ドイツスタートアップの状況

日本でも担当庁が設立されるなど、昨今、動向が注目されているスタートアップ。ドイツには日本よりも成熟したスタートアップ・エコシステムが存在する。今回は日本の現状とも比較しつつ、ドイツのスタートアップ状況について取り上げる。

ベルリンが最大の集積地、ディープテクのミュンヘン

ドイツには現在7万者以上のスタートアップが存在するのだという。地域的な広がりでみると、ドイツ国内にいくつかのスタートアップ「ホットスポット」があることがわかる。『ドイツスタートアップモニター (2022)』 によれば一つはベルリン州であり、単独の都市ながら19.1%がここに拠点を置く。さらに単独の都市としてはミュンヘン(13.6%)、ハンブルク(7.0%)などがある。デュッセルドルフ、ケルン、エッセン、ドルトムント他多数の大都市を含むライン・ルール地方には19.8%のスタートアップが存在する。

ホットスポット都市、地域にはスタートアップを積極的に支援する州の経済振興公社や、多くのスタートアップを排出する大学、インキュベーター、アクセラレーター、投資家、潜在的な顧客の存在がある

ベルリンは元々音楽家やアーティストなどが自由でインターナショナルな気風から多く住んでおり、徐々にスタートアップ企業が増えていった。市政もこれに注目しスタートアップ誘致を積極的に行なった結果、投資家らにもスタートアップ都市として認知されるようになった。直近では2016年からSAPがイノベーション開発部門をベルリンに置いている。彼らの本拠地はドイツ中西部のヴァルドルフだが、よりイノベーティブな環境を求めてベルリンの地を選択している。 また重工業大手ジーメンスは2020年、3億ユーロの総工費をかけてベルリンにテクノロジーパークを建設した。 同社はこの拠点にスタートアップのインキュベーターの役割も与えている。彼らもまた製造拠点の多くを南ドイツに置くが、イノベーションに関する部門の拠点としてベルリンを選んでいる。

ミュンヘンはベルリンとは異なる背景で成長を遂げてきたスタートアップ都市である。ドイツで最も多くスタートアップを輩出するミュンヘン工科大学もある都市で、大学スピンアウトのディープテクを対象としたスタートアップが多い。ミュンヘンを含むバイエルン州にはシーメンス、BMWといった企業が所在し、重工業、製造業が盛んなことも技術系スタートアップの成長を促している。

ベンチャーキャピタルの状況

ベンチャーキャピタル(VC)の投資額はスタートアップ市場の規模、勢いを測る上で重要なバロメーターだ。2020年時において、ドイツはアメリカ、中国、英国に次ぐ、第4位のVC市場である。世界最大のVC市場である米国は1,000億ドル以上の規模があり、中国も500億ドル以上の市場である。さらに世界第3位、欧州ではトップの英国は112億ドルの市場規模を持つ。これらの国に比べると57億のドイツのVC市場はまだまだ小さいと言える。ちなみに日本はカナダ、フランスに次ぐ7位であり、世界と比べてスタートアップを育むだけの十分な土壌があるとは言い難い。

ドイツもまた違った意味での問題を抱えている。ドイツではシード・スタートアップフェーズ向けの少額プログラムは公的VCにより比較的多く用意されているが、成長フェーズ向けの支援策がまだまだ少ない。スタートアップ企業への投資のうち42%までが15万ユーロ未満の投資であり、1,500万ユーロ以上を一社に投資するファンドは皆無である。1億ユーロ以上の投資においては完全にアメリカ、中国のVCに頼っている状況である。これでは、せっかく育ったスタートアップが海外に流出してしまう可能性もある。また、公的な資金投入には上限があるので、爆発的な勢いで成長するユニコーン企業も生まれにくい。

そのユニコーンの会社数もスタートアップ市場を見る一つの指標となる。一般的にユニコーンとは「評価額が10億ドルを超える、設立10年以内の未上場のベンチャー企業」と定義される。このような企業はドイツには2022年現在36社あるという。これに対して日本は6社。単純比較はできないが、ドイツの人口は日本の約3分の2であることを考えると、この結果がいかに淋しいものであるかがわかるだろう。ちなみに世界には現在、1,198社のユニコーンが存在するという。 トップ輩出国は米国の646社である。

Download by Depositphotos MicEnin

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社会のアクセプタンス

もちろんVCやファンドといった資金環境は、スタートアップを支える血肉の部分だ。でもそれよりもさらに大切なのは、スタートアップに対する社会的なアクセプタンス(イメージ)ではないかと個人的には思っている。

ベルリンでは9月に毎年、IFA(国際コンシューマ・エレクトロニクス展)という国際展示会が行われる。そもそも白物家電のための展示会だが、最近はスタートアップ発掘のためのプラットフォームとしても注目されている。「IFA NEXT」のホールは、イノベーティブ技術に特化し、スタートアップ・ガレージをイメージした簡易ブースが中央の舞台を中心に放射状に配置されている。テーマはIoT、AI、インテリジェント・ロボティクス、スマート・リビング、VR&AR、モビリティ、デジタルヘルス、持続可能性に関する製品やサービスだ。ここに出店している若い企業を目当てに大手メーカーのイノベーション開発部の担当者、ビジネスエンジェルなどのいわゆる「目利き」が回遊し、新しい商機を狙っている。私自身も参加させてもらったが、本当にすごい熱気だった 。

IFA NEXT主催者の許可を得て写真掲載

IFA NEXT主催者の許可を得て写真掲載

もう一つのエピソードは、コロナ禍でのスタートアップに対する救済策だ。ドイツは最初のロックダウンが始まって1ヶ月も経たない2020年4月、スタートアップ投資のテコ入れ策として20億ユーロを準備した。 ドイツ政府は多くのイノベーション技術を開発するスタートアップこそが今後の産業の重要な担い手になると考えているためだ。いち早くスタートアップの救済に乗り出したのも、ここまで育成してきたビジネスの芽が潰れてしまわないようにするためだ。

この時の政府のスタートアップを含む小規模事業者、フリーランスへの政府の緊急支援措置は大胆かつ迅速なものであった。最初のコロナ防疫ガイドラインの発表(3月14日)からわずか2週間のうちに「コロナ緊急救済措置(Corona Soforthilfe)」として500億ユーロを救済金に充当することを発表。内容は個人事業主および5人までの従業員規模の企業に対して3ヶ月分の資金として一括で9,000EURまで、10人までの従業員規模の企業に対して同じく1万5,000EURまでの給付金を支払うというものであった。

どうだろうか。日本ではまだまだ寄らば大樹の陰、大企業をなんとかしておけば経済は回ると考えている節があるのではないだろうか。あるいは個人事業者は組織に属さないことを選択しているのだから、有事に何かあってもそれは自業自得、自己責任なのだろうか?

おわりに

最後に、身近でお世話になっているスタートアップを数社だが挙げてみたい。もちろんBtoBでも数多くのスタートアップが存在しているし、日本でも知られているような有名どころもある。ここでの観点は筆者自身の日常生活に溶け込んでおり、利用することでサスティナブルにも貢献できるサービスを提供している企業だ。

ベルリンに所在するSIRPLUS GmbHは日本人の美徳でもある「もったいない」を事業化してくれたようなスタートアップだ。彼らはスーパーマーケットで廃棄される食料品をオンライン、店舗で再販することで収益を得ている。賞味期限を過ぎたもの、期限間近のものを買取りし、品質チェックののち販売している。食料の大量廃棄に対するアンチテーゼである。

出先でコーヒーをテイクアウトすることもよくが、その度に紙カップのゴミを出している。ドイツでは、年間28億個のコーヒーカップが消費され、4万トンもの廃棄量となっているのだそうだ。2016年ミュンヘンに誕生したreCUP GmbHはデポジット制のリユーザブルなコーヒーカップを提供している。1ユーロのデポジットカップを開発し、協賛するカフェ、パン屋、ファーストフード店などで提供している。カップは提携先のカフェでいつでも補充・返却が可能である。協賛先ではreCup使用によるコーヒ割引制度なども始まり、全国的に定着している。

いずれも利用することで「良い気分」になれるサービスだ。起業者はこの良い気分の根っこを掴み、商業化に繋げていった。起業の種はきっと日常の身近なところにあるに違いない。

執筆者 三宅 洋子(みやけ・ようこ)

CEO, Miyake Research & Communication GmbH

留学生として渡独し、学業のかたわらドイツ語通訳者としてのキャリアをスタートする。
2008年頃より日本の官公庁、企業向けに海外調査を開始。主にドイツの政策制度、イノベーションに関わる調査を担当。2015年、Miyake Research & Communication GmbHをベルリンに設立。ハノーヴァー大学哲学部ドイツ語学科博士課程修了(Dr. Phil.)。

Miyake Research & Communication GmbH:https://miyakerc.de
連絡先:y-miyake@j-seeds.jp

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