ファストファッションからスローファッションへ ~ドイツスタートアップの事例から~

ドイツでは耳慣れない「SDGs」

日本では「SDGs」という言葉がそこかしこで聞かれるが、ドイツで耳にすることはまずない。だからといって環境に対する意識が低いのではなく、ドイツ語で「サスティナビリティ(持続可能性)」を意味する「Nachhaltigkeit」という言葉がたびたび用いられる。むしろ、日本における「SDGs」より高い頻度でドイツ社会に流布している言葉だと言えるかもしれない。

ここドイツでは、社会問題解決型のスタートアップ企業の中でも、人間中心ではなく地球にやさしいエコシステムの実現に向けた取り組みを掲げるビジネスが見られるようになってきた。また、環境配慮型のスタートアップに特化して投資を行うベンチャーキャピタルも現れ、ドイツでは今や「サスティナビリティ」というテーマは看過することができない。

このような社会の動向はファッション業界にも浸透しはじめており、ファストファッションと対峙するかたちでスローファッションを標榜する流れが起きている。

ファッション業界の闇

実のところ、ファッション業界は、地球環境に大いなる悪影響を与えているのだ。
衣類の生産に使用される生地の約15%は廃棄され、製品が完成した後も多くがゴミとして破棄されている。その量は毎年、9,200万トンにも及ぶとされる。

また、ファッション業界は生産過程において膨大な量の水を使用する。コットンのTシャツ1着を作るのに2,700リットルもの水が使われている。事実、ファッション業界が消費する水の量は、あらゆる産業界の中で2番目に多く、全世界の廃水の20%は繊維染料によって汚染されているとまで言われている。同時に、大量のマイクロプラスティックを生み出しているのもファッション業界である。

この業界の闇はまだある。炭素排出量でも際立っており、その量は海運業と航空業を合わせた二酸化炭素排出量よりも多いのだ。こうして見てくると、残念ながらファッション業界は地球環境の保全という課題に対し、確実にマイナスのインパクトを与えていると言わざるを得ない。

日本文化から得られたインスピレーション

このような現実を直視し、ファッション業界が抱える諸課題を解決しようと立ち上がったスタートアップ企業がドイツにある。環境破壊、人権問題、地域経済の低迷といったさまざまな社会課題の解決に貢献しようと一石を投じているベンチャー企業、デュッセルドルフ発の”Repair Rebels GmbH”(www.repair-rebels.com)がそれである。

同社は衣類やバッグ、靴などといったアイテムの消費者と、これらを修理をする人々とをつなぐデジタルプラットフォームを提供している。

この会社を立ち上げたDr. Monika Hauck(以下、ハウク氏)は、日本の「金継ぎ」という割れた器を金によって繋ぎ合わせる伝統的な修理法が古く壊れたものに新たな価値を生み出していることに衝撃を受け、着目した。ハウク氏は2022年8月、自身の地元であるデュッセルドルフに古くからある靴修理工房や洋服仕立て屋とタッグを組み、消費者に気軽に修理に出してもらえるような環境を整え、ビジネスをスタートさせた。以来、少しずつではあるが、着実にサービスの提供エリアを広げている。

修理をして再び使うという行為は環境にやさしいだけに留まらない。地元の雇用の創出にも一役買っている。同社のサービスは、ドイツでは珍しく、環境への配慮だけでなく消費者に対する気配りも行き届いており、消費者にとって店舗で新しい服や靴を買うのと同じような満足度が得られるよう工夫が凝らされている。

直面する3つの課題

ハウク氏はこのビジネスを始めてから、3つの大きな課題にぶち当たったと語る。

1つ目はファッション業界の実態である。環境への配慮に欠ける従来のファストファッションがビジネスの中核を成している今日、恣意的に作られたトレンドや発展途上国を巻き込んでのローコスト生産、CO2を絶え間なく排出しながらの輸送などといった業界構造の転換には、まだまだ相当な時間がかかりそうだと話す。

2つ目は消費者の意識である。ファストファッションへの問題提起としてスローファッションを掲げ、持続可能な社会に貢献するビジネスではあるが、結局のところ、求められるのは消費者による自発的な意識変革である。
2021年のZalandoによる消費レポートでは、消費者全体のおよそ6割がモノを大切にし、修理して使うことが重要と認識しているが、実際に修理に出しているのは23%に過ぎないと報告されている。

3つ目は地元の修理職人の確保である。ファストファッションの浸透により、消費者は消費することに躍起になり、ファッションとは「使い捨てる」ことだと見做すようになって久しい。結果、修理という仕事は減り、職人の数もまた激減している実態がある。

スローファッションへの回帰

Repair Rebels GmbHが提供するデジタルプラットフォームがより広く社会に浸透、普及し、「修理に出すこと」が「新たに買うことと」同じように手軽で身近なものとなることが期待される。持続可能でローカルなビジネスモデルは、大量生産・大量消費のビジネスとは真逆の方向性にあるが、やがては前者が後者を追い抜き、時代の主役となることを願って止まない。

倫理の観点から社会に提言しているドイツの哲学者マルクス・ガブリエルは、持続可能な人間社会のゴールは「人間性の向上」であると説く。ここで取り上げた修理ビジネスとはまさしく、消費するための資本主義ではなくQOL(人生の質)を高めるための資本主義の実践である。資本主義そのものを否定するのではなく、「消費」することに重きを置いた経済の構造や論理にメスを入れ、改めて持続可能な社会を創造するために考える時が来たのだ。
現代はその過渡期にあり、さまざまな価値観のパラダイムシフトが見られ、新たなビジネスチャンスも生まれている。持続可能な社会の実現を掲げる欧州では、人にやさしく、社会にやさしく、そして地球にやさしい価値観への共感と実践こそが成功の鍵なのである。

執筆者 吉澤 寿子(よしざわ・ひさこ)

CEO, Researching Plus GmbH
株式会社ジェイシーズ マーケティングコンサルタント(ドイツ)

早稲田大学人間総合研究センター招聘研究員。
2007年渡独。デュッセルドルフ大学現代日本研究所博士課程に在籍し、研究を重ねるかたわらResearching Plus GmbHを設立。日本企業のドイツ進出、市場調査、視察・研修等に携わっている。お茶の水女子大学人間文化研究科修士課程修了。

Researching Plus GmbH: https://researchingplus.com
連絡先:h-yoshizawa@j-seeds.jp

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