【アメリカの医療】メディケアについての基本情報

アメリカの医療保険制度は民間医療保険が基本であるとの認識が一般的ですが、アメリカにも公的医療保険制度が存在します。主に65歳以上の高齢者を対象にしたメディケア(Medicare)と、低所得層の個人を対象にしたメディケイド(Medicaid)です。いずれも巨額の連邦予算が割り当てられた、多くのアメリカ市民が利用している制度です。トランプ政権の連邦予算削減案が議論を呼ぶ中、改めて関心と注目を集めているアメリカの公的医療保険のメディケアについて基本情報をお伝えします。
メディケアについて
メディケア(Medicare)は、65歳以上のアメリカ市民および合法居住者を対象にした公的医療保険制度です。メディケアは基本的に高齢者を主な対象としていますが、末期の腎臓病患者やALSといった特定難病患者も対象にしています。メディケアは、社会保険(Social security)の受給者であれば65歳到達時に自動的に加入する仕組みです。社会保険未加入の人でも65歳以上であれば加入することは不可能ではないですが、手続きなどが煩雑なので、それについては割愛します。
メディケアはABCDの四つのパートで構成されています。パートAは入院診療や介護医療、在宅医療など、パートBは一般的な外来診療や各種の検査など、パートCは提携先の民間医療保険が提供するオプションのメニュー、パートDは処方箋全般と、それぞれカバーしています。四つのパートのうち、パートAとパートBとを合わせて「オリジナル・メディケア」(Original Medicare)と呼んでいます。
メディケアは、四つのパートの利用に応じてそれぞれコストを支払う仕組みになっています。例えばパートAの場合、入院して手術などの治療を受けた場合、本人負担分として1676ドル(約24万3020円、2025年度、入院日数61日未満の場合)を支払います。パートBの場合も同様に、外来診療一回に対して257ドル(約3万7265円)を支払います。メディケアは公的医療保険ですが、利用者がゼロ負担で利用できるわけではありません。高齢者、特に低所得の高齢者にとっては小さくない負担となっているようです。

どのくらいのアメリカ人がメディケアを使っているのか?
では、どのくらいのアメリカ人がメディケアを使っているのでしょうか。メディケアの運営母体センター・フォー・メディケアアンドメディケイドサービシスによると、2024年4月時点のメディケアの加入者数は6730万人で、アメリカ市民の五人に一人となっています。アメリカ人口の高齢化に伴いメディケア加入者数は右肩上がりで増加しており、今後も増加傾向が続くと予想されています。
州ごとでは、カリフォルニア州のメディケア加入者数が650万人と最大で、フロリダ州(480万人)、テキサス州(440万人)、ニューヨーク州(370万人)と続いています。当然ながら人口の多い州のメディケア加入者数が多いです。

メディケアで利用できる医療機関は?
アメリカの民間医療保険でHMO(Health Maintenance Organization)やPPO(Preferred Provider Organization)を採用している場合は、原則としてネットワーク外の医療機関で医療を受けると保険給付の対象になりませんが、メディケアの場合はどうなのでしょうか。
メディケアの場合、メディケア患者の受け入れを表明している医療機関であればどこでも受診可能です。アメリカ病院協会によると、アメリカには6093の病院がありますが、それらのほぼすべてがメディケア患者を受け入れています。退役軍人のための年金を財源とする退役軍人病院や、一部の病院などを除いてほぼ自由に受診できるとして問題ないでしょう。
クリニックなどでもメディケア患者を受け入れているのは全体の89%に達しており、大半で受診が可能です。ただし、一部の精神科クリニックや整形外科クリニックなどではメディケア患者を受け入れないところも少なからず存在します。

トランプ政権による連邦予算削減の影響は?
アメリカのシンクタンクのピーターソン財団によると、2023年会計年度におけるメディケアの連邦予算は8482億ドル(約122兆9890億円)で、全体の14%を占めています。これはアメリカのGDPの3.1%に相当し、しかも2053年には5.3%に拡大すると予想されています。メディケアにかかる巨額のコストは、アメリカ連邦予算を膨張させる一大ドライバーとなっています。
ところで、財政予算均衡を政策ポリシーに掲げているトランプ政権は、アメリカ連邦予算のビッグスペンダーであるメディケアに予算削減の矛先を向けるのでしょうか。トランプ政権が先日議会に提出した2026年会計年度連邦予算案では、メディケアに対する大がかりな削減計画は示されませんでした。同予算案では、予算削減の対象としてメディケアではなく低所得者用公的医療保険のメディケイドに矛先が向けられており、メディケイドの加入資格の厳格化や不正加入の防止などにより相当額の予算を削減するとしています。
AP通信は、トランプ政権が提出した予算案が議会を通過した場合、推定で860万人のメディケイド加入者が影響を受ける可能性があるとして警鐘を鳴らしています。メディケアと並ぶアメリカの公的医療保険のもう一つの柱であるメディケイドについては、別の記事で詳しく解説します。
前田 健二(まえだ・けんじ)
上席執行役員
シニアマーケティングコンサルタント(北米統括)
大学卒業と同時に渡米し、ロサンゼルスで外食ビジネスを立ち上げる。帰国後は複数のベンチャー企業のスタートアップ、経営に携わり、2001年に経営コンサルタントとして独立。事業再生、新規事業立上げ、アメリカ市場開拓などを中心に指導を行っている。アメリカ在住通算七年で、現在も現地の最新情報を取得し、各種メディアなどで発信している。米国でベストセラーとなった名著『インバウンドマーケティング』(すばる舎リンケージ)の翻訳者。明治学院大学経済学部経営学科博士課程修了、経営学修士。