ドイツの最先端AIスタートアップ・Cognigy (コグ二ジー)訪問レポート

先日Cognigy(コグニジー)というドイツのAIスタートアップ企業を訪問する機会がありました。同社はAIを活用した、顧客対応や業務プロセスの自動化を支援するITソリューションを提供しています。今年の夏には、顧客体験(CX)分野の大手である米国企業の NiCEによる買収が発表され、ドイツだけではなく業界で大きな注目を集めました。今回はこのCognigy本社訪問レポートをお届けします。

Cognigyとはどんな会社?

Cognigy GmbHは2016年に設立され、ドイツ・デュッセルドルフを拠点としています。企業向けの会話型 AIプラットフォーム「Cognigy.AI」等を開発しており、利用企業はチャットや音声を通じた自然な対話ができる AIエージェントの構築・運用が可能となります。直感的な開発環境を備えており、専門的なプログラミング知識がなくても高度な対話フローを設計できます。また、多言語対応や既存のCRM/コールセンターシステムとの柔軟な統合に特徴があります。

企業利用を前提とした高いセキュリティ基準やガバナンス機能も評価されており、DHLやルフトハンザ、トヨタ自動車などの大手企業にも導入されています。近年はグローバル展開を加速しており、2025年にはNiCE による買収が発表され、NiCE | Cognigyとなりました。この買収により、Cognigyの会話型 AI技術はより幅広い CXプラットフォームと連携し、企業のデジタル接客や業務効率化を支える基盤として存在感を増すことが期待されています。

2025年よりNiCE | Cognigyとなった(Cognigy GmbHホームページより)
2025年よりNiCE | Cognigyとなった(Cognigy GmbHホームページより)

ドイツ、ヨーロッパでのAI活用状況と課題

製造大国のドイツでは「Industrie 4.0」政策のもとで早期から AI・IoT・自動化技術の活用が推進されてきました。品質検査の自動化、予知保全、ロボティクス、需要予測などが主要領域です。これらはSiemens(シーメンス)やBosch(ボッシュ)などの大企業では実用化が定着しています。さらに近年は会話型 AI や業務プロセス自動化(RPA + AI)の領域でも導入が加速しています。近年では、コールセンター、HR、バックオフィス業務などで AIエージェントの活用が増えています。Cognigyが強みとするのもまさにこの領域です。

それと同時に、厳格なデータ保護、個人情報保護がAI活用の足かせになっている点も見逃すことができません。EU一般データ保護規則」(GDPR:General Data Protection Regulation)や「欧州AI法(EU AI Act)」などの規制により、企業側がAIの本格導入に慎重にならざるを得ません。特に生成 AI の導入においては、著作権の扱いや出力データの信頼性だけではなく、データの所在について慎重に取り扱う必要があります。欧州企業はクラウドやデータ保管に関して「欧州内や自社で保持したい」という要望が強いです。これらがAI導入の加速化を阻んでいるといえるでしょう。

NiCEがCognigyを買収した背景

このように欧州連合(EU)は世界でも最も厳しいデジタル規制を持つ地域で、非EU企業が参入するには多くのハードルがあります。米国やアジアの企業はこれらを満たすのが困難で、製品・体制の大幅なローカライズが必要になります。それらはコスト高やローンチの遅延にもつながり、ビジネスチャンスを逃すことになりかねません。NiCEのような大企業でも同様であり、Cognigyを買収することでこれらの規制対応を一気にクリアし、参入スピードを大幅に加速させたといえるでしょう。

なお、それ以上に、今回の買収は技術的な意味合いが大きいようです。NiCEとCognigyは非常に相性が良く、特にコールセンター業務の自動化・効率という点において強い相乗効果が期待されます。NiCEは通話分析や業務自動化に強みを有し、Cognigyは自然な会話のできるチャットボットや音声ボットを作る技術を得意としています。両者が組み合わさることで、AIが問い合わせ内容を理解して自動で手続きを進めたり、必要なときだけオペレータへつないだりと、よりスムーズで高品質な顧客対応が実現するでしょう。また、世界各国でAI人材が不足しているため、優秀な人材を抱える企業を買収することはビジネスの観点から手っ取り早い判断をしたとも考えます。

Cognigy本社の写真(筆者撮影)
Cognigy本社の写真(筆者撮影)

Cognigy本社の写真(筆者撮影)

Cognigyの社風や社員の思い

今回訪問したのが金曜日であったこともあり、オフィスに人は少なめでした。ただスタートアップという言葉から想像されるような、キラキラした雰囲気ではなく、少々落ち着いている印象でした。社員の平均年齢は30代半ばくらいではないかと推察されますが、20代や30代前半の若い社員も年齢の割には落ち着いている人が多い印象です。特に大企業を顧客として対応する場合は、日本もそうですがドイツでも安心感や落ち着きが好まれるのかもしれません。

ある開発者は、顧客が大手企業であるが故に要求が多く、かつ障害が発生した時の即時対応を求められるなどの責任が大きいと感じています。LLM(大規模言語モデル)もソフトウェア開発やテストなどの様々な工程で活用されており、新しい技術を学ぶ必要も常に求められています。

スタートアップといえども10年ほどの歴史があることもあり、総従業員数は約250名ほどですが、大多数が本社のあるデュッセルドルフ以外の勤務だそうです。ドイツ以外のEU加盟国在住の従業員も複数いるようです。そのためリモートワークが前提の組織設計がされており、従業員同士がリモートでも助け合う文化やシステム設計がなされているようです。

合併自体に対しては従業員によって反応は分かれますが、ある従業員はNiCEの方がCognigyよりも大企業であるため、大企業的な組織の難しさはあると考えられるものの、技術面等で学ぶことも多いのではないかと期待しています。

今回はCognigy GmbHのレポートをお届けしました。私個人としてはお客様と一緒に機械系を製造している工場等を同行することが多いので、IT企業を訪問することは久しぶりであり新鮮な体験でした。Cognigyの買収についてはITスタートアップだけではなく、欧州企業全体が抱える課題についても改めて考えさせられる機会ともなりました。

出典・参照

de:hub digital ecosystems.(Bundesministerium für Wirtschaft und Energie
Referat Soziale Medien, Öffentlichkeitsarbeit) (2021). Industrie 4.0 – Welche Chancen bietet der Einsatz künstlicher Intelligenz?

Deloitte LLP (2024). European organizations’ gen AI preparedness has increased, but few feel ready for the associated risks.

EU-Startups.com. (Menlo Media S.L.) (2025). US company NiCE to acquire AI German startup Cognigy – accelerating AI-first customer experience.

NiCE Ltd. (2025). NiCE to Acquire Cognigy Advancing the Leading CX AI Platform to Accelerate AI First Customer Experience.

Silicon Saxony (2025). Bitkom: Industry 4.0 – 42 percent of companies are already using AI in production – Silicon Saxony.

日本貿易振興機構(打越花子) (2025). コグニジー買収に見る欧州発AIスタートアップの壁.

執筆者

浜田真梨子(はまだ・まりこ)

執行役員
シニアマーケティングコンサルタント(欧州統括)

大手電機メーカーにて約10年に渡り、IT営業およびグローバルビジネスをテーマとする教育企画に従事した。その後コンサルタントとして独立し、日系・外資問わず民間企業や公的機関へのコンサルティングを行っている。中でもハンズオンベースでの調査から受注までの一連のプロセスをカバーする営業・マーケティング支援や、欧州拠点の設立などのサポートを得意とする。2016年には欧州で経営学修士号(MBA)を取得し、現在はドイツを拠点に活動している。

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