フランス発、世界最大級のインキュベーション施設「STATION F」

「STATION F」の正面玄関は、貨物列車の駅舎を移築したものだ。
「STATION F」の正面玄関は、貨物列車の駅舎を移築したものだ。

世界最大級のインキュベーション施設「STATION F」

フランスが誇るインキュベーション施設「STATION F」は、2017年に開業した世界最大級のスタートアップ集積施設である。ここでは日々新たなビジネス、雇用が生み出されつづけている。

パートナーとして参画している企業の中にはMeta(Facebook)やAmazonといった巨大IT企業のほか、LVMH、ロレアルなど地元フランスの大企業も名を連ねている。

共同のワークスペースには3Dプリンタやレーザーカッター等が常設され、いつでも自由に使うことができる。

エントランス正面にはフランスらしい巨大オブジェが異彩を放つ。
定期的に入れ替えがなされるが、現在のオブジェはルイ14世。
エントランス正面にはフランスらしい巨大オブジェが異彩を放つ。定期的に入れ替えがなされるが、現在のオブジェはルイ14世。

50,000m2に及ぶ敷地の中に3,000を超えるワークステーションを配したスタートアップエリアとイベントスペースが用意されている。フードマーケット「チルゾーン」は入居者以外の人も利用することができ、入居者と近隣住民の交流、憩いの場ともなっている。もちろん、起業家たちの住宅施設も徒歩圏内だ。

フードマーケットは日曜日も営業。多くの人々で賑わう。
フードマーケットは日曜日も営業。多くの人々で賑わう。
フードマーケットは日曜日も営業。多くの人々で賑わう。

フードマーケットは日曜日も営業。多くの人々で賑わう。

建物の壁面はガラス張りがふんだんに用いられ、解放感に溢れている。戸外には数多くのベンチが置かれ、休憩やコミュニケーションの場として人気がある。ゆったりとベンチに腰かけ、たがいに知識と経験を共有しつつ、何気ない会話を交わす中から新たな発想が生まれ、プロジェクトが立ち上がるといった場面も珍しくない。

ボックス型のミーティングルーム
ボックス型のミーティングルーム

毎年、厳選された1,000のスタートアップ企業が在籍する「STATION F」は、フランスを起点に力強いテクノロジーを生み出すというスローガンの下、まさに”French Tech”を具現化するための再重要拠点となっているのだ。

創設者グザビエ・ニール(Xavier Niel)と運営責任者ロクサーヌ・ヴァルザ(Roxane Varza)

グザビエ・ニールと言えばフランスの著名な実業家で億万長者。2023年3月1日付の米経済誌『フォーブス』によると、同氏の推定資産は86億ドルである。

同氏はまだ高校生だった頃、ミニテルの可能性に着目した。ピンクのミニテル・サービスをつくり上げ、覗き小屋やアダルトショップに投資した。後に、ミニテルによるポルノ・サービス事業を立ち上げ、毎月数千フランもの収入を得るようになり、24歳にして億万長者になったというユニークなエピソードの持ち主である。

ロクサーヌ・ヴァルザはアメリカとフランス2つの国籍を持つ。カリフォルニア大学でフランス文学を学んだ後、フランス国際投資庁(現在のビジネス・フランス)に入庁した。さらに、パリ政治学院、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスへと進み、国際問題及び国際経済政策の修士号を取得した。

経済開発よりベンチャー企業に関心があったという同氏は、学業のかたわらTechbaguette1と呼ばれるスタートアップ、イノベーション、起業家に関連するブログを立ち上げた。

新たなテクノロジー分野における女性の役割を増やそうと活動するGirls In Tech Paris、Girls in Tech Londonの共同設立者でもある同氏は2013年4月、米オンラインニュースサイト「Business Insider」より、テクノロジー分野で最も影響力のある30歳以下の女性30人に選出された。

グザビエ・ニールとロクサーヌ・ヴァルザ、異質で異才な2人が手を組み展開される「STATION F」への衆目はますます熱を帯びている。

6年が経った現在

2023年6月現在、「STATION F」は以前にも増して躍動していると言っていい。5周年を迎えた2022年、ロクサーヌ・ヴァルザはMadyness社とのインタビューの中で次のように述べている。

「これまでの成果には満足している。この5年で5,015社を輩出し、18億ユーロを調達することができた。ユニコーン企業も1社生まれた。(ユニコーンは)これからも数社出てくるだろう。私たちが行っていることはシリコンバレーのコピーではない。果たして、フランスで機能するのかしないのか、足りないところはないか、必要なものは何なのかを問い続けることが重要である。ダイバーシティの体現、全体の41.1%を女性起業家が占めているという事実にも注目したい(STATION F には、他のキャンパスには見られない女性起業家のためのFemTechプログラムが用意されている)。2017年、STATION Fを始めた当初は、誰ひとりとしてエコシステムに言及する者はいなかったが、この5年間でフランスはエコシスムの世界的リーダーとなった。とはいえ、資金面ではまだまだ課題が残る。エコシステムはなお過渡期にあり、課題も山ほどある。これからの5年間は海外に向けてその可能性を広げていく。その準備はできている。これまではコロナ渦や面積の制約のため果たすことができなかったが、今後はさらに若い世代を発掘し、長期的な連携を模索していきたいと考えている。」

フランスでは、2000年代前半から製造業の多くが生産拠点を東欧に移したことで工業生産の空洞化が起こった。それに代わるべく新たな産業を生み出そうと、フランス政府はスタートアップ支援策を積極的に推進してきた。政府の期待に応え、横たわる諸課題を克服し、社会を前進させていく若手企業家たちが生まれ、世界へと羽ばたいていくことが期待されている。

フランスは日本のエコシステムづくりの模範

近年、日本においても政府、自治体がスタートアップ支援に力を入れ始めている。
スタートアップのインキュベーションと言うと、誰もが連想するのはシリコンバレーだ。しかし、シリコンバレーの誕生は政府や自治体が主導、牽引したのものではない。大志を抱く若者たちが自然発生的に集結したものなので、まるごと参考にするのは困難である。そこで、いわば国策としてこれを推進し、エコシステムを確立したフランスのFrench Tech「STATION F」が着目されているわけだ。

とりわけ愛知県は2020年、日本のスタートアップ・エコシステム「グローバル拠点都市」に認定され、2024年10月には、名古屋市に国内最大級のインキュベーション施設「STATION AI」が開設される運びとなっている。

愛知県のものづくりは国際競争力が高く、自動車やロボット、航空宇宙といった主要産業と海外の起業家や研究者が連携し、かつてないイノベーションが巻き起こることが期待されている。

さらに、フランスと愛知県のスタートアップ支援機関が手を結び、コラボレーションプログラムを提供しているという点も興味深い。愛知県の担当者がたびたびフランスに来訪し、連帯強化を図っている。

計画的に進められ成功を果たしたフランスのエコシステム、そして、これから育つであろう日本のエコシステム、いずれも注視していきたい。

執筆者

内田 アルヴァレズ 絢(うちだ・アルヴァレズ・あや)

マーケティングコンサルタント(フランス)

神戸松陰女子学院大学英文科卒、Aix Marseille IIIにてフランス語を学ぶ。
ドイツ及びフランスで15年にわたりキャリアを積み、現在はパリを拠点に日系企業の欧州展開を多角的にサポートしている。
Researching Plus GmbH社のマーケティングリサーチャー&企業コーディネータも務める。

当社は、海外事業展開をサポートするプロフェッショナルチームです。
ご相談は無料です。お気軽にご連絡ください。

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