アメリカで注目のスタートアップ企業・リラティビティ・スペース

リラティビティ・スペースという会社

 ロサンゼルスにリラティビティ・スペース(Relativity Space)というスタートアップ企業があります。リラティビティ・スペースは2015年設立、社歴わずか4年の若い会社です。同社はAmazon創業者ジェフ・ベゾス氏が設立したロケットメーカー「ブルー・オリジン」出身のティム・エリス氏とジョーダン・ヌーン氏が共同で設立した会社です。なお、ヌーン氏はリラティビティ・スペースを設立する前は、イーロン・マスク氏が設立したロケットメーカー「スペースX」にも在籍していました。

 ブルー・オリジンやスペースXなどの新興ロケットメーカーは、ロケット本体やロケットエンジンの製造に3Dプリンターを使っています。3Dプリンターを使う事で製造コストと工期を削減できるからです。しかし、リラティビティ・スペースの若い二人の社員は、ブルー・オリジンもスペースXも、いずれも3Dプリンターの活用が十分ではないと感じていました。3Dプリンターの利用はロケット全体の一部の部品製造に限定され、多くの部品が従来式の製法で製造されていたからです。3Dプリンターの活用範囲をもっと大胆に広げる事で、ブルー・オリジンやスペースXよりも安く速くロケットを作る事が可能になる。そう判断した二人は、直ちにリラティビティ・スペースを立ち上げたのです。

世界最大のメタル3Dプリンターを活用、30日でロケットを製造

 リラティビティ・スペースは独自開発した世界最大のメタル3Dプリンターを活用し、ロケットエンジンを製造しています。これまでの一般的なロケットエンジンは、2,600点もの部品で構成されていました。一方、リラティビティ・スペースのロケットエンジンは、わずか3点の部品しか使われていません。大型メタル3Dプリンターで大型パーツを作る事でエンジンの耐久性を確保し、製造コストと時間を削減しているのです。コロンブスの卵のような話ですが、同社がゲームチェンジャーと呼ばれる所以です。

 ところで、3Dプリンターでロケットを製造するとなぜ製造コストが下がるのでしょうか。答えは簡単で、3Dプリンターを使う事で開発にかかる人件費を削減できるからです。ロケットエンジンの製造現場には未だに多くのエンジニアが投入され、多くの作業が手作業で行われています。部品点数が多いロケットエンジンの場合は特に、部品間の調整や動作確認などに相当のマンパワーがとられます。一方、3Dプリンターを使えば、原理的には3Dモデルをストレートに出力する事が可能になります。つまり、人の手を介する必要がなくなるのです。

 リラティビティ・スペースによると、例えば全長20フィート(約6メートル)のロケット用部品を製造する場合、3Dプリンターを使う事で従来式の製法の20倍から30倍のスピードで製造できるそうです。全長100フィート(約30メートル)の大きさのロケットを製造するのに必要な時間は、わずか30日だそうです。

ロケット業界最安値の打上げコストを実現

 さらに、ロケット製造後のアセンブリやテストにかかる時間も30日程度で、ゼロベースの段階から実際のロケット打ち上げまで、60日あれば十分だそうです。

 さらに驚くべきは同社の打上げコストです。同社が開発中のロケットエンジン「イオン1」を搭載したロケットは最大1,250キログラムの人工衛星を地球の低周回軌道に乗せる事が可能で、打上げコストはたったの1,000万ドル(約10億8千万円)だそうです。これは、競合するソ連のソユーズロケットやインドのポーラーロケットなどに比べても圧倒的に安価です。ペイロード1,250キログラムサイズのロケットの打上げコストとしては、価格バスターと言うべき業界最安値を実現しています。小型衛星を複数搭載した場合は特に、競合ロケットの二倍から三倍のコストパフォーマンスが得られるでしょう。

将来的には火星で3Dプリンティングも

 現在のところ、リラティビティ・スペースではテストを繰り返し、2020年までに最初のテスト打ち上げを行い、2021年初頭から商用サービスを開始したいとしています。

 ところで、リラティビティ・スペースの会社設立理由ですが、単に3Dプリンターでロケットを製造することにとどまりません。同社のそもそもの会社設立理由は、「火星でモノづくりをすること」なのです。

 同社によると、同社が現在行っている大型メタル3Dプリンターでロケットを作るプロセスそのものが火星へ移植可能だそうです。最小のリソースを最大限活用し、ゼロベースから3Dモデルをソフトウェアで作り、人の手を介すことなくそのままストレートに3Dプリンターで出力する。アディティブ・マニュファクチャリングの世界でいうところの「デスクトップ・マニュファクチャリング」を、火星でも実現する事が同社の目的なのです。

 同社が現在行っているプロセスは、火星でのデスクトップ・マニュファクチャリング実現の踏み台に過ぎないと豪語する創業者のエリス氏。エリス氏の構想が実現する日は、それほど遠い先ではないかも知れません。なお、社歴わずか4年のこの若い会社に、ベンチャーキャピタルなどの投資家が、既に4,570万ドル(約49億3560万円)もの資金を投資しています。

執筆者 前田 健二(まえだ・けんじ)

上席執行役員、北米担当コンサルタント

大学卒業と同時に渡米し、ロサンゼルスで外食ビジネスを立ち上げる。帰国後は複数のベンチャー企業のスタートアップ、経営に携わり、2001年に経営コンサルタントとして独立。事業再生、新規事業立上げ、アメリカ市場開拓などを中心に指導を行っている。アメリカ在住通算七年で、現在も現地の最新情報を取得し、各種メディアなどで発信している。米国でベストセラーとなった名著『インバウンドマーケティング』(すばる舎リンケージ)の翻訳者。明治学院大学経済学部経営学科博士課程修了、経営学修士。

連絡先:k-maeda@j-seeds.jp

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