欧州発、「REACH規制」の最新動向
はじめに
日本のある企業の方から、欧州ではフッ素有機化合物の取り締まりが厳しくなるようだが、テフロンもダメなのか、という質問をいただいた。テフロンがダメなら大変だ。自分の使っているフライパンは日用雑貨店で買った20ユーロのテフロン加工製だ。しかもそろそろコーティングがはげてきている…。
そこで今回は欧州におけるフッ素有機化合物の規制状況について報告し、REACH、POPs、SVHCなど私のような化学物質の規制に関してゼロ知識の方にもわかるよう、基本概念についてもまとめることにした。内容的にどうしても化学物質の名前が多くなるが、正確な情報提供のためご了承いただきたい。
フッ素有機化合物とは?
まずフッ素有機化合物の何がダメなのか。現在、世界的に問題視され、規制が強化されているのはPFAS(ペルフルオロアルキル物質およびポリフルオロアルキル化合物)というフッ素有機化合物である。PFASはPFOS、PFOA、PFHxSやGenXなど多くの危険視されている化学物質(後述)を含む上位概念となっている。
PFASは私たちが日常生活で使用している電化製品、衣類、備品などに広く含まれている。代表例としては、撥水性のあるスプレーや消火剤、また半導体におけるエッチング処理等で使用されており、工場排気や消火剤等から土壌、地下水、公共用水、水道水等に汚染が広がっていると考えられている。環境中に放出されたPFASは 最終的には、それらは食品に行き着く。
野菜、飲料水が人体への主な曝露源であるが、一部のPFASは、魚介類、肉および肉製品、卵、牛乳および乳製品を通じて人体に蓄積される。後述するREACHの高懸念物質リスト(SVHC)に掲載されているPFAS類は、発がん性物質、変異原性物質、生殖毒性物質(CMRs)および難分解性、生物蓄積性、毒性/超難分解性および超生物蓄積性(PBTs/vPvBs)の化学物質に相当する懸念があると特定されている。
PFASの規制状況(POPsとREACH)
では現在PFASはどのように規制されているのだろうか。大きな規制枠としてストックホルム条約に基づくPOPsと、欧州ではREACHがある。
POPs(残留性有機汚染物質: Persistent Organic Pollutants)は「毒性が強く,残留性,生物蓄積性,長距離にわたる環境における移動の可能性,人の健康又は環境への悪影響を有する化学物質」と定義され、その製造、使用、輸出入、廃棄について厳しく規制する必要があるとされている。例えば、ダイオキシン類,PCB(ポリ塩化ビフェニル),DDT等が代表的である。これらの物質をどのような程度で取り締まるかを取り決めたものがストックホルム条約である。その附属書には
- 製造・使用、輸出入の原則禁止(附属書A)
- 製造・使用、輸出入の制限(附属書B)
- 非意図的生成物の排出の削減及び廃絶(附属書C)
されるべき物質が定義されている 。
欧州各国をはじめ日本もこの条約に調印しており、調印国はリストに指定された物質の廃絶に向けた国内措置を講じなければならない。
このPOPs規制においては2009年から、ペルフルオロオクタンスルホン酸およびその誘導体(PFOS)が、国際的なストックホルム条約(POPs条約) に含まれ、その使用が禁止されている。PFOSは、EUではこれよりも10年以上前から規制がなされている。
また、ストックホルム条約では、ペルフルオロオクタン酸(PFOA)、その塩およびPFOA関連化合物の世界的な廃絶を規制している。PFOAは、2020年7月4日からPOPs規制で禁止されている。
さらに2022年6月、ストックホルム条約締約国は、PFHxS、その塩および関連化合物を条約に含めることを決定した。この世界的な禁止措置は、2023年末に発効する予定である。
長鎖ペルフルオロカルボン酸(C9-21 PFCAs)は、ストックホルム条約に含まれ、結果として世界的に廃止されることが検討されている。
REACH規制(EU)
EU圏内の規制は概してPOPsよりも厳しく、将来的には各国もこれに追従していく可能性が高い。REACHでの規制が世界的に注目される所以である。そもそもREACHとは環境と人間の健康を守るために制定された欧州議会による規制であり、欧州域内に流通する特定の化学物質を「登録(Registration)、評価 (Evaluation) 、認可(Authorisation)、制限(Restriction of Chemicals)」する義務を課している。所轄当局はECHA(欧州化学物質庁)である。
まずEU加盟各国で先行して行われた取り組みがEUレベルに投げかけられ、それが標準化されていくという流れとなっている。
ドイツとスウェーデン当局の提案に対する欧州委員会の決定を受け、EU/EEAでは2023年2月以降、パーフルオロカルボン酸(C9-14 PFCAs)、その塩、前駆体が制限されることになった。
ノルウェーは、ペルフルオロヘキサン-1-スルホン酸(PFHxS)、その塩および関連物質の規制を提案している。ECHAの科学委員会は2020年6月に制限を支持する意見を出し、提案は現在、EU加盟国らと意思決定を行うために欧州委員会にある。
ドイツは、ウンデカフルオロヘキサン酸(PFHxA)、その塩および関連物質についてさらなる制限を提案。この提案は、2021年12月のECHAの科学委員会でも支持された。欧州委員会は、EU 諸国とともに、順次、規制を決定する。
オランダ、ドイツ、ノルウェー、デンマーク、スウェーデンは、2019年12月の環境理事会での発言を支持し、PFASの幅広い用途をカバーする制限提案を準備している。彼らは2023年1月にECHAに提案書を提出する予定。
さらに、ECHAは2022年1月に「消火用泡沫」に使用されるPFASの制限案を提出した。この提案に関するコンサルテーションは、2022年3月23日から9月23日まで開かれている。現在、ECHAのリスクアセスメント科学委員会(RAC)および社会経済分析科学委員会(SEAC)が制限案を評価しているところである。しかしながら、この用途については上記1月提出のPFAS規制の提案書には含まれていない。
以上が欧州化学機関から報告されている最新のPFAS物質に関する取り組みである。
高懸念物質SVHC
近年、多くのPFAS物質がREACH規則の高懸念物質(substances of very high concern: SVHC)に指定されてきている。SVHCはREACH規則の附属書ⅩⅣに収載される認可対象物質の候補になる物質のことで、将来的に認可対象物質になり得る候補リストという意味でCandidate List(候補リスト)と呼ばれることもある。このSVHCに指定されると、製造者は:
- SVHCに該当する物質を0.1%以上含有する場合、SVHCリストに掲載された日付から45日以内に製品に関する安全性に関する情報および少なくとも製品に物質名を記載しなければならない。
- SVHCに該当する物質を0.1%以上および1企業につき年間1トン以上含む製品は欧州化学品庁(ECHA)に通知しなければならない。
2019年6月と2020年1月には、2つのPFAS群がSVHCとして特定された。SVHCの特定は、その難分解性、移動性、毒性に基づいており、環境を通じて(飲料水を通じてを含む)曝露された場合、人の健康や野生生物に脅威をもたらすと考えられているものである。その2種類とは、ペルフルオロオクタン酸(PFOA)の代替物質でそのアンモニウム塩が、一般に「GenX」として知られているものである。GenXはDuPont社が調理器具のテフロン加工などの工程で使っていた物質で、健康被害を引き起こすおそれから多くの訴訟を引き起こしてきた。もう一種類はペルフルオロブタンスルホン酸(PFBS)と呼ばれ、これもPFOSの代替物質である。
水と食品への規制
欧州では水と食品に対しても、規制が始まっている。
2021年1月12日に発効した飲料水指令の再改正では、すべてのPFASについて「0.5 µg/l」の規制値が設定されている。
食品についても、摂取の閾値が提唱されている。2020年9月、欧州食品安全機関(EFSA)は、体内に蓄積する主なパーフルオロアルキル物質であるパーフルオロオクタン酸(PFOA)、パーフルオロオクタンスルホン酸(PFOS)、パーフルオロノナン酸(PFNA)、パーフルオロヘキサンスルホン酸(PFHxS)について新しい安全基準値を設定した。この安全基準値(グループの耐容週次摂取量(TWI)4.4ナノグラム/体重1kg/週)についてはすでに科学的な見解もあると欧州化学物質庁は述べている。
EUのPFASに対する対応は一貫している。EUの持続可能性のための化学物質戦略では、PFAS政策が最重要課題として位置づけられている。欧州委員会は、すべてのPFASを段階的に廃止し、社会にとって代替不可能で不可欠であることが証明された場合にのみ使用を許可することを約束している。したがって、今後も評価された順に、フッ素有機化合物が廃絶に追いやられていく可能性は十分にあると見て良い。
おわりに
今回は規制の記述に重きを置いたが、今後、欧州でのビジネスを考えた場合にも重要な情報を含んでいると思われる。きっかけはテフロン加工のフライパンだったが、こうして見てくると、汚染を完全に避けて生活することはもはや難しそうである。しかしPFASを段階的にで廃止していく方向に世の中が動いていることは一消費者として心強い。そして、消費者サイドも日頃からできる範囲で、自然や健康、そして人権を脅かすような製品の循環に与しない態度を取りたいものである。
三宅 洋子(みやけ・ようこ)
CEO, Miyake Research & Communication GmbH
留学生として渡独し、学業のかたわらドイツ語通訳者としてのキャリアをスタートする。
2008年頃より日本の官公庁、企業向けに海外調査を開始。主にドイツの政策制度、イノベーションに関わる調査を担当。2015年、Miyake Research & Communication GmbHをベルリンに設立。ハノーヴァー大学哲学部ドイツ語学科博士課程修了(Dr. Phil.)。
Miyake Research & Communication GmbH:https://miyakerc.de
連絡先:y-miyake@j-seeds.jp