ビザが出ない?トランプ時代のビザ発給状況

発給が厳格化されたH-1Bビザ

 2017年9月にアメリカ連邦最高裁判所が、トランプ大統領が出した中東アフリカ六カ国のイスラム国家の住民のアメリカへの入国禁止を命じる大統領令を、条件付きで認める判決を出しました。特定国からの移民や入国を禁じる大統領令が裁判所のお墨付きを得た形ですが、トランプ政権になってから一般的なアメリカ入国ビザが、特にアメリカでの就労を認めるビザの発給が、以前よりも厳しくなっています。

 スタンフォード大学、ハーバード大学、マサチューセッツ工科大学などのアメリカの超一流大学へは、特にエンジニアリングやコンピューターサイエンスなどの理工系学部へは、世界中から多くの優秀な若者が留学します。通常は大学院まで進学して修士以上の学位を取得し、卒業して帰国するか、卒業後もアメリカへ残って仕事を探します。その際、留学生にはH-1Bビザという就労ビザの取得が求められます。このH-1Bビザの取得が、特にイスラム圏出身の留学生にとって、非常に難しくなって来ているというのです。

移民起業家を取り巻くビザの問題

 ニューヨークにバーチャルリアリティ技術を開発するYouVisitというスタートアップ企業があります。YouVisitはヨルダンからの留学生、タハー・バダーカン氏が設立した会社です。タハー・バダーカン氏も大学卒業前にH-1Bビザを取得し、当初は会計事務所などに勤務しながらYouVisitの設立準備を行い、設立を果たしました。準備期間中、バダーカン氏は転職をしたのですが、転職先がスポンサーになってくれて何とかH-1Bビザを取得出来たそうです。

 しかし、トランプ政権に変わり、ビザ発給条件が厳しくなった今では、同じようにH-1Bビザを取得出来るかわからないといいます。仮にH-1Bが取得出来ない場合、バダーカン氏は強制送還されるリスクがあります。また、ビザ取得のために一度ヨルダンへ帰国したとしても、ムスリムであるバダーカン氏のアメリカへの再入国にはセキュリティチェックなどの再審査が必要で、困難が予想されるといいます。

 バダーカン氏は、ビザが取得出来ずに強制送還されたり、アメリカ入国のための審査でアメリカへ再入国出来ないリスクがある今の状況では、トランプ政権前の時のように簡単には起業出来ないといいます。ビザを巡る問題は、バダーカン氏のようなムスリムの留学生においてとりわけ深刻になってきています。

移民起業家が生み出すニューエコノミー

 起業が盛んなアメリカにおいて、移民起業家が果たす役割は小さくありません。起業家支援・育成で有名なカウフマン財団の調査によると、2006年から2012年にアメリカで設立されたハイテクスタートアップ企業の創業者の、実に44%が移民起業家だったそうです。

 今を時めくハイテクベンチャー企業も、移民起業家が立ち上げたものが少なくありません。Paypal共同創業者で現テスラモーターズCEO、スペースエックスCEOのイーロン・マスク氏は南アフリカ出身の移民起業家です。WhatsAppの共同創業者ジャン・コウム氏は、ウクライナ出身の移民起業家です。Googleの共同創業者セルゲイ・ブリン氏もモスクワからの移民起業家で、スタンフォード大学在学中にGoogleの検索アルゴリズムの原型を開発しています。オラクルに買収されるまでワークステーション市場のリーダーだったサンマイクロシステムズの共同創業者ヴィノッド・コースラ氏も、インドからの移民起業家です。

 Yahoo!共同創業者ジェリー・ヤン氏は台湾からの移民起業家だし、eBay創業者ピエール・オミダイア氏はパリからの移民起業家です。その他にもインテル、AT&T、コムキャスト等々、枚挙に暇がありません。要するに、アメリカで生まれるニュービジネスの大半は移民起業家か、移民の息子や娘が立ち上げているというのが現実なのです。

シリコンバレーのエコシステムに与える影響

 トランプ政権の移民政策がアメリカのハイテクスタートアップ企業に与える影響は小さくありません。トランプ大統領が出した大統領令にはH-1Bビザ取得審査の厳格化も含まれており、上述の通り、実際に発給が厳しくなってきています。H-1Bビザ発給の厳格化は、間違いなくアメリカでの起業を目指す移民起業家を、特にイスラム圏からの移民起業家を、大きく減らすでしょう。

 Appleのティム・クックCEOは、ホワイトハウスでのトランプ大統領とのミーティングで、Appleの移民社員が「不安を覚えている」と話し、トランプ大統領の移民政策に否定的なコメントをしています。シリコンバレーの有力スタートアップアクセラレーターのYコンビネーターCEOのマイケル・シーベル氏も、トランプ大統領の移民政策が「シリコンバレーのエコシステムを危機にさらす」と警告しています。シーベル氏は、シリコンバレーのエコシステムは「デリケートなエコシステム」で、見た目より実際は小さいと訴えています。そのような脆弱なエコシステムへの移民起業家の流入を減らすと、間違いなく全体に悪影響を及ぼすぞと言いたいのでしょう。

 「アメリカファースト」で一貫するトランプ大統領の移民政策は、実際にシリコンバレーを委縮させ始めています。そして、その影響が目に見える形で具体化した時には、取り返しがつかない状況になっているかも知れません。そして、トランプ大統領によるビザ発給厳格化のこのトレンドは、アメリカの同盟国日本に対しても及び始めているのです。

執筆者 前田 健二(まえだ・けんじ)

上席執行役員、北米担当コンサルタント

大学卒業と同時に渡米し、ロサンゼルスで外食ビジネスを立ち上げる。帰国後は複数のベンチャー企業のスタートアップ、経営に携わり、2001年に経営コンサルタントとして独立。事業再生、新規事業立上げ、アメリカ市場開拓などを中心に指導を行っている。アメリカ在住通算七年で、現在も現地の最新情報を取得し、各種メディアなどで発信している。米国でベストセラーとなった名著『インバウンドマーケティング』(すばる舎リンケージ)の翻訳者。明治学院大学経済学部経営学科博士課程修了、経営学修士。

連絡先:k-maeda@j-seeds.jp

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