「パリオリンピック 2024」見逃せない舞台裏

(出典)Le COMITÉ D’ORGANISATION DES JEUX OLYMPIQUES ET PARALYMPIQUES DE PARIS 2024

いまから1年後に迫ったパリ大会は、これまでの国際スポーツの祭典とは一味も二味も違う、いかにもフランスらしい一面が見られる独創的なものとなりそうだ。

2021年の東京大会に引きつづき、その中心的テーマはCO2排出量の削減で、大会期間中の総排出量を150万トン未満に抑えるという目標が打ち出されている。この数値は、これまでの夏季大会における総排出量のおよそ半分である。
気候変動、地球環境への配慮を最優先に、こだわり抜かれた発想とイノベーションを概観する。

パリを象徴するモニュメントの活用

2024年のパリ大会では、パリ市内でも最も美しいとされるモニュメントが舞台に使用されることとなっている。

これまで、スポーツイベントとは無縁だった文化遺産建築であるエッフェル塔、グラン・パレ、シャン・ド・マルスといったいくつもの象徴的なモニュメントが舞台として活用され、壮大な演出が創り出されるという。

なかでも突出して独創的と言えるのはセーヌ川上で行われる開会式であろう。
パレードでは、セーヌ川を総勢10,500人の各国選手団が専用ボートに乗り込み、市内を東から西へ航行する。およそ6キロにも及ぶ航行は、エッフェル塔前のトロカデロに着岸し、そこで最後のショーとセレモニーが執り行われるという。開会式には10万人分の有料観客席が用意されるのだが、川岸からも40万人が無料で見ることとなるだろう。

(出典)Le COMITÉ D’ORGANISATION DES JEUX OLYMPIQUES ET PARALYMPIQUES DE PARIS 2024

持続可能なモビリティ

パリ大会ではまた、CO2排出量を抑えるべく、公共交通機関、自転車、電気自動車の利用が広く奨励され、「持続可能なモビリティ」がことさらに強調されている。

エッフェル塔には毎年、約2,000万もの人々が訪れるのだが、現在の敷地面積では到底、パリ市民も観光客も収容することなどできない。そこで、フランス政府は、パリ大会に合わせて1億7,000万ユーロを投じ、エッフェル塔の付近周囲のレイアウトとビジター施設を一新することとした。
政府の計画では、収容人数を増やすという当座の課題が解消されるに留まらず、ソフトモビリティ(徒歩、自転車、キックボードなど、環境への配慮を優先した移動手段)のためのスペースが大幅に拡張されるほか、広大な憩いの空間が創造されるという。

(出典)Le COMITÉ D’ORGANISATION DES JEUX OLYMPIQUES ET PARALYMPIQUES DE PARIS 2024

未来への継承

パリ大会で使用される会場の95%は既存施設、あるいは仮設施設となる。新設はわずか5%に過ぎないが、これらもまた、大会終了後の再利用を意識した設計が施されている。

選手村は、選手たちのベースキャンプとなるスタッドドフランスから5分という好立地にあり、大会終了後は一般家庭や学生、若い労働者向けの住宅として供されることが決まっている。各室の床下に巡らされた水道管に地下水を満たし、循環させることで、冷房がなくても快適に過ごすことのできるエコハウスとなる計画で、これまで整備が行き届かず、敬遠されがちだった地域が大きく生まれ変わることとなる。

(出典)SECTEUR E_Groupement Nexity SA-Eiffage Immobilier IDF

責任あるイノベーション

再生可能エネルギー100%、デジタル技術の積極的導入、CO2を出さないクリーンな移動手段、ソフトモビリティなど、大胆な試みが着々と進められている。
オリンピック自体は一過性のイベントに過ぎないのかもしれないが、これを機に一人でも多くの人々がエコロジーへの意識を高め、自ら行動するようになってくれることが期待されている。

美食の国のエコロジーな食への挑戦

自他ともに認める美食の国・フランス。
飲食関連のエコシステムは、気候変動や地球環境に大きな問題意識を抱きつつ、サッカーワールドカップ10回分にも相当するという1,300万食の食事を提供することとなる。
食肉、乳製品、海産物、鶏卵、野菜などはすべてフランス産のものを使い、新鮮で、かつ輸送コストのかからない食品・食材が採用される方針だ。
もちろん、食器や容器への配慮も怠りない。洗浄しても再使用できないものや、初めから使い捨てのものの利用は最小限に抑えられる。

多様化の実現

パリ大会では、恵まれない国・地域のスポーツプログラムを統合し、また、ジェンダー平等が謳われている。参加選手たちの男女比も1:1となることが目指されている。
過去の大会では、女子の競技は常に男子の前に行われていたが、そうした考えが固定化されないよう、卓球では初めて女子の対戦が競技を締めくくる。女子マラソンも男子マラソンの後の閉幕日に行われる予定だ。

デジタル化、AIの活用

セキュリティ、ロジスティクスなど、大会運営の改善にはAIがふんだんに活用される。
パリ大会では、革新的なアプリケーションや競技のフォローツールが導入され、観客参加型のデジタル体験が提供されることとなっている。

パートナー企業の一つ、米Intel社はいま、目ぼしいベンチャー企業の発掘に躍起になっている。
仏Octopus Labは、屋外の大気汚染の観測から屋内の空気質を予測し、良質な空気を供給する「INDALO」を開発した。大会中、病院内で使用されることが決まっている。
また、Ezymobは視覚障碍者のための公共交通機関のガイダンス&ナビゲーションアプリを開発している。このアプリを使うことで視覚障害者は、たとえば地下鉄の開閉ドア、シート、通路などの情報を即座に得ることができるようになっている。

これからの1年の課題

パリ大会の開催まで残り1年となったが、すべてが順調というわけではない。未解決の課題ももちろんある。

必要経費は当初予算を大きく上回っており、人々は増税を懸念している。
セーヌ川で予定されている「オープンウォータースイミング」は最も衆目を集める競技の一つだが、実施に漕ぎつけるためにはまず、水質を大きく改善し、「泳ぐことのできるセーヌ川」を実現させなければならない。
今年8月初旬に開催されたテスト大会は、大雨による汚水混入によって水質が基準を下回り、途中で中止となってしまった。トライアスロンのテスト大会は無事に行われたが、その後になって高レベルの大腸菌が検出されたことから、パラトライアスロン競技と混合リレーは中止された。

フランス政府はセーヌ川の水質浄化対策としてすでに14億ユーロを投じている。
オリンピック委員会はまだまだ改善の余地があると強気の姿勢を見せているが、パリジャンたちが水浴びをしていたようなかつての光景ははたして蘇るのだろうか。

東京大会のテーマであった「商業主義からの脱却」、「CO2排出量の削減」、「多様性と調和」、「未来への継承」はパリ五輪にも引き継がれている。東京大会の精神を継承しているのは素晴らしいのだが、なにも資金不足という課題まで継承することもあるまいと筆者は思うが。
大いなる理想を掲げたパリ大会ははたしてどうなるのか。一つ一つの競技への関心もさることながら、さまざまなイノベーション、環境への配慮など、これまでの大会にはなかった舞台裏を見届けることもまた、大きな愉しみなのである。

執筆者 内田 アルヴァレズ 絢(うちだ・アルヴァレズ・あや)

マーケティングコンサルタント(フランス)

神戸松陰女子学院大学英文科卒、Aix Marseille IIIにてフランス語を学ぶ。
ドイツ及びフランスで15年にわたりキャリアを積み、現在はパリを拠点に日系企業の欧州展開を多角的にサポートしている。
Researching Plus GmbH社のマーケティングリサーチャー&企業コーディネータも務める。

当社は、海外事業展開をサポートするプロフェッショナルチームです。
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