ドイツ政府のウクライナ難民受け入れは移民政策の「ダブルスタンダード」か

増え続けるウクライナからの戦争難民

2022年2月24日にロシア軍がウクライナに侵攻して以降、多くのウクライナ人が祖国を追われている。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によれば、その数はすでに450万人を超えているという。ドイツでも4月6日までに31万人のウクライナ人が戦争難民として登録された。空路は閉鎖されているため、多くは鉄道などの陸路でドイツに到着する。ポーランド、チェコ方面からの陸の玄関口となっているベルリン中央駅は、列車が到着する度に巨大なスーツケースに子供を連れた避難民らしき人々で混み合う。その多くは女性である。ウクライナから逃れてきた人達の84%までが女性で、そのうち58%が子供を連れているという。ワルシャワとベルリンを直接結ぶユーロシティーは1日に4本。直通でも6時間以上はかかる。プラハからはドレスデンを経由して2時間おきに列車が到着する。ホームでは安全ベストを着けたスタッフらに誘導され、さしあたりベルリンでの滞在を希望する人は駅前から出る送迎バスで宿泊所に移動する。さらに西を目指す人はチケットセンターの長い列に並ぶ。ドイツ鉄道ではウクライナからの入国、さらに国内移動の鉄道運賃を全て無料とした。ウクライナからの避難民はシェンゲン国のEU加盟国であれば、ビザなしで自由に移動することができる。

現在、どこの州でも受け入れ施設の拡張を急ピッチで進めている。ドイツでは2015年にピークを迎えたいわゆる「難民危機」もあり、収容キャパはそれなりにある。にもかかわらず、すでに複数の州で収容数のリミットに近づきつつある。ノルトライン=ヴェストファーレン州は4月6日の時点ですでに10万人以上の避難民を受け入れており、急きょ9,500人分のベッドを新たに確保した。ハンブルク州とその隣のシュレスヴィヒ=ホルシュタイン州でも、あわせて15,000人分を追加している。多くは行政がホテルを借り上げたり、プレハブ式の簡易施設を設置するなどして対応している。

Berlin中央駅

Berlin中央駅

ウクライナからの難民に対する経済支援

4月10日付『東洋新聞オンライン』に掲載された記事「ウクライナ難民受け入れ。フランス移民政策の混沌」を読んだ。詳しくは記事に譲るが、フランス政府のウクライナ難民に対する異例の厚遇と、その他の難民に対する取り扱いとの差について疑問を呈したものであった。

現在、ドイツでも同じことが起こっている。連邦政府は4月7日、ウクライナからの難民に対する経済支援について、ドイツ在留を許可された難民と同程度とすることを発表した。これはドイツの生活保護制度にあたる「失業給付II」受給者と同じ扱いを受けるということであり、在留の審査中にある者よりも高い給付、より良い医療を受けられることを意味する。

調べてみると、失業給付IIの給付額は1人世帯で月額446ユーロである。この他に社会住宅への入居が認められ、健康保険の保険料は連邦雇用庁が負担する。その代わり就職活動を行うことが義務付けられている。これに対して、通常の避難民が入国後、在留・退去決定までの間に受ける「基本給付」は食事、宿泊、暖房、衣服、健康維持について最小限の給付を行うというもので、収容施設内では全て現物で支給される(庇護申請者給付法第3条)。収容施設でない場合は現金での給付となるが、この支給額は1人世帯で月額約220ユーロである。今回の政府決定は、通常、ドイツに庇護申請した者が受けるべき審議をすっ飛ばして、無条件に次のステップを約束したというわけだ。

この政府の決定については世論としても批判がある。4月8日のドイツ国営放送ZDFの朝のニュース番組「ZDF Morgenmagazin」にはベルリン市長のフランチスカ・ギファイ氏が出演し、政府のダブルスタンダードとも言える決定について問われていた。市長は「ウクライナ難民には、出国まで普通に就労していた方が多い。一刻も早く社会的な生活を送れるようになりたいとの意見が大勢を占めた」と述べた。だが、「なぜ入国後すぐに高い給付を保障されるグループとそうでないグループとがあるのか、不公平ではないか」と質問したインタビュアーへの回答にはなっていなかった。

ドイツ連邦議会と国旗

ドイツ連邦議会と国旗

現行の移民政策とのギャップ

そもそもドイツは近年、移民の受け入れプロセスを迅速化し、情状酌量の余地のないシステマティックな制度を作り上げていた。これは2015年、2016年に100万人を超える難民を受け入れる中で確立されてきたもので、入国から事情聴取、在留・退去決定までの一連の手続きを6ヶ月以内に完了するようにしている。審査中は上記の現物支給での生活が基本で、移動も制限される(移動の制限については2015年12月31日ケルン市の年越しで1,000人以上の庇護申請者らが街中で女性を襲撃する事件が起こったことを踏まえている。)。在留不可の決定が下されると、給付が打ち切られ、確実に帰国の途に着かされる。過去には病気などを理由に退去が遅れることもあったが、これも現在は命に関わるようなケースを除き延長は認められない。

さらに、一般的に見て自国、あるいは他国による迫害の恐れがなく、領土内での保護が十分見込める国を「安全な出身国」とし、この適応を広げていた。その中でアルバニア、コソボ、モンテネグロの3国が2015年以降、安全な出身国との指定を受けている。在留のための審査こそ行われるが、安全な出身国からの在留希望者は、出身国の安全性を覆すような個別の迫害の危険を証明する必要があり、通常、ほぼ在留は認められない。

このような受け入れ厳格化の一方で、在留見込みがある者については許可が下りる前から、労働市場への統合に向けた支援が開始される。2020年からは新しい法律「技能者に係る移民法」も発効した。ドイツの移民政策は、経済の需要に応じた労働移民や高度人材の受入れ促進という、選択制を採用したものにいっそう進化しつつある。その背景には、ドイツの深刻な人手不足という現実がある。

このような流れの中で、今回の政府の支援策には合理的な説明が求められている。ドイツの長期的な労働力の補填として、彼らが期待されているのであれば、現行の移民政策の延長上にあるものとしてまだ説明もつく。しかし、何かしら感情的なものが背後にあっての措置ならば、他の難民に対しては不公平、またフランスでも言われているように、人種差別的な決定と批判されても仕方がないであろう。

出典など
Mediendienst Integration: Flüchtlinge aus der Ukraine. https://mediendienst-integration.de/migration/flucht-asyl/ukrainische-fluechtlinge.html
東洋経済新聞Online 2022/04/10: ウクライナ難民受け入れフランス移民政策の混沌。仏政府の姿勢に「ダブルスタンダード」との批判も。
ZDF Morgenmagazin 2022/04/08: Giffey „Gleichbehandlung“ für Flüchtlinge. https://www.zdf.de/nachrichten/zdf-morgenmagazin/giffey-gleichbehandlung-fuer-fluechtlinge-grundsicherung-ukraine-100.html
ドイツニュースダイジェスト2016/01/11: ケルン、大晦日の女性襲撃事件まとめ被害届516件に。http://www.newsdigest.de/newsde/news/news/7528-2016-01-11/

執筆者 三宅 洋子(みやけ・ようこ)

CEO, Miyake Research & Communication GmbH

留学生として渡独し、学業のかたわらドイツ語通訳者としてのキャリアをスタートする。
2008年頃より日本の官公庁、企業向けに海外調査を開始。主にドイツの政策制度、イノベーションに関わる調査を担当。2015年、Miyake Research & Communication GmbHをベルリンに設立。ハノーヴァー大学哲学部ドイツ語学科博士課程修了(Dr. Phil.)。

Miyake Research & Communication GmbH:https://miyakerc.de
連絡先:y-miyake@j-seeds.jp

当社は、海外事業展開をサポートするプロフェッショナルチームです。
ご相談は無料です。お気軽にご連絡ください。

無料ご相談フォームはこちら