トランプ政権が狙い撃ちにしている「DEI」とは何か?

トランプ政権発足から三か月が経過、良くも悪くもアメリカが各種の混乱に見舞われています。中でもアメリカ社会に大きなインパクトを与えているのがアメリカの主要行政機関に勤務する職員の人員整理です。特にプロベーション(試用)で雇用された多くの連邦職員が狙い撃ちにされていますが、その背景にあるのがトランプ政権によるDEIつぶしだと言われています。トランプ政権が狙い撃ちにしている「DEI」とは何か、基本を解説します。

トランプ大統領就任から今日までに連邦職員20万人以上が解雇

アメリカの大手メディアABCは、トランプ大統領就任から今日までに、アメリカの12以上の行政機関に勤務する20万人以上の連邦職員が解雇の対象にされたと報じています。解雇の対象となった行政機関は教育省をはじめ、ハリケーンや山火事などの対策に動員されたFEMA(Federal Emergency Management Agency, 連邦緊急事態管理庁)や、IRS(Internal Revenue Service, 合衆国内国歳入庁)、防衛省なども含まれており、アメリカ史上前代未聞の事態となっています。

ABCはまた、20万人の連邦職員が事実上の「整理解雇」の対象となったのに加えて、7万5千人以上の職員が「バイアウト」(雇用期間終了までの給与買取り)による退職を受け入れており、最終的な削減数は30万人程度になる可能性があると伝えています。特に国防省の人員削減が大規模で、国防省単体で最大7万人もの職員が失職する可能性があると報じています。

アメリカ軍制服組トップも更迭、その背景には?

アメリカ国防省に対する大がかりなリストラを象徴するように、トランプ大統領はアメリカ軍制服組トップのチャールズ・Q・ブラウン統合参謀本部議長を解任し、関係者に衝撃を与えています。ブラウン氏は、2023年にジョー・バイデン前大統領の指名を受けて同ポストに就任したばかりで、政権交代をまたぐ任期四年を務める通例を破っての更迭となったのでした。

アメリカ空軍の戦闘機パイロット出身で、アメリカ史上二人目の黒人の四つ星将軍の解任の理由は明らかで、ブラウン氏がバイデン前政権の推し進めてきた「DEI」政策の熱心な信奉者であり推進者であったことでした。それを裏付けるように、ブラウン氏を支えてきた同僚で「DEI推進者」とされたフランチェッティ海軍作戦部長とスライフ統合参謀本部副議長も同時に解雇されています。トランプ大統領は、もっとも露骨なかたちで、ブラウン議長をトップとする「DEIの推進者」をアメリカ国防の現場から一掃したのです。

「DEI」とは何か?

では、トランプ大統領がアメリカ国防の現場から一掃した「DEI推進者」が実現しようとしていたDEIとは、あらためて何なのでしょうか。DEIはDiversity, Equity, Inclusionの略で、日本語では「多様性」「公平性」「包括性」と訳されています。DEIは、1960年代にピークを迎えたアメリカの市民権運動に端を発する、アメリカ社会において人種や民族、バックグラウンドなどを越えた多様性、公平性、包括性の実現を目指す理念であり、活動そのものです。

バイデン前政権は、連邦職員の採用に関して「DEI的採用基準」を盛り込みルール化するなどを進め、政府主導で「DEI」のムーブメントを牽引してきました。アメリカの多くの民間企業もそれに倣い、大手企業を中心に「DEI」のトレンドが広がり、企業による採用活動から製品デザイン、あるいはエンターテインメント産業におけるスタッフィングや作品表現などにも影響が広がりました。アメリカ最大のアニメーションスタジオの某作品で、主人公が白人から黒人になった事例もその影響を受けたものと思われます。

トランプ大統領は、大統領選挙戦中からバイデン政権によるDEI政策を激しく非難し、大統領就任の暁には「行き過ぎたDEI政策」を撤廃すると公言していました。トランプ大統領とその支持者にとっては、トランプ大統領が行っている一連の「DEIつぶし」は、トランプ大統領による一連の公約の履行に過ぎないのかも知れません。

トランプ大統領の「DEIつぶし」は今後どうなる?

ほとんど「追放」(purge)とされているトランプ大統領による連邦職員の削減は、今後もその勢いを維持したまま継続される可能性が高いでしょう。トランプ大統領の「人員削減」の主なターゲットは、いわゆる「DEI的採用基準」で雇用されたプロベーションの採用者であり、さらにDEIがらみで雇用された職員が未だに各省庁に相当数存在すると思われるからです。

一方で、「アンチトランプ」を掲げる多くのアメリカ人が、トランプ大統領による「行き過ぎたDEIつぶし」に本格的な反旗を翻す可能性があるのも事実です。ロイターが実施した世論調査によると、2025年2月末時点のトランプ大統領の支持率は44%で、不支持率の51%を7ポイントも下回っています。トランプ大統領就任時の支持率プラス6ポイントから一気に13ポイントも下落したわけで、早くも同氏の今後の動向が危惧され始めています。

アメリカでは、新大統領の就任から早くもDEIという大きな政治的イシューを巡る争いが激化しています。トランプ大統領が問題視している政治的イシューはほかにもあり、アメリカ社会が当面政争の具に不自由することはないでしょう。いずれにせよ、色々な意味で今後のトランプ政権に大注目です。

執筆者

前田 健二(まえだ・けんじ)

上席執行役員
シニアマーケティングコンサルタント(北米統括)

大学卒業と同時に渡米し、ロサンゼルスで外食ビジネスを立ち上げる。帰国後は複数のベンチャー企業のスタートアップ、経営に携わり、2001年に経営コンサルタントとして独立。事業再生、新規事業立上げ、アメリカ市場開拓などを中心に指導を行っている。アメリカ在住通算七年で、現在も現地の最新情報を取得し、各種メディアなどで発信している。米国でベストセラーとなった名著『インバウンドマーケティング』(すばる舎リンケージ)の翻訳者。明治学院大学経済学部経営学科博士課程修了、経営学修士。

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