自動運転車の普及はアメリカの車社会をどう変えるのか?

自動車の所有者が個人から法人に

大手コンサルティングファームのアクセンチュアがスティーブンス技術研究所と共同でまとめたレポートによると、2035年のアメリカでは2,300万台の自動運転車が公道を走行し、全車両2憶5千万台の9.2%を占めるまで普及すると予想しています。自動運転車の普及は一般庶民のカーライフを大きく変える可能性があるほか、保険業界にも大きな影響を与える可能性があるとされています。

自動運転車の普及により、まず変わるとされるのが車の所有形態です。多くの専門家が予想するのが、自動運転車はこれまでのように個人が所有するのではなく、自動車メーカーやマイクロソフト、GoogleといったIT企業、またはライドシェアリングなどのスタートアップ企業が所有するようになるという事です。

GMなどの一部の自動車メーカーはすでに、このフリート・ベースド・オーナーシップ(Fleet based ownership)と呼ばれる新しい所有形態の実験を、ライドシェアリング大手のLyftと共同で始めています。自動運転車の多くは企業が所有し、ユーザーにタイムシェアで貸し出す形になると予想されているのです。

個人の自動車保険契約者の減少、全体の事故数の減少

車の所有形態が変わり、車のオーナーシップが個人から企業へシフトするという事は、そのまま個人の自動車保険契約者が減少するという事も意味します。そして、個人の自動車保険契約者が減少するという事は、保険会社の収入減少に直結する可能性があります。

また、自動運転車の普及により、交通事故の件数も大きく減少すると予想されています。アメリカ交通省が行った調査によると、アメリカで発生する交通事故の98%が、ドライバーの運転操作ミスなどのヒューマンエラーを原因としています。自動運転車が普及する事で、交通事故件数を大きく減少させる事が可能になると期待されているのです。

一方で、交通事故件数の減少は保険会社の保険金支払い負担も減少させ、さらには保険料収入の減少にも直結します。ある調査では、自動運転車の普及が本格化すると見込まれている2026年頃より保険会社の保険料収入は減少し始め、2035年までに現在の水準から12.5%程度減少すると見込まれています。

また、アメリカ人の都市部への人口移動、ライドシェアリングの普及、若者の車離れといったトレンドも、保険会社の経営に悪影響を及ぼす可能性があります。保険会社にとっては、厳しい経営のかじ取りが求められる苦難の時代がやってきそうです。

自動車保険に変わる新たな収益確保も

自動運転車の普及により、保険会社の保険料収入が減少すると見込まれているものの、保険会社にとって幸いなのは、自動運転車の普及がゆっくりのペースで進むと見込まれていることです。保険会社は、自動運転車が広く普及する前に、新たな収益を確保する必要があります。

スティーブンス技術研究所は、以下の分野で保険会社が新たな収益を確保できる可能性があるとしています。

(サイバーセキュリティ保険)
自動運転車を含む最近の自動車は、無数のハードウェア部品で構成されていると共に、無数のソフトウェアでも構成されています。最近の自動車の多くはIoTでインターネットにつながり、各種のサーバーやアプリケーションなどを管理しています。当然ながら、そのような環境ではサイバーセキュリティ上の脅威が存在します。そのような脅威に対する保険のニーズは、相当大きいと見ていいでしょう。

(PL保険)
自動運転車に搭載されるセンサーなどの部品は高価なものが多く、交換などの際にコストが必要になります。またソフトウェアなども、バグなどで誤作動する可能性があります。保険会社にとって、PL保険の対象として自動運転車は非常に魅力的です。自社が製造した自動運転車の瑕疵を担保してくれるPL保険に、メーカーは喜んでお金を払うでしょう。

(インフラ保険)
ネットワークシステム、公道、信号といったインフラで発生する不具合や突発事故などによる損害を補償する保険も保険会社の新たな収益になるでしょう。包括的なパッケージ保険として提供された場合、それなりの収益になる可能性もあります。

保険業界の縮小均衡は必須か

いずれにせよ、自動運転車の普及とそれによる保険料収入の減少が見込まれる保険業界では、新たな収益の確保に失敗した際は特に、業界の縮小均衡が必須となるでしょう。

実際のところ、保険業界にもAIの影響が及び始めています。日本の某大手生命保険会社も最近AIを導入し、加入者に最適な加入プラン作成をさせるなどし始めています。また、保険料率などの計算にもAIを活用し、人間の仕事を奪い始めています。保険業界においては、AIは「省人化」のためのツールとして使われ始めているのです。

自動運転車は、運転手という人を「省人化」するというイノベーションの実現を目指しているのですが、そのイノベーションの実現が、保険会社の「省人化」を促す事になりそうである事は、ある種の皮肉と言えるでしょう。保険業界の関係者には、そのような笑い話にもなりかねないような話を打ち砕く、業界全体を一変させる大胆な経営戦略を打ち出していただきたいと願う次第です。

執筆者 前田 健二(まえだ・けんじ)

上席執行役員、北米担当コンサルタント

大学卒業と同時に渡米し、ロサンゼルスで外食ビジネスを立ち上げる。帰国後は複数のベンチャー企業のスタートアップ、経営に携わり、2001年に経営コンサルタントとして独立。事業再生、新規事業立上げ、アメリカ市場開拓などを中心に指導を行っている。アメリカ在住通算七年で、現在も現地の最新情報を取得し、各種メディアなどで発信している。米国でベストセラーとなった名著『インバウンドマーケティング』(すばる舎リンケージ)の翻訳者。明治学院大学経済学部経営学科博士課程修了、経営学修士。

連絡先:k-maeda@j-seeds.jp

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