にしている複合材と接着剤が一貫して排除される。ハノーバーメッセにも展示される車載用蓄電池の研究プロジェクト「InnoLogBat(Innovation Laboratory for Battery Logistics in E-Mobility)」では、生産工程や最終製品のみならず、環境にやさしい車載用バッテリーの輸送と保管、定置用蓄電池としての再利用などが研究されている。

電気自動車の電池はメーカー保証による稼働時間を過ぎても、システムとしてはほぼ完全に動作しており、わずかな容量損失があるばかりである。車載用の安全基準はきわめて高いため、そのままの状態で定置用の基準を満たし、少なくとも回収から10年は利用可能と推定されている。電力バッファーとして電力系統の安定にも寄与することから経済的なメリットは倍増し、環境への適合性も向上する。このように、循環型経済とは、その設計や生産段階の早い段階から循環を考え、原材料ができるかぎり長く使われ、廃棄物、排出物を生み出さない活動であると言うことができる。

缶の廃棄物

缶の廃棄物

もちろん、このような背景には、さまざまな規制による方向づけがあることも事実だ。蓄電池に関しては2020年の「EUバッテリー指令」などがそれにあたる。リサイクリング規則は多岐にわたり、また刻々と変化している。企業は自社の製品の販売地域において、どのようなリサイクリング規則があり、どのように適応されているのかを常にフォローしなければならない。SAP(Hall 4, D04)が展示する「Responsible Design and Production」は、企業が公的な規制、標準を把握し、下流工程に関連する運用コストを管理し、マテリアルフロー全体の可視性を向上させることができる。持続可能な製品ポートフォリオを築き上げる場合、経営者がより的確な意思決定を行えるよう支援するERPである。

終わりに

今年のハノーバーメッセは「全ての道はカーボン・ニュートラルに通じる」と言わんばかりの勢いだが、こうしたトレンドは今後もしばらく続くと見られる。当時はまだ半ば絵空事のように思われた技術も、数年先にはしっかり市場化されていたといったケースも事欠かず、ゆえにハノーバーメッセは侮ることができない展示会である。今回は筆者自身にとっても久々のライブ視察となる。五感を研ぎ澄ませてさまざまな情報を吸収せんと意気込んでいる。

出典など
https://www.now-gmbh.de/projektfinder/efarm/
https://www.stahleisen.de/2021/12/07/h2gs-und-iberdrola-planen-wasserstoff-basierten-stahlstandort/
https://www.hannovermesse.de/de/news/news-fachartikel/die-unterschaetzte-relevanz-der-esg-kennzahlen
https://www.bmw.de/de/topics/faszination-bmw/bmw-concept-cars/bmw-i-vision-circular-ueberblick.html?&tl=sea-gl-GSP%20(BS)%20BMW%20Circularity-mix-miy–sech-BMW%20iVision%20Circularity-.-e-bmw%20i%20vision%20circular-.-.&clc=sea-gl-GSP%20(BS)%20BMW%20Circularity-mix-&gaw=sea:133767897071_kwd-1413977957209&gclid=EAIaIQobChMIjffzqITY9wIVyOJ3Ch1uews4EAAYASAAEgLYrPD_BwE&gclsrc=aw.ds
https://www.hannovermesse.de/de/news/news-fachartikel/nachhaltige-batterien-in-der-e-mobilitaet
https://www.hannovermesse.de/de/news/news-fachartikel/sap-schnellerer-umstieg-auf-kreislaufwirtschaft

執筆者 三宅 洋子(みやけ・ようこ)

CEO, Miyake Research & Communication GmbH

留学生として渡独し、学業のかたわらドイツ語通訳者としてのキャリアをスタートする。
2008年頃より日本の官公庁、企業向けに海外調査を開始。主にドイツの政策制度、イノベーションに関わる調査を担当。2015年、Miyake Research & Communication GmbHをベルリンに設立。ハノーヴァー大学哲学部ドイツ語学科博士課程修了(Dr. Phil.)。

Miyake Research & Communication GmbH:https://miyakerc.de
連絡先:y-miyake@j-seeds.jp

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