イギリスで日本のエンタメがどう受け入れられているか
ヨーロッパにおいて、ミュージカルや舞台といえばロンドンです。日本でも報道されていますが、宮崎駿監督の『千と千尋の神隠し』の舞台が、今夏ロンドンで行われています。私の友人がスタッフとして参加していることもあり、先日観に行ってきました。スタジオジブリは日本を代表するアニメーション・コンテンツですが、どのように現地で受け入れられているかを考えてみたいと思います。
日本作品の舞台公開が相次ぐロンドン
今回の『千と千尋の神隠し』以外にも、『となりのトトロ』が2022年に初上陸し、2023年秋から2024年春にかけて再演されました。舞台版『トトロ』の評判は非常に高く、現地メディアのガーディアンやフィナンシャル・タイムズなどで、5つ星の評価を受けています。
さらに、イギリスミュージカル・舞台芸術界で最も権威がある、ローレンス・オリヴィエ賞においても最優秀作品賞(エンターテインメントあるいはコメディ劇部門)、演出家賞、舞台美術賞等6部門を受賞しています。それだけにとどまらず、2025年3月から無期限ロングラン公演が決まっています。
これはいわゆる定番ミュージカルの『オペラ座の怪人』『ライオン・キング』と並ぶような位置づけであり、日本発の舞台としては大変異例です。なお、日本作品ではないですが、2023年初頭には日系アメリカ人俳優ジョージ・タケイを中心としたミュージカル『アリージャンス』の公演もありました。これは第二次世界大戦中のアメリカにおける日系人収容をテーマとしたものです。
私は今年の1月に、同じく前出の友人がスタッフで参加している縁で『トトロ』の舞台も観に行きましたが、『トトロ』の方が非アジア系の観客層が多いように感じました。日本のアニメやゲーム、キャラクター製品のような良質なコンテンツは、国境を越えて受け入れられるものだと実感しました。
なお、余談ですがイギリスに限らずヨーロッパでアニメというものに対する捉え方が日本とは異なり、文化の一つとして大人も子どもも関係なく触れるものではありません。日本国外で「いかなるアニメも、子どものためのもの」と考える成人も少なくはないので、スモールトークなどで注意は必要です。
演出の違いやファンタジーをどのように表現するか
現在公演中の『千と千尋』は主に日本で活躍する日本人キャストが中心で、日本語で実施され英語字幕があります。しかし『トトロ』はすべてのセリフが英語で、キャスト・スタッフは欧州で活躍する日系、アジア系俳優などが中心でした。演出も『千と千尋』はあくまで日本の舞台や映画オリジナルの世界観をそのままロンドンに持ってきた印象です。しかし、『トトロ』は主人公のキャラクター設定も大きく異なります。
例えば主人公のサツキは映画では年の割には落ち着いた女の子でしたが、舞台では年相応の元気な演出になっています。この辺りは現地に合わせたローカライズを行っていると感じました。実際に『トトロ』のクリエイティブチームの大半は、ロイヤル・シェークスピア・カンパニーで、主要スタッフで日本人もしくは日系人の割合は大きくありません。この点が『トトロ』が高評価を受けるポイントなのかもしれません。
ただ両者ともアニメの世界のファンタジーをどのように表現するかということについては、演出や大道具・小道具などには非常にこだわりがあることがうかがえました。『トトロ』については小道具の作り込みに目を見張るものがあり、ネコバスやまっくろくろすけ、稲・鶏といった田舎の風景を10名ほどの小道具係がフル稼働で表現していました。
『千と千尋』については湯婆婆の顔の表情を、女優さんだけではなく時には大道具を使って表現するなどインパクトを与えていました。スタジオジブリ作品はヨーロッパのNetflixで公開されていますし、観客も当然映画を観たことがある人がほとんどだと思います。目の肥えた観客を楽しませるにはどうすればいいかということについては、両舞台のクリエイティブチームの努力に敬服せざるを得ませんでした。
イギリスのエンタメ業界におけるダイバーシティ推進
また、ここ近年、イギリスのエンタメ業界においてダイバーシティ推進が進んでいるとも感じられます。今回『千と千尋』の翌日に、『キャバレー』というミュージカルを鑑賞しましたが、主役の1人が原作では白人なのですが黒人俳優が演じていました。『キャバレー』の舞台は第二次大戦前のドイツです。
良い俳優ですし彼が演じることについて異論はないのですが、最近では役柄問わず多様な人種を受け入れるようになっていることを改めて感じました。ダンサー陣も非白人ダンサーの活躍がめだちました。在英日本人ダンサーの友人曰く、「以前はアジア系が登壇できるミュージカルは、アジアをテーマとした『王様と私』、『ミス・サイゴン』、メイクで肌の色がわからなくなる『ライオン・キング』くらいだった」とそうですが、最近は間口が広がっているようです。
イギリスのテレビCMなどでも、人種という観点でダイバーシティを推進しようとしているのがよくわかります。人種や性別等問わず才能がある人の活躍は、消費者である私たちにとってもプラスの要素が多いと思うので、今後もどういう新たな才能と巡り合うことができるのか、非常に楽しみです。
出典・参考
Lukowski, A. (2024). Tickets are now on sale for ‘My Neighbour Totoro’ which returns to the West End next year. Time Out London [online].
https://www.timeout.com/london/news/my-neighbour-totoro-returns-to-the-west-end-next-year-with-a-massive-34-week-run-042324
My Neighbour Totoro.
https://totoroshow.com/
Wiegand, C. and editor, C.W.S. (2023). My Neighbour Totoro triumphs at Olivier awards. The Guardian. [online].
https://www.theguardian.com/stage/2023/apr/02/my-neighbour-totoro-triumphs-at-olivier-awards
Spirited Away | London Coliseum | Official Tickets.
https://www.spiritedawayuk.com/
Cabaret the Musical London | Kit Kat Club UK | West End.
https://kitkat.club/cabaret-london/
浜田真梨子(はまだ・まりこ)
執行役員
シニアマーケティングコンサルタント(欧州統括)
大手電機メーカーにて約10年に渡り、IT営業およびグローバルビジネスをテーマとする教育企画に従事した。その後コンサルタントとして独立し、日系・外資問わず民間企業や公的機関へのコンサルティングを行っている。中でもハンズオンベースでの調査から受注までの一連のプロセスをカバーする営業・マーケティング支援や、欧州拠点の設立などのサポートを得意とする。2016年には欧州で経営学修士号(MBA)を取得し、現在はドイツを拠点に活動している。